第51話 過去の恨み

「おいおいおい! てめえら! なに負けてんだ!」


 俺が襲い掛かってくる王国軍を薙ぎ払いながら進んでいると前方からそんな感じの荒々しい言葉が聞こえてくる。あの声、聞いたことあるな。


 とある人物の顔を思い出した俺はその人物がいるであろう方向へと歩を進めていくとやはり思った通りの顔が目に入る。


「おらあ! こんな雑魚共に負けてんじゃねえよ、雑魚共が!」


「相変わらずだな」


 仲間に振るわれた鷺山の剣筋を俺が片手で受け止める。


「ああ?」


「……」


 一瞬驚いた顔をしたのが見える。反応を待つ気もない俺はそのまま剣をくるりと回して鷺山の体を地面へと叩きつける。


「ライト様!」


「パーフェクトヒール」


 そして仲間の方を向いて負傷した者達の傷を癒す。


「皆は他の所に加勢してくれ。こいつは俺が倒しておくから」


「はい!」


 そう言うと仲間の魔族達が散り散りになり、そこに残ったのは俺と白鳥さんだけになった。


「聖女様!?」


 そうして俺の後ろに控える白鳥さんの姿を見た王国の兵士たちが驚いた声を上げる。まあ、昨日までは味方だったんだし驚くのも当然か。その中にはいつぞやの訓練で俺の体を叩きのめした騎士の姿も見えるな。どうやら向こうは俺の事を覚えていないようだが。


「美羽。それにてめえは」


「流石に覚えてるようだな、鷺山」


 目を見開いたままこちらを凝視する鷺山の顔を見て押し寄せてくる不快感。長い時間が経過してマシになったと思ったがどうしてもこの感情だけは消せないみたいだ。


「……おいおい。見た目を変化させる能力だか何だか知らねえがそいつに変身しても俺には効かねえぜ? だって俺はそいつの顔なら何十回でも何百回でも殴れるんだからなあ!」


 どうやら俺の姿は変身した姿だと思っているらしい。正真正銘、葛西ライトなんだがな。


 こちらへと駆け寄ってくる鷺山の顔を冷めた眼差しで眺める。


「美羽を返しやがれ!」


 返せ? もともとお前のもんでもないだろうに。


「獄炎」


 斬りかかってきた鷺山に放つは地獄の焔。対象が塵になるまで燃え続けるその焔を容赦なく鷺山の体へ向けて放つ。だがすんでのところでサッと避けられてしまい代わりに近くに居た王国の兵士へと燃え移る。


「ギャアアアア!!!!」


 体が燃える痛みに耐えきれずその兵士は藻掻き、仲間の体を掴む。さらにそこから炎が燃え移っていき、王国の兵士たちが火の海と化す。


「な、なんだこれ?」


「お前に教えるつもりはないな、鷺山」


「俺の名前を知ってるだと? もしかしてお前……」


「もしかしても何も俺の名は葛西ライトだ。お前の事はよく覚えてるぞ? ダンジョン攻略で狼の魔物に襲われた時にお前に魔法で足止めされたからな」


 あれが無ければ俺はダンジョンの底へと落ちることなく、白鳥さんとともに転移石に間に合っていたことだろう。こいつとリズワールが俺をダンジョンの底へ突き落したと言っても過言ではなかった。


「鷺山、ライト君から聞いたよ。あの事故はあなたとリズワールのせいだってね」


 後ろに居た白鳥さんもズイッと前へ出てきて鷺山を責め立てる。おかしいな、前までは鷺山君呼びだったというのにいつの間にか鷺山呼びになっている。


「み、美羽? どうしたんだ? おめえはこっち側じゃなかったのかよ」


「私はいつもライト君側だよ。あなた側になんてなったこと一度もないわ」


 白鳥さんのその様子に鷺山はかなりショックを受けたようだ。確かこいつも翡翠と同様、白鳥さんに好意を抱いていたっけな。さて、この言葉にどんな反応を見せるのやら。


 目を見開いて白鳥さんを見つめる鷺山の目が徐々に敵意を帯びた目つきになって俺の方を睨みつける。


「てめえ! いい加減なこと言って美羽を誑かしてんじゃねえ! そんなんだからダンジョンに置き去りにされんだよ!」


 飛び出してくる言葉は謝罪ではなく罵倒。もはや許す価値もないな。


「そうか。なら」


 その瞬間、俺は鷺山の目の前まで移動する。俺の動きを目で追えていなかったようで鷺山の顔はどこか醜悪に歪んでいる。


「お前がどうなっても仕方ないか」


 そこから始まるのは蹂躙である。俺の動きにまるで反応できない鷺山の体をアルムで斬りつける。


「て、てめえ、生意気ゴフッ!」


「お前の言葉すら聞きたくない。耳障りだ」


 そうして鷺山が言い終わるよりも先に腹を殴打して、鷺山の言葉を遮る。


「あ、あの剣聖さまが一方的」


「もしかしてあれって……」


 王国の兵士たちの方を睨みつけると蜘蛛の子を散らすようにしてこちらから離れていく。


「……む、無能の癖に俺に楯突きやがって」


「なんだまだ生きてたのか」


 ボロボロな状態で立ち上がる鷺山を見て俺は深いため息を吐く。


「いくらやっても無駄だ。お前じゃ俺には勝てない」


「うるせえ!」


 そう言うとどこかへと走りはじめる。その方向には白鳥さんの姿があった。


「美羽! おめえが俺のモノにならねえならもう要らねえ! 死んじまえ!」


「……ホント気持ちの悪い人」


 そう言って白鳥さんが剣を振りかぶるよりも早く俺が二人の間へと移動して剣を振るう。


「落ちるところまで落ちたな、鷺山。『毒の爪ポイズンクロウ』」


「ぐああああああ!!!!!」


 俺の振るった剣は鷺山の体を斬りつける。そしてその傷口からレベル10の毒魔法が侵入し、激しく刺すような痛みが鷺山の体全体に広がっていく。


「痛い! 痛い! 助けてくれ!」


「俺もダンジョンの底に落ちた時、同じことを思ったよ。お前は俺にそれだけのことをしたんだ」


「お願い……します! 死にだくない!」


 図太く俺の足へとまとわりついてきてそう言う。別に殺すつもりはなかったが、最後の白鳥さんに襲い掛かるのを見て助けようと考える気にもならなくなってしまった。


「死にたくないならその毒から生き延びてみるんだな。お前が馬鹿にした俺が乗り越えてきた道と大体同じなんだからそれぐらい乗り越えられるだろ?」


 足にまとわりついてきた鷺山の体を蹴り飛ばすと俺はその場から立ち去る。元クラスメートとはいえ、罪悪感は生まれない。普通に接してくる分にはここまではしなかったが、敵として現れれば敵として処理するだけだ。白鳥さんや翡翠であれば生まれたであろう慈悲はそこにはない。


 鷺山が興味の対象から外れた俺が次に目指す先は戦場の中で最も安全な位置に居るであろう王女様の場所。この戦いで最も要となる存在であろう。


「ライト君、ありがと」


 そう言って腕に抱き着いてくる白鳥さんに少しドギマギしながら俺は歩みを進めるのであった。

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