屍の轍

 久しぶりだ。

 片手で構えられるほどの片手剣は、俺以外の全てに熱を波及させ空気を焦がす。

 俺に剣の心得なんてない。


 だからまず、力技。


「フラウロス」


 剣が轟音と共に燃え滾る。

 その刀身に秘める高温を形にし、俺から伝わる魔力の全てを炎に変えていく。

 相当の重さの剣を横に構え―――――


「――――おぉ、らアアアアッ!!」


 ただ、一振り。

 渾身の力で振るったそれが放出する炎は、耳をつんざく騒音と共に前線に群がっていたムシアリの大軍を飲み込んだ。


『―――――ッ!! ジ……ジッ――――――』


 断末魔と蒸発音を響かせ、黒煙を上げるムシアリは無様に多足を暴れさせる。

 ムシアリが落とした素材すらを燃やし、溶かし、焦がす。

 残るのは、炭と化した素材の数々だ。



―――――――――――――



 異能

 【死の祝福】  総数 1842

  1.命を奪った生物の総数に応じて、権能開放。 742/2000

  

  権能 Lv1 痛覚麻痺 100/100

     Lv2 恐怖克服 1000/1000

 


―――――――――――――


 今の炎の波で屠った数は300体以上。

 なのにムシアリたちは衰えを見せず、本能のままに俺に群がろうと足を進める。


 権能開放まで、あと1300体くらいか。


「は、はったりですッ!! フラロウスゥ? 公爵デューク上級悪魔グレーターデーモンが人間如きに敗れるわけがないッ!! しもべ達、進み続けなさいッ!」


 オセが熱の余波に当てられながら手を振るう。

 顔にはありありと焦燥が浮かんでいるが、傲慢な言葉を吐き抗おうと魔力を発した。


 すると、空間の奥から限りなくムシアリが湧き、場を埋め尽くしていく。


 だがそれは、俺にとって格好の餌食だ。

 

「本体が弱いと大変だなぁ、総裁様ぁ!」


 剣を地面に突き刺し魔力を流すと、炎が地中を潜行する。

 地面がひび割れ、罅の隙間から白炎が空間を照らす。群がるムシアリたちの足下からいくつもの火柱が立ち上がり、次々に蟻たちを焼き焦がす。


 後ずさるオセは、自分が燃料を投下していることを知らない。

 

 燃やす。殺す。焦がす。殺す。溶かす。殺す。

 殺す、殺す、殺すッ!!

 焦げ、異臭を放つ屍の山を見るたび、その思いは強くなっていく。


 数匹の中級悪魔デモンズは外皮を溶かし、火柱が起こす熱風に足を動かせずにオセを守るように立ち塞がっていることしかできない。


 あと、約1000体。


 剣に魔力を吸われ、自然と息が上がる。

 オセは俺の様子に引き攣った笑みを浮かべた。


「お、おやおや……息が上がっていますか……。魔力がそろそろ尽きてしまいそうですねぇ?」


「っ、るせええ!!」


 一息に剣を引き抜き、ムシアリの大軍に向かって横に薙ぐ。

 

 あと、約600体。


「アハハハハッ! 下級悪魔レッサーデーモンに力を使っていては、ワタシには届きませんよぉ!」


 調子を取り戻してきたオセは、鷹揚に煽る。

 だが、追い詰められてるのはお前も同じだ。


「おいおい総裁様、蟻の数が足りないんじゃねえのか!?」


 まだ大軍と言っていい数だ。

 しかし、確実に後続の勢いは減っている。

 下級悪魔レッサーデーモンは、もう目に見える程度しか残っていない。


 上がった息を誤魔化し、剣を引きずりながら蟻の中に突っ込む。

 飛び掛かってくるムシアリを力任せに払うと同時に、放った炎に周囲を巻き込んでいく。


 あと、約400体。


「あなたを殺すには充分な数に思いますがねぇ? あなたをしもべにするのが、今から楽しみですっ!」


 俺以外の二人を完全に失念しているオセは、勝ち誇りながら手を広げた。


 しもべと言う言葉に反応し飛び出そうとしたニヴルとガルムを「来るな」と目で抑える。

 俺の魔力は確かにもう少ししか残ってない。この剣に限らず上級悪魔グレーターデーモンの武具は魔力をバカ喰いする。

 全盛期だったらそんな心配いらないんだけど……やっぱりブランクはあるな。


 ただ、ゆるぎない勝算は変わらずある。

 

 俺の通る道に続く屍の山が心地いい。

 悪魔王を殺すことしか頭になかった頃を思い出して、クラスメイト達が思い浮かぶ。


 何かを殺すたびに、アイツらを思い出す。


 痛みも恐怖も感じない。

 俺の足や手に食らいつく悪魔を至近距離で見つめながら自分の身体を炎で包み、ムシアリを焼却する。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 俺の口から獣のような咆哮が上がる。

 身体に残った魔力をすべて剣に注ぎ込み、解放する。


 炎熱が大軍を飲み込む。前に塞がっていたムシアリたちが炭化し、ボロボロと崩れ、俺に道を開ける。

 下級悪魔レッサーデーモンは、もういない。


 あと、一体。


「はあ……はあっ……っ」


『アァ゛……グおおっ……』


 炎の一番近くにいた中級悪魔デモンズは膝を付く。外皮は治癒が間に合わず、脆く肉を晒していた。

 魔力が足りずに炎を弱めた剣を引きずり、ふらつく足取りでその中級悪魔デモンズに剣を振り翳す。


「あの大軍を焼き尽くしましたか……また一から集め直しですね。―――――やりなさい」


 オセを炎から守っていた複数の中級悪魔デモンズが指揮に反応し、俺に向かって突貫する。

 俺は地を揺らす音にも気配にも怯まず、目の前の弱り切った悪魔に狙いを定める。


 中級悪魔デモンズは恐らく、行方不明の探索者の成れの果て。

 だが、殺すことに躊躇いはない。


 前の俺、屍王を名乗っていたころの名残が喚き散らす。


 その命を使って――――屍王が仇を取ってやる。


 剣が悪魔を貫いた。

 外皮からは想像もできない程柔い感触を破り、血が噴き出す。

 突き刺した剣を、ぐりッ、と捩じった瞬間――――


 権能、解放。



―――――――――――――



 異能

 【死の祝福】  総数 3100

  1.命を奪った生物の総数に応じて、権能開放。 0/3000

  

  権能 Lv1 痛覚麻痺 100/100

     Lv2 恐怖克服 1000/1000

     Lv3 屍のわだち 2000/2000



―――――――――――――

 


 屍の轍。

 至極単純で、屍王に不可欠な権能。


 奪った命の総数に比例して、

 ただそれだけの権能だ。



「無駄な足掻きをご苦労様でした。しもべとなったあなたを、精々こき使わせていただきます」


 オセが一礼する。


『グオアアアアアアアアアアアアッ!!』


 俺の横で、異様に腕が巨大化した中級悪魔デモンズがその腕を俺に振るった。


 豪風を押し出し、裂帛する剛腕は当たれば確実に俺の身体を砕くだろう。


 だから―――――


 ―――ガンッ!!


 剣を下段から振り上げ、その腕を跳ね上げる。


「―――――はい?」


 間抜けなオセの声は、嫌にこの空間に響いた。

 俺に魔力は残っていない。オセはそう思っていたのだろう。


 そして、実際にそうだ。


 今のは魔力でもなんでもなく、身体能力のみで剣を振っただけ。


『―――――ッ!?』


 腕をかちあげられたたらを踏んで後退する中級悪魔デモンズに、一歩で肉迫する。

 本来固いはずの外皮を無理やりこじ開け突き刺し、そのまま体をなぞるように剣を滑らせ、振り抜く。


『グぎゃああああああッ!!』


 痛みに声を上げる悪魔は俺を振り払おうとがむしゃらに腕を振るうが、精彩を欠いた攻撃を躱すのは容易だ。


 当たれば即死の腕をすれすれで躱しながら、弾き、掻い潜り、懐に入り込む。

 恐怖克服のおかげで、恐怖に足を引っ張られる危険もない。

 数瞬で取り返しのつかない傷をつけ、突き刺し、切り裂く。流れるような思考に、身体が付いて行く。


『オ゛アアアア゛アアア゛アッ!!』 


 すると、もう一匹の中級悪魔デモンズが勇ましく雄叫びを上げ、発達した顎でもって俺を噛み砕こうと迫る。


「―――――ふッ!!」


 突進で俺を喰らおうとする顎に向かって、振り返りざまに全力の横薙ぎを見舞った。

 直撃を受けた悪魔の顎は粉々に砕け、衝撃が伝った悪魔の全身から血が噴き出る。


「な……なにが……っ」


 その結果を横目で見ながら、他の中級悪魔デモンズの攻撃を回避し、薙いでいく。


「……なぜだぁ……何故だ何故だ何故だぁあああ!!」


 頭を掻き毟りながら狂乱するオセは盾たちが蹂躙される様に気が気じゃなさそうだ。

 

 撃ち落とす、突き刺す、蹴り上げる、宙に跳んで頭部を潰す。


 膂力自慢の悪魔たちを殺した後に残ったのは、後退るオセだけ。

 逃げ場はない。オセ自身がそう設計して、この場所を作ったのだろう。

 間違っても、獲物を逃がさないために。


「残念。ここは人間じゃなく、お前の檻だったみたいだな」


「くっ……くるなああああああああ―――――ガあッ!? ひぎゃアアアアアアアアアア!!」


 脚を切り離す。

 その場に転がり痛みに叫ぶオセの口に剣を差し込み、悲鳴を殺す。


「叫ばないでくれ。わけあって悲鳴がトラウマなんだ。静かに、な?」


「ふぐっ……ウウウウウッ……」


 目を覗き込んで、あくまで冷静に問う。


「お前、『ヘルヘイム』って名前知ってる?」


「ッ!ッ!」


「お、知ってんのか」


 オセは剣を差し込まれたまま懸命に頷く。


 そして、次の質問をする前に、ゆっくりと俺に近づけていたオセの手を斬る。


「――――――ッ!? ぐうううッ……」


「この状況で悪あがきしようとすんなよ。……で、ヘルヘイムの実体とか知らない?」


「…………っ……っ」


 オセは首を横に振る。

 一瞬ガルムに目をやると、ガルムはしっかりと頷いた。

 嘘はついてない……か。


「なんだよ、知らないのかよ……無駄足……いや待て、下っ端だから知らされてないのか……?」


「ぎ、ぎざま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 下っ端と言われたことがよっぽど腹に据えかねたのか、オセは目を見開いて叫ぶ。

 口の端が切れるのも厭わず、断末魔ともいえる言葉を喚き始めた。


「ワ、ワタシを殺したところでっ……何も変わらないッ! 貴様ら人類は、来る悪魔王復活の際には、誰もが無力に―――――」


「え、なに、アイツまた復活すんの?」


「……は?」


「あー、やっぱ、偽ヘルヘイムの目的ってそれか……」


「な、なにを……」


「おっけ、聞きたいこと聞けたわ。ありがとう、総裁様―――――じゃあな」


「ぎゅぶッ」


 口から頭部を貫くと、オセは絶命する。

 力が抜けた全身が、衣服も含めたすべてが泥のように形を失くして、秘境の地面に溶け込んでいく。


 残ったのは、光を反射しない程の黒で出来た水晶のような物体のみ。

 上級悪魔グレーターデーモンの素材は高く売れるけど……流石に武具に加工したほうが使えるな。


 素材を拾い上げて振り返ると、尻尾をぶんぶんと振ったガルムと、異常に息を荒げたニヴルの姿。


「王っ、王っ! めっちゃカッコよかった!!」


「あぁ、アレこそまさに死を引き連れる屍王、御身のお姿であるのですね……!」


 うん、やっぱニヴルってカルト的な恐怖あるよね……いや前の俺が悪いんだけどさ……。

 熱で焦げてさらにボロボロのフードを被り直して、踵を返す。


「じゃ、帰ろう……いろいろ情報も集まったし」


 そう言って帰ろうとするのだが、二人はその場を動かない。

 俺を見る二人の目には、熱と期待が籠っていた。


 その瞳にありありと書いてある。

 ――――アレをやれ、と。


 ほんとにこの子たち……ああ、やだなぁ……。

 しかし梃子でも動かなそうな二人を見ながら、血が上ってくる顔を隠しながら小さく、ぼそっと呟く。


「……へ、ヘルヘイム……帰還する」


「「はっ」」






「―――――待ちなさいっ!」


 声と共に、女が下りてくる。


 華奢な体格に見合った細剣をこちらに向け、鋭い眼光を曳いていた。

 黒の髪を一房に纏めた女は、勇ましい立ち姿で言う。


「聞いた、聞いたわよ。今――――『ヘルヘイム』って言ったわね?」



 おあああああ……どんなタイミングっ!?

 聞かれた!? 今の聞かれたの!?


 あああああ、また生き辛くなっていく……。人間っていつか羞恥心で死ねると思うんだ……。


「騒動を聞いてやってきてみれば、大当たりね―――――探索者Lv8の権限に則って、あんたらを帝国に連行するわ」


 女の言葉に、感嘆の息を漏らす。


 探索者Lv8。

 上級悪魔グレーターデーモンとの交戦が可能と判断された者だけが上がることを許されるLv。

 つまり、人間の能力の壁を越えた、超越者の証だ。



「アーテル・ナノアール。あんたらヘルヘイムを捕らえる英雄の名前よ!」



 言い切った女に、俺は羞恥心と焦りで嫌な汗をかく。


 違わないけど、違うんですぅ……。




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