第5話,来客

来客


これは夢の中。それは理解できた。しかし目を覚まそうとしても、出来ない。

道の真ん中。日はまだ落ちてはいないが、白昼でもない。太陽は雲からこちらを間見て白光を移し続けていた。


「ここは?」


独り言を言う。強いて言えば都会ではない場所。交差点のようで、4隅にはそれぞれ電気屋、住居、宿屋、商店があって、道路の柵は鎖で繋がれた簡易的なもの。さらに言えば住居の塀は崩れかかっていて、電気屋の白い壁材は茶色に変色しつつあった。だが、住居と宿屋は紅く変色してい、交差点もその紅い地面が伝播している。雑に分断用のフェンスが乱立していた。

そしてそこで初めて雨が降っていることに気づく。水滴一粒一粒が白光によって淡く光っているせいで、周りの色は同じく淡く感じた。いや、白すぎる?


車も通らなければ、人もいない。信号機も、動いてはいなかった。雨の音は聞こえない。伸び切った前髪が視線を遮ってくる。

ただ、音は聞こえないわけではなかった。


「...誰?」


後ろから声が聞こえる。小さい少女のようで、か細い。振り返ってその姿を確認しようとしたが無理だった。首を動かしすら出来ない。


「なんで濡れてるの?雨なんて降ってないのに」


不思議そうなその声。しかし、この状況全てがミステリアスが過ぎている。今すぐにでも意識を覚醒させて現実に戻りたい。本気でそう思った。


「貴方は、誰ですか」


恐怖に駆られながらもなんとか声を出す。首だけでなく、目も動かせず、足も、腕も。


それの返答はなかった。その代わりに足音が、乾いた足音が近づいてくる。こっちを観察しているような感じで右から左に足音が動いた。その少女がすぐ背後に来た瞬間、行動制限が解除されたようで、弾けたように後ろを向いた。


白い髪と、吸い込まれるような紅い眼。驚いた顔を見た瞬間、落ちていく錯覚を一瞬体験し、覚めていく。




「気が付いた?」


目覚めた瞬間にそんなことを言われる。目を開けようとしたが、強い光で暫くは無理そうだった。


「通路歩いている途中に倒れたからここまで運んできたの。具合が悪いなら言ってくれればよかったのに」


エカの声だ。気を失っていた...なら、別の私は出ていないという認識でよさそうで、安心した。


「魘されていたけど、何か夢を見ていた?」


ようやく目を開ける。ベッドの横にエカがクリップボードを持って座っていた。


「淡い光...雨が降ってた」


エカはそれらを書き留め、更なるこちらの発言を望んでいるようであったが、うまく言葉が出ない。


「交差点。太陽の白い光、秋空、夕焼けでもなく、正午でもない。電気屋、動いていない信号、崩れかかった塀。淡い白。そして...」


頭痛が走る。いや、今まで頭痛があったのに感じていなかったのかもしれない。鈍器で殴られたような痛みというよりは、もっと曖昧な、締め付けられ、内側から押し出されているような頭痛。震えが止まらない。涙が自然と溢れてくる。ただ、これだけは言わなければならない。


「紅い...」


===


調査記録No.17


座標:

[編集済み]


調査メンバー:

特別小隊003


調査目的:

事案の全容を把握し、被害範囲を推定後に適切な対応をとるための周辺地域のデータ採取。できれば領域の中心部への侵入を試みる。


調査結果:

小隊は数分の通信断絶の後に生命反応が消えたため、全滅したと見られる。有効なデータは一切得られず、領域の研究に役立てることはなかった。更なる小隊の派遣を打診する。


追伸:

追加調査要求は破棄され、大幅な予算の消費から当該研究は凍結されることとなった。


再追伸:

研究は必要ない。ただこれは目の前の脅威から目を背けることと同義であるため、研究メンバー並びに特別小隊003に対してはこれらの勇姿を讃えるとともに、それを他の研究に繋げるようお願いしたい。

また、これ以上苦しめないでほしい。一人で十分だ。

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