悪魔の温床

 『戦地せんちおり』。古戦場の地中に出来た空洞の秘境。

 土壁と固い地面で出来た薄暗い秘境内は、本能的な恐怖を探索者に与える。


 中級悪魔デモンズ発生の悲報を聞きつけた探索者たちが一堂に集い、それを滅さんと勇んでその秘境に入り込んだ。


 Lv4の探索者パーティーが三つ。Lv3が四つ。

 総勢二十七名が隊列を組んで、今回の隊長を務めるLv5探索者ランダ・コードを先頭に秘境内を進む。


 彼らがそこで見たのは……。


「こ、これ……『ヨロイ』か……?」


「ま、間違いないっ! 俺達を襲ったのはこいつだ!」


 取り乱しながら叫ぶのは中級悪魔デモンズの情報を持ち帰った男、ダイト・ニーマンだ。

 ダイトを含めた探索者たちの前に転がっているのは、この秘境内に発生したはずの中級悪魔デモンズの亡骸。

 肉体のほとんどは消滅しているが、特徴である鎧部分は形をそのままに残している。

 探索者は、このように悪魔が遺す素材を売って金にしたり、その素材で悪魔に対抗する武器を作る。


「し、死んでる……のか?」


 ランダがヨロイの亡骸を足で突くが、反応はない。


「他の探索者が先にやったのか……?」


「探索者がやったんだったら、素材を落としたままにするわけねえだろ」


「じゃ、じゃあ、誰が……?」


「知るかよ……」


 口々に状況を整理しようとするが、ざわめきが広がるばかりで整然としない。

 そんな中、ダイトがそこから少し離れた場所で声を上げた。


「あ……あぁっ……!」


 ダイトの前に広がっているのは、乾いた血だまりの跡。装備の欠片と押し潰された肉片が無惨に散らばっている。

 パーティーメンバーの大剣使いが、ダイトを逃がすために悪魔に剣を振っていた場所だ。

 ダイトは血だまりの傍らに落ちている探索者の証であるカードを拾うと、こびりついた血を拭いながら懐に入れた。

 それを見ていた探索者たちも痛ましい顔で目を伏せる。


「みんなすまない……残り二人のカードも回収したいんだ……」


 涙声で呟くダイトに答える探索者たちは、努めて明るく声を出した。


「おうよ! こんなとこに置いておけねえもんな!」


「カードだけと言わず、回収できるもんは持って帰ってやろうぜ!」


 ダイトを慰めながら進む一行は、中級悪魔デモンズの脅威がなくなった秘境を軽い足取りで潜っていく。

 目指すのはダイトのパーティーメンバーが悪魔に屠られた突き当りの空間。


 時折姿を見せるありのような下級悪魔レッサーデーモン、『ムシアリ』が多足を蠢かせ探索者たちを襲うが、所詮Lv3の下級悪魔レッサーデーモン。隊列を組んだ彼らを阻む脅威ではなかった。

 剣を振るい、槍で突き、時に炎魔法で焼き払う。


 Lv3の秘境だけあって入り組んでおらず、目的地まではすぐにたどり着いた。


 広い円形の突き当りに行き着いた探索者たちは、出口を確保しながら周囲を調べる。

 だが、ダイトは息を詰まらせながら唖然としていた。


「………………!」


 ここで屠られたはずの二人の仲間の死体が、忽然と姿を消していたのだ。

 血の飛沫一滴すらなく、喰われた痕跡もない。


 まるで、何者かが持ち去ったかのように。


「な、なんで!? なんでないんだ!?」


「おい落ち着けダイト!」


「ほんとにここでやられたのか? 記憶違いなんじゃ……」


 他の探索者も捜索を続けるが、それらしき痕跡が見つかることはない。

 落ち着きを失くしたダイトを気遣うように、探索者全員が突き当りの空間に足を踏み入れた時――――――



 ダイトが、指を鳴らした。


 瞬間、地面が崩落する。


 落下する探索者の叫び声が秘境内に響き、ほどなくして崩落音が静まる。

 秘境内に出来た大きな穴の深さはさほどない。探索者が登ろうと思えば容易に登れそうなものだ。


 落下した探索者たちもすぐさま身体を持ち上げ、状況把握に努める。 

 隊長であるランダが、大声で無事を確認する。


「おい大丈夫かお前ら!」


「こっちは大丈夫だ!」


「問題なし!」


「こっちも全員無事だ!」


 パーティーリーダーたちが声を上げ、自分たちの無事を伝える。

 全員の無事を確認すると、探索者たちは落下してきた場所を見回した。


「地下……この秘境にこんなとこあったのか……」


 上よりも薄暗い空間を見渡すと、目についたのは何事もなかったかように立ち尽くしているダイトの姿だ。


 土煙の立った中、ランダはダイトの無事を確かめようと近づき―――――


「あっぶねえ……」


 転ぶ前に体勢を立て直したランダは、自分が躓いたモノに目を向け……その動きを止めた。


「―――――は?」


 そこにあったのは―――――


 二つは、見つからなかったダイトのパーティーメンバーのものだろうか。

 だがランダが動けなくなったのは、もう一つの死体を目にしたためだ。



 もう一つの死体は、目を見開き、下半身を潰された―――――



 間違うはずがない。

 何故なら、目の前には、まったく同じ顔の男が立っているのだから。


 だとしたら、目の前に立っているのは―――――。

 


「アァ……大成功っ!」



 ダイトの顔をしたナニカが、にんまりと口を歪めた。


「――――ようこそ、探索者の皆様。悪魔の温床へ」


 両手を広げたそのナニカは、崩落前と同じように指を鳴らした。


 空間に広がっていた闇が蠢く。


 現れたのは――――――


「あああ……あああああああッ!!」


 数えきれない下級悪魔レッサーデーモン、ムシアリの大軍。

 それに囲まれた探索者たちは恐怖に竦み、声を上げることしかできない。


 それだけではない。

 ムシアリの大軍を引き連れているのは、三体の中級悪魔デモンズ

 杖のようなものを持つモノ、尋常ではない顎を持つモノ、腕が異様に発達したモノ。

 それらが、規則正しく、躾けられたかの様に並んでいる。


 両手を広げたダイトの皮を被ったナニカは、胸に手を当て探索者たちに一礼する。

 次に顔を上げた時、その顔はダイトのものではなく、黒いひょうのような相貌だった。


「お初にお目にかかります―――――57番目の上級悪魔グレーターデーモン……総裁プレジデント、『オセ』と申します。皆様との素晴らしい出会いと――――別れに、血を持って乾杯いたしましょう」


 その言葉が終わった瞬間、悪魔の群れは探索者たちを飲み込んだ。



 


■     ■     ■     ■




 

 上級悪魔グレーターデーモン

 人間並みか、それ以上の知性を持つ悪魔たち。

 悪魔王に付き従い、人間を蝕む悪意の集合体である。


 彼らは、自らに階級を付ける。


 悪魔王に付き従いながら、不遜に王を自称する最強の上級悪魔グレーターデーモン、『キング』。

 それに次いで、『君主ロード』、『公爵デューク』、『侯爵マーキス』、『伯爵アール』と続く。


 力は伯爵アールからキングに上がるにつれて増し、キング上級悪魔グレーターデーモンの対処は国家単位での軍事力が必要とされる超自然的かつ生物的災害だ。

 

 そして、『総裁プレジデント』。

 これらはその枠組みから外れ、武力ではなく、他の悪魔を従えることで力を発揮する個体だ。

 単体では脅威にはなり得ないが、悪辣な思考と特異な能力で人類を侵略することに長けている。


「はははははっ……あまりにも簡単に騙されてくれましたねぇ」


 総裁プレジデント上級悪魔グレーターデーモン、オセ。

 

 自身や他の生物を変化させることを得意とする個体だ。

 殺したダイトに成り代わり、探索者の街に侵入し、探索者たちをこの戦地の檻に招き入れたのだ。


 すべては、勢力拡大のために。


「さあ、立ち上がりなさい」


 物言わなくなった探索者たちの死体に触れていく。

 すると、死体がぼこぼこと変形し、その体躯を大きく変化させる。


 出来上がるのは、中級悪魔デモンズ


 討伐隊としてこの秘境に入り込んだすべての探索者が、中級悪魔デモンズへとなり果てた。

 

「くひっ―――――ハハハハハハハハハァアッ!! 奴らの目を盗みながら行動を起こすのは危険を伴いましたが……やっと、ここまで漕ぎつけました」


 血の海の上で踊るオセは哄笑する。

 中級悪魔デモンズに魔力を供給しながら、統率を執る。

 出来上がった中級悪魔デモンズと周りの悪魔たちが、一斉にオセに傅いた。


「悪魔王よ……目覚めは近いッ! 我らの悲願はッ、すぐそ――――――」






「―――――――あぁ、遅かった」



 パキッ。


 オセの足下の血の海が、そんな音を立てた。


「……?」


 口が裂けんばかりの笑みのまま表情を固定しながら、オセは首を傾げる。


 白い冷気を伴って、その影は降り立った。

 二人の人影を引き連れて“ソレ”はオセに向かって歩を進める。


「甘かったか……まさか上級悪魔グレーターデーモンだとはなぁ」


 灰色のフードの奥から覗く双眸が、オセを射抜く。

 

 大量の魔力を持ったその影に、オセは再び口角を釣り上げた。


「あぁ、悪魔王よ!! 今夜のワタシはツイているっ! これもあなた様のお導きッ!」


 額に手を当てながら身体を捩るオセは、一気に上体を反らし、両手を広げた。


「さぁしもべ達よッ! まだまだ餌が足りませんでしょう! 今夜は馳走ちそうですッ! 存分に喰らいなさいッ!!」


 暗闇が、再び波打つように蠢いた。

 蟻の大軍が空間ごと動く様に人影を襲う。

 我先にと先を走る悪魔を後続の悪魔が踏み越え、津波のように高さを増し、逃げ場を失くす。


「ハハハハハッ!! 人間とはなぜこうも愚かなのでしょう! 人間一人を捕らえれば虫のように集ってくる……簡単ですねェッ!!」


「―――――氷鋳怪物ジャック・フロスト


 人影の足下から冷気の波が広がった。それは速度を増しながら、悪魔の大軍を伝播する。


 停止。

 蟻の波が一瞬にして氷の檻に閉じ込められ、動きを失くした。

 その冷気は地面や空気を伝い、オセに迫る。


「ふむ」


 煩わしそうにオセが手を振るった。

 するとその冷気は霧散し、何事もなかったかのように首を回す。


「厄介ですねぇ……氷魔法、下級悪魔レッサーデーモンでは相性が悪いですか……いいでしょう」


 オセは手で合図を出すと、今まで大人しくしていた中級悪魔デモンズが動き出し、


『グぎッ――――オオオオオオオオオ゛オオオアア゛アアアアアアアア゛ッ!!』


 咆哮の合唱を上げた。

 悪魔たちの身体は淡く黒い靄に包まれている。


「魔法耐性を上げれば、氷魔法など敵ではありません」


 中級悪魔デモンズ下級悪魔レッサーデーモンと違い、漂う冷気に怯むことなく臨戦態勢を取った。

 凍ることなく、オセの指示を待つ。


「大方、下級悪魔レッサーデーモン如きを屠ってきて増長でもしたのでしょうか……ですが、これらはワタシ、オセの特別製」


 中級悪魔デモンズだけではない。

 下級悪魔レッサーデーモンを閉じ込めていた氷がバキバキと音を立て、徐々にひびが入る。

 氷の中で蠢く蟻の目や脚は一点に目標を定め、氷が壊れた瞬間にでも人影を飲み込むだろう。


「残念ながら、ワタシは上級悪魔グレーターデーモン。それに従う彼らもまた、そこらのものとは一線を画しています。つまり――――終わりです」


 オセが手を振り下ろした。


 破砕音が空間に響き渡り氷の檻が割れ、蟻の悪魔たちが這い出で氾濫する。

 中級悪魔デモンズが咆哮し、人影に迫る。


「それでは、良き出会いでした。大人しく餌としておわってくださ」


「ガルム」


「―――――ウオオオオオオオオオオォォォォォォオオオオオオオン!!」


 蟻たちが宙で破裂し、血と脚の雨が降る。

 オセの耳から血が噴き出し、中級悪魔デモンズたちは後退り、その外皮に点々と傷が入った。


「えらいな」


「えへへ! 褒められた!」


 理解不能な現象にオセが目をしばたたかせる前で、和やかな声が響く。

 中央の人影が頭を撫で終わると、もう片方の影に向かって手を差し出した。


「出し惜しみ無し。ニヴル」


「はっ。―――――宝物庫ゴエティアNo.ナンバー


「あーたしか……64?」


 意味不明な会話を繰り広げた人影の片割れの女が、

 しかしその中は赤ではなく、暗黒。

 オセは焦燥に駆られ中級悪魔デモンズたちに魔力を送るが、受けた傷の治癒に時間を割かれ、動き出しが遅れる。


「どうぞ」


「いや、ニヴルが取り出してよ」


「どうぞ」


「だから―――」


「どうぞ」


「あーはいはい!」


 声を上げた男が腹の中に手を突っ込む。

 「ふーッ……ふーッ……」と息を荒げている女は、明らかにその行為に興奮を覚えていた。


 ずるっ、と手を引き抜いた男の手には―――――炎燃え盛る剣。


「やっぱ、虫の駆除には火だよな」


 重そうに剣を構えた男の影が、陽炎に揺らめく。

 

 オセはその剣に―――同族グレーターデーモンの気配を感じた。


「そーいえば、もお前と同じ豹みたいな顔してたな」


 男が持つ剣、それは明らかに―――――


64番目の炎剣ソード・オブ・フラウロス。腕のいい鍛冶師が部下にいてな―――――上級悪魔お仲間の素材で作った剣で殺されるんだ……文句ねえだろ?」


 「聞きたいことあるからすぐには殺さないけど」と軽い口調で言った男は、伸びをする。


「二人とも下がってて。……危なくなったら援護お願い」


「「はっ」」


 自分で作った氷景色を剣の熱で溶かしながら歩き、男はフードを外す。




「お前、総裁プレジデントだろ? 最弱の上級悪魔グレーターデーモンが粋がるじゃねえか……こんな大軍用意してくれてさ―――――餌はお前だよ、総裁ひきこもり

 









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