第39話 勝負

「よし、じゃあ、決まりだな」


 僕らに近づいてきて、ジミィが言った。顔には穏やかな笑みを浮かべている。その表情は人好きが浮かべる曇りのない笑顔で、思わず和んでしまうものだった。


「俺が、花蓮と青鴉とみるくを殺して、ゲームクリアして、このゲーム自体を消す。それで……良いんだな?」

「ああ……」


 僕は曖昧にうなずいた。

 晴れ渡るジミィの自然な笑顔を、じっと見つめながら。


 花蓮がすっとジミィに近づき、「これで終わるんだね……」と言葉を発する。半目のままの小さな笑顔の表情で、素朴で可愛らしかった。

 雛乃は僕らの輪から一歩離れて外にいた。ジミィと花蓮が、穏やかに言葉を交わしている。その様子を尻目に、彼女にさりげなく近づいていく。


「直也……。何か用?」


 どこか子犬のような笑顔を彼女は浮かべた。頷きながら、ポケットから青い携帯電話を取り出す。花蓮やジミィの動きに気をつけて、そして、雛乃にだけその画面を向ける。

 雛乃は大きく目を見開くと、すぐに視線をジミィに向けた。

 数秒たって、「人間」と彼女が僕の耳元で囁いた。


「そっか、ありがと」


 小さくお礼を返す。

 僕は奇妙なことに、安堵を覚えていた。やはり、あいつは嘘をついている。それも、二つも。僕はゆっくりと二人のもとへ戻っていく。途中で雛乃を振り返り、彼女を手招いた。こくんっと、真剣な表情で彼女はうなずいて、僕の後ろをついてくる。

 速度を落として、僕は数歩だけ雛乃の隣に並んだ。立ち止まっても、彼女のすぐ隣にいた。手を伸ばせば、手をつなげる距離に。


「ジミィ」


 そして、僕は彼に呼びかけた。花蓮との会話を中断し、冷ややかな流し目が僕を捉える。その瞳に刃物を突きつけるつもりで、僕は言った。


「やっぱり、ジミィは嘘をついていたんだな」

「ん」


 ジミィが僕を見つめる。

 その表情は普段となんら変わることなく、確信がなければ見当違いだったと思い込んでしまいそうだ。思えば先ほどの笑顔も、完璧。

 しかし、確かな根拠がある今、僕に迷いなんてない。


「みるくのチームは『人間』で、能力が退魔師。いま、ジミィの所属を確認してもらった。ジミィ。あんたは『悪魔』じゃない。――『人間』だ」


 一息で指摘する。一瞬で、この場に張り詰めた空気が走った。表面上の顔は、誰ひとりとして変わっていない。僕と雛乃は真剣な眼差しで、ジミィは普段と変わらぬ表情で、そして花蓮はやる気のなさそうな半目で。けれど、誰も彼もが心の底で、今この場の流れを掴もうと息を潜めていた。

 僕は力強く、ジミィを睨みつけた。


「間違ってないだろ、ジミィ?」

「……ばれたか」


 追撃すると、ちろりと舌をだしやがる。認めなかったところで、何が変わるわけでもないという判断だろう。

 ジミィは男前の面を歪めて、「で、どうするのかな青鴉くん?」と呟いた。

 余裕が見える態度だが、それは余裕を見せているとも感じた。


 自分の策略がばれて、内心では冷や汗をかいている――。『余裕を見せている』と感じるのも、彼の演技が崩れていることを示している。

 拳を握った。

 僕は、これから彼を丸め込んで、もう一度要求を飲ませなければならない。そうしなければ、僕の理想には手が届かない。だから、伸ばす。

 そのために――切り札を、切る。


「花蓮とジミィは兄妹なんだろ」

「!」


 この指摘で始めて、ようやくジミィは表情を崩した。眉根をひそめ、口元を斜めにし、顔をゆがめる。びくりと震えた身体は、攻撃姿勢をとっていて、何を根拠にと噛み付きそうな勢いだった。

 そして実際、彼はその言葉を口にした。


「何を根拠に」

「ネットの記事とそれから、花蓮の言葉だ」

「花蓮の言葉……?」

「覚えてないのか。雛乃に殺されたとき、花蓮はあんたを『鈴緒』と呼んだんだ。相田鈴緒……花蓮の兄貴と、同じ名前だ」


 僕の瞳を、ジミィはじっと見つめる。長い時間が流れたが、やがて諦めたように一つため息をついた。


「……なるほどな」


 そんな彼の裾を、ちょこんと花蓮がつまむ。その指先に震えはなく、「大丈夫」とジミィを支えているように見えた。そんな彼女を、僕は指差す。


「花蓮、君が『悪魔』だ」


 これが、もう一つの嘘。

 ジミィと花蓮が兄妹で、彼らはお互いの役職を偽り合った。細かな情報はやりとりで伝えあい、隠していたのだろう。

 その理由は、ただ一つ。僕達を信用していなかったから、だ。

 そして、攻撃が集中する『悪魔』という身分をジミィが名乗り、花蓮がその立場だったことから――。


「なあ、クリア間際なのは、花蓮なんだろ」


 この指摘に、ジミィの仮面にヒビが入った。いつものクールな表情の下に、やけどしそうなほど熱い表情があった。


「何を根拠に……ッ」


 その気迫は、いったいどこから来るものだったのか――。彼が叶えたい夢の、そのための思いだろうか。

 そんなことを、考える。

 誰かを消してでも、叶えたかった願い。それを僕は認めた上で、花蓮にゲームを消してもらわねばならない。だから、冷たく吐き捨てる。


「その顔は、肯定と受け取っておくよ」


 ジミィは軽く舌打ちをした。


「顔だと? ふざけるな。そんなものが何の証拠になる」

「このゲームに、証拠なんている? 僕は、僕の考えを信じる」


 クリア間際なのは、ジミィだと考えていた。だから悪魔と偽っておけば、裏切るのなら彼をみんなで取り囲む。そうなれば、花蓮だけは上手く生き残れることになるし、仲間のフリをして、安堵した僕達に攻撃を仕掛ける事も可能だ。そうして、ゲームクリアし、願いを叶える。

 その策略は、今ここで露見した。


「それで……これからどうするんだ?」


 不敵な口調のジミィの頬に、一筋だけ汗が流れた。それは、おそらく冷や汗。今の状況は、悪魔&人間対、人間&人間の二対二。戦闘力1.5倍の悪魔を有するジミィのほうが有利だが、多少は危ない橋なのだろう。


 しかし、今の状況。

 有利なのは明らかに、ジミィたちの側である。僕たちは勝ったとしても、願いを叶えることができない。ただ、花蓮にすがることしか、誰もを救うことなんてできない。


「取引をしよう」


 だから僕は懐から、もう一つの切り札を引き抜いた。それは、文字通りの札だった。丈夫な一枚の薄い紙。そのオモテ面を、ジミィと花蓮の方へと向ける。


「ん――――っ!?」


 ジミィが驚きの声を上げる。花蓮と僕が、まるで恋人同士のようにも見える写真。妹から奪い取ったそれを、僕は二人に見せつけた。


「君たちが勝ったら、僕はこの写真をネガごと放棄して、君たちが願いを叶えることを受け入れる。僕たちが勝ったら当初の約束通り、このゲームを消してくれ」


 僕が告げると、ジミィはぷるぷると唇を震わせた。怒りに震えた唇が、言葉を紡ぐ。


「そんなの、めちゃく――「受けてあげる」」


 バッと、ジミィが花蓮に視線を向ける。彼女は相変わらずの眠たそうな半目のまま、僕たちを睨みつけるように見つめていた。


「……受けてあげる。勝って、望む世界を手に入れたとしても……そんなゴシップが出るのは絶対に嫌」

「花蓮……っ!? よく考えろ。リスクなく、俺たちは勝つことができるんだぞ? この試合であいつらの要求なんて飲むことはない。負けたとしたら、普通に負けて、またポイントを貯めればいいんだッ!」

「……受ける。……いいでしょ、鈴緒……?」


 上目使いで、花蓮はジミィを見つめた。トップアイドルのその表情は横から傍観している僕にさえも破壊力抜群だ。


「ぐっ」


 案の定、鈴緒には大ダメージだったらしい。苦しげに息を一つ飲む。


「あの写真が出回るのは嫌……。それに、負けないよ。あたしと鈴緒は、絶対に、負けない。二人で勝利を手にするの。絶対に……大丈夫」

「花蓮……」

「あたしが好きなのは、鈴緒。……デマでも、嘘でも、それ以外のお話が出回るのは嫌」


ジミィは諦めたように、小さく頷いた。


「分かった。……勝負だ」


 ほっと、胸をなでおろす。綱渡りのような取引だったが、なんとか成立した。グッと見えないようにガッツポーズをする。途切れそうな糸を、三分の二まで渡りきった。あとは、渡りきるだけだ。最後の最後で落ちないように、渡りきるだけ――。


「この戦い、お互いに止めは刺さないで戦闘不能を前提にしよう」


 僕がそう言うと、ジミィは顎を引いた。


「分かった」


 ほな、始めよか、といつかの関西弁で、ジミィはそう告げた。

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