帝国の守護竜

 探索者Lv8、アーテル・ナノアール。

 ごく普通の平民家系に生まれ、それからわずか十年で開花。

 瞬く間に探索者として成り上がったアーテルは【驍黒ぎょうこく】と謳われ、最高の探索者の一人である証、『色』の名前が付いた二つ名を授かった。


 フォルテム帝国。

 かつて世界で巻き起こった秘境の資源を発端とする世界大戦の勝者にして、今もなお衰退を見せない世界最大の国。

 悪魔たちの台頭によって人と人との戦にひとまずの終止符が打たれてから数百年、探索者の国としても知られている。


 幼いころからその国で育ち数々の武勇を打ち立てた彼女は、その活躍から幼い時分に城に上げられたことも少なくない。

 そのため、皇族家からの信頼も厚く、親交も深かった。


 そんな折、帝国は混迷の渦中に叩き込まれる。


 アーテルと幼少期から友であった双子、帝国の第五皇子と第七皇女が誘拐されたのだ。

 ヘルヘイムを名乗る、謎の集団によって。


 帝国はあらゆる探索者達、騎士達に令を出し血眼になりヘルヘイム捜索に乗り出した。

 しかし、名前が広がるばかりで実態は雲のように掴めないまま、ひと月が経った時――――遠方のグリフィル樹海が一夜にして凍り付いた。

 その報がフォルテム帝国に舞い込んだ。


 ヘルヘイムを名乗る者たちは外法の魔術を扱うと言う情報からそれらを結び付けたフォルテムの皇帝は、アーテルが率いる探索者パーティー『驍勇の槍』へ調査を命じることになる。


 双子と親友で、とりわけ皇女とは実の姉妹のように仲の良かったアーテルはこれを快諾し、パーティーを率いグリフィル神聖国領土に足を踏み入れた。


 そして立ち寄ったガートという街で、中級悪魔デモンズ出現の騒ぎを聞きつける。


「Lv3の秘境で……中級悪魔デモンズ?」


「あ、ああ! 今討伐隊がその秘境にいるはずだ!」


「…………」


「どう思う、お嬢?」


 押し黙ったアーテルを「お嬢」と呼称したのは、驍勇の槍の盾役タンクである探索者Lv6のテッド。

 無精ひげを弄りながら、鎧を着こんだ大柄な体をずっしりと構えている。


「ありえないわね」


「同感です。聞いたところによれば、最初行方不明者は一カ月前だそうです。それほどの期間生き永らえるのは不可能。自然的ではありません」


 眼鏡をかけ直し、アーテルに同調したのは治癒師ヒーラーのアミラ。

 その眼は行方不明者捜索の依頼が張り出されているボードを睨んでいる。

 アミラの言葉に頷くのは、魔法師ウィザードのタグル。

 

「グリフィル樹海からほど近い距離での異常……関連性を疑うなという方が無理な話だ」


「決まりね。『驍勇の槍』、件の秘境に向かうわ!」


 その言葉に、ガートの探索者ギルドを歓声が埋め尽くす。


 

 思い違いならそれに越したことが無く、当たりならば友のことを救えるかもしれない。

 行かない理由は無いだろう。


「待ってて、二人とも」


 アーテルは呟き、秘境に走る。




 

 そして、秘境の突き当りで、彼女は目にする。


「地面が、崩れてる……?」


 周囲の哨戒をメンバーに任せ、アーテルはその形跡に足を向けた。

 地下から上がる黒煙と、何かが焦げたような鼻をつく異臭に顔をしかめながら近づくと、


「あっっっちいわね……」


 動きを制限しないために厚着をしていないアーテルでも、うっすらとその白い肌に汗を浮かべる。

 まるで火山の火口でも覗き込もうとするかのようだ。


 微かに見えるのは消えかけの火。

 どうやら下に積もった炭の山が異臭の発生源のようだ。


 訝し気に目を細め、仲間を呼ぼうとしたその時。


「―――――――」


 人の声。

 上手く聞き取れなかったそれに耳を澄ませる。



「ヘルヘイム……帰還する」







「―――――待ちなさいっ!」


 聞こえた瞬間、アーテルは地下に飛び込んでいた。


 華奢な体格に見合った細剣を人影に向け、鋭い眼光を曳いていた。

 アーテルは、勇ましい立ち姿で言う。


「聞いた、聞いたわよ。今――――『ヘルヘイム』って言ったわね?」


 聞き間違いではない。

 それは目の前で身体を大きく跳ねさせ、挙動不審にあわあわと身体を揺らす様子から一目瞭然だ。


「騒動を聞いてやってきてみれば、大当たりね―――――探索者Lv8の権限に則って、あんたらを帝国に連行するわ―――――アーテル・ナノアール。あんたらヘルヘイムを捕らえる英雄の名前よ!」


 油断など無い。

 ただ真っすぐに人影を見つめる。


 男の他に二人、脇に控えるように様子を見ている。


「お嬢! どうした!?」


 どんっ!と鈍重な音を立て地下に降りるテッド。

 後ろから続く様にアミラとタグルが着地した。


「ヘルヘイムよ。馬鹿みたいに自称してたわ」


「ば、ばか……」


 アーテルの言葉にショックを受けたように声を上げたフードの男は、手に持った弱弱しい火を纏っている剣で地面を掻きながら俯いた。


「や、まあ確かにバカみたいではあるけどさ……当時はカッコ良かったんだよ、てか今も別にカッコ悪くはないじゃんか……ちょっと大人になったから羞恥心とか現実とか見ちゃうこともあるなぁってだけで悪くないと思うんだ…………まあ人前でやることではないか、そうか……」


 男が身体を動かすたびに驍勇の槍は臨戦態勢を取る。

 油断を誘おうというのか、攻撃を誘っているのか。

 不可思議な言動を続ける男は、唐突に自分の手に持った剣と周囲の状況を見回した。


「あ、や、これは違くてっ!」


「……?」


 そこで初めて、アーテルは周囲の状況に目をやった。


 瞬間、脳がすっと血を引かせる。


 ばら撒かれた探索者カード。

 人であった形跡を残す遺体。

 未だうっすらと火が燃えている現場。


 そして、火を灯した剣を持った男。


 パーティーメンバーたちも、それが何を示しているのか理解した。

 中級悪魔デモンズ討伐のために編成された討伐隊が、全滅したのだと。


 この男が、この惨劇を作り上げた張本人なのだと。


「……度し難いわね、ヘルヘイム」


「ちょ、待って本当に違うんだって! 俺はここにいた上級悪魔グレーターデーモンを―――――」


 


 ―――――――――。


 男の言葉は、秘境内に突如響いた轟音にかき消された。その轟音は振動を伴い、秘境を揺らす。

 音は止まずに、必死に口を動かしている男の声がアーテル達の耳に届くのを阻んでいた。


 耳をつんざく音に耳を塞ぎながら、驍勇の槍はお互いの顔を見回す。

 至近距離で大声を出すことで、辛うじて会話を成り立たせる。


「お嬢ッ! こりゃ一体!?」


「わっかんないわよっ!」


 残り二人も首を振り、不理解を示す。

 振動を伴う音が徐々に鳴りを潜め、アーテル達が耳から手を離した時。


 聞こえてきたのは、空気を打つ音。

 それはまるで、超大型の鳥が羽ばたいた時のようなそれ。


 アーテルは覚えがあった。

 これは―――――竜の翼の音である。


「―――――――――ぅぅ」


 上の方から聞こえてくる声は、徐々にアーテル達に近づいて来る。


 聞き覚えのある声に、アーテルは悟る。


 先ほどの轟音は、秘境の上部が破壊された音だったのだ。

 そんなことができるのは、ただ一人……いや、一柱ひとはしらしかいない。


「―――――――王おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ダンッッ!!


 ソレが着地した衝撃で上がる土埃が、地下空間を埋め尽くす。


 直後、風圧によって舞い上がった土煙が払われ、その姿をアーテル達に見せる。


 ぬばたまの黒髪、浅黒い褐色肌。

 その頭頂には、明らかに人間ではない証である黒角。

 美しい容貌を惜しげもなく晒し、素肌に一枚の毛布を被っただけのその女は、意気揚々と声を上げた。


「―――――ニーズヘッグッ! 推、参ッ!!」


 生ける伝説。悪魔に対する最強の抑止力。

 彼女を表する言葉は数あれど、もっとも有名な称号は―――――


 ―――――フォルテム帝国の守護竜。

 

 彼女の存在こそ、帝国が最強たる所以であることに間違いない。


 当然、帝国所属の探索者であるアーテルは彼女を知っている。

 Lv8以上の探索者は、一度は帝国の命で彼女と会うことになるのだから。

 その中でも会う回数が多かったアーテルは、彼女と気安い関係を築いていた。


 Lv10の探索者ですら彼女への勝機を見出せないと断言するほどの、純然たる最強生物。

 竜種、ニーズヘッグ。


「……ニーズヘッグ……あんた……!」


 アーテルだけでなく、驍勇の槍の面々もあんぐりと口を開けている。

「ん?」と声に反応したニーズヘッグはアーテルに目を向けると、


「おおッ!驍黒のアーテルではないかっ! なにしとんの?」


「な、何してんのはこっちのセリフだっての!」


 秘境の破壊。

 時と場合によってはその領土を支配する国への国家反逆に当たる大罪だ。

 まあ、竜に法を説く愚か者がいればの話だが。


 取り乱すアーテルと同じく、あまりの展開に思考を止めていた驍勇の槍たちは、落ち着き始めた心臓を抑えながら笑みを浮かべた。


「お、おいおい……まさかの守護竜様の援護とは……」


「皇帝様のヘルヘイム討伐へかける思いがそれほど大きいと言うことなのでしょう」


「それにしてもこの登場はどうかと思うけどな……」


「ちげえねえ、心臓止まるかと思ったぜ」


 ふっ、と笑みを浮かべる驍勇の槍の面々を見ながら、アーテルは肩を竦める。

 先ほどまでの緊迫感はどこへやら、アーテルの覚悟もぶち壊されてしまった。

 守護竜と人間。

 戦いにすらならない

 

 アーテルは同情的な視線をヘルヘイムの三人に向ける。


「はぁ……あんたら、もう投降しときなさい。わかんでしょ、コレには勝てないわ」


 アーテルは雑にニーズヘッグを指差し、呆れたように剣を下ろした。

 

「てか、投降してくれないとコイツはあんたらを殺しちゃうの。だから投降して、情報を聞き出さないといけないから」


「悪いことは言わねえ。早めに決めな」


 アーテルに続き、テッドも彼らを諭そうする。

 だがそんなことを言うまでもなく、彼らには投降以外の選択肢は残っていないだろう。


 なにせ、抗った瞬間、その人生に幕を下ろすことになるのだから。


「……? な、なにを言っとるのだ?」


 状況を飲み込めていないように首を傾げたニーズヘッグに、驍勇の槍の間の空気が弛緩する。

 

「ニーズヘッグ、こいつらがヘルヘイムよ。どうせ、皇帝の頼みで来てくれたんでしょ?」


「あれか、よくわからないけど退屈だから来たっていう、いつものやつですかい? 守護竜様」


「??????」


 言えば言う程、ニーズヘッグは首を傾げて表情を歪めていく。

 まるで、違う言語を聞いているかのようだ。


 しびれを切らしたアーテルは、細剣をヘルヘイムに向け、叫んだ。


「だーかーらーッ! 皇帝の頼みでヘルヘイムをぶっ潰しに来たんでしょ!? んで! こいつらがそのヘルヘイム! わかる!? 場合によってはこいつら殺すから、準備しときなさい! いいわね!?」


 言い切ったアーテルは細剣を振るい、ヘルヘイムに目を向ける。


「今の見てたでしょ。コイツめっちゃ強いのにめっちゃバカだから簡単に殺されちゃうわよ。大人しくとうこ――――」


「なあなあ」


「今度は何よ!?」


 話の途中で声を挟んでくるニーズヘッグにアーテルが反応すると、ニーズヘッグは、心底不思議そうに問う。





「なんで我が、?」


「――――――あ?」


「皇帝とかしらんよ、我。最近うるさかったけど、忙しかったから無視しとったし」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! な、何言って……」


「人探しで忙しかったからの! だが、やぁぁっと見つけたのだ!!」


 アーテルが彼女と会ってから一番の得意げな笑みを浮かべるニーズヘッグ。

 その顔には、自慢、名誉、誇り。

 およそ彼女とは無縁の感情が張り付いているように見えて……。


 その時、ヘルヘイムの男がおずおずと口を開いた。


「あ、あの…………そこらへんで……」


「おお! そうだったそうだった! わかっているぞ、王よ!!」


 ニーズヘッグは男の声に嬉しそうに、意を得たりと頷いた。


 そして――――男の前で、手で彼を指す。

 身体を驍勇の槍に向け、「むふ」っと自慢げに息を吐いた。


 まるで、忠臣が王を紹介するように。

 竜が、人の前で膝を付いた。


「ちょ、まっ! ニドッ、や――――」




「このお方こそ!! の王にして、世界の王ッ!!―――――屍王しおうヘル様にあらせられるッ!!」



「まっっっじでやめろばかがあああああああああああああああっ!!」



 ニーズヘッグは、興奮に顔を赤らめ宣う。

 言葉を失くした探索者たちの前で、世界の王(笑)は慟哭した。




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