第52話 確執
ドガアアアンッ!!!!
こうも喧噪であふれた戦場に突如響き渡る衝撃音。確認するまでもなくあいつだな。思った通り前方に鬼神の背中が見えてくる。戦っている相手は……勇者であった。
「アリス、終わったのか?」
「さあな」
戦況はこちらが優勢。戦線はすでに勇者が居るところまで上がってきている。数にして数万対二千の戦いはまさにこの勝負で決すると言っても過言ではなかった。
「まだ……まだ終わってないっ!」
体がボロボロになりながらも翡翠が立ち上がる。そうしてこちらを鋭い目で睨みつける。
「美羽! 騙されちゃいけない! そいつは葛西君の姿をしたバケモンだ! 今すぐそこから離れるんだ!」
「翡翠君。この人は正真正銘のライト君だよ? バケモンなんかじゃない」
「くそ……僕があまりかまってあげられなかったからそんな幻想に惑わされるんだな! 次からはちゃんと!」
自分に酔いしれている翡翠の物言いに少し寂しさが募ってくる。俺がダンジョンの底へと突き落とされた時にはまだまともだったのに。いや、本性はあったが実は隠していただけだったとかなのか?
まあ性格がまともじゃないってのは俺も言えない事なんだけどな。鷺山をあの状態で放置してるんだし。
「おうおう、力が増しておるな」
アリスの言う通り翡翠の纏う力が更に上へと昇華されていくのが肌で感じ取れるほどに顕著となる。これが逆境での勇者の力。大いなる力を前にした勇者の力はその上昇にとどまることを知らない。
「鑑定」
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名前:翡翠流星
種族名:異世界人
称号:勇者
レベル:5000
スキル一覧
ユニークスキル:『勇者』
常時発動スキル:『暗視』『身体強化Ⅴ』『魔法強化Ⅴ』『魔法防御Ⅴ』『物理防御Ⅴ』『状態異常無効』
魔法スキル:『全属性魔法lv.10』『光魔法lv.10』
特殊スキル:『見切り』『剣豪』
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確かに今まで見てきたどのステータスよりも強くなっている気はする。弱点も表示されないし、それほどの敵という事なのだろう。しかし、それでもレベルが低い。そしてスキルも少ない。
「どうだ! これが僕の! 人類の全力だ! 貴様ら魔族共にこれだけの力が出せる筈がない!」
「いや、そんなことはないと思うがな」
確かに地上のレベル感覚で言えばレベル5000は異次元の存在なのかもしれない。だが、今後ファフニールたちが届かないと思うほどのものでもない気がする。
「黙れ! 葛西君に化けている卑怯者に言われたくない!」
「いや、俺は本物の葛西ライトなんだがな」
それに魔王が俺の格好をして何になる。翡翠や白鳥さんの姿ならともかく俺の姿なら別に普通にボコられるだろ。そんな魔王がいるならば見てみたい。
「まだそんな戯言を! お前が葛西君だったら僕達の敵になるわけがない!」
「どうしてだ?」
「どうして? そんな答えになっている時点でお前は葛西君じゃない!」
もはや何を言っても認めてくれないようだ。ものすごい形相でこちらを睨みつけてくる。
「ライト、何やら縁が深そうだな。お主がやるか?」
「いや、俺は勇者よりも用がある奴がいるから」
正直、翡翠に対しての悪感情は鷺山やリズワール程はない。というか無いに等しい。だから積極的に戦いたいとも思わない。
「逃げるのか?」
「ああ。俺は翡翠よりもリズワールの方に用があるからな」
俺がそう告げた瞬間、翡翠の顔が更に険しくなる。
「貴様! 美羽だけでなくリズにも手をかけようというのか!?」
あっそうか。すっかり忘れていたがそういえば翡翠はリズワールの事を好いていた。それでいて白鳥さんの事も好き? あれ? おかしいな。
「美羽とリズは僕の妻になる女性だ! 僕の大切なものに手を出すな!」
「えっ、私翡翠君のお嫁さんになるつもりなんてないんだけど」
「大丈夫だ美羽! 安心してくれ! 今すぐ僕が君を呪縛から解放してあげるから!」
そう言うと眩い光を纏った翡翠がこちらへと飛び出してくる。こりゃまた重症だなぁ、おい。
「ふふっ、楽しそうではないか。妾はちと違う方へと顔を出してくるとするか。また体験談として聞かせてくれ」
「おい待てアリス。まさか俺に任せるつもりじゃ……」
嫌な予感がして俺が振り向いた時にはすでにアリスの背中が遠ざかっていくのが見える。おいおい、戦場で何を楽しんでやがるんだ、あいつは。
目の前には煌々と光り輝く勇者の姿が見える。魔王軍でこいつを止められるのは俺かアリスだけ。そしてそのアリスが立ち去った今、俺しかいない。
「仕方ない、やるか」
そうして俺は魔王マルスの剣を構える。
「氷獄」
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