第40話 決着

 初動はジミィだった。起動音がして、彼の武器である盾が召喚される。僕は瞬時に日本刀を手元にだすが、間に合わない。

 やられる――ッ。

 咄嗟に瞳を閉じ、衝撃に備える。

 しかし、金属音。


「させないからっ」


 目を見開くと、雛乃の西洋剣が、僕とジミィの間に素早く潜りこみ、その攻撃を請け負っていた。ギリギリと、拮抗状態が訪れる。しかし、支点力点作用点の関係で、雛乃の不利は明らかだった。僕は彼女の力になるようにと、彼女の剣の上に体当たりするように身体を動かした。二対一。ジミィの身体は、わずかに押し込められた。バランスを崩した隙を狙って、雛乃も僕も立ち位置を変える。


 それぞれ素早く、ジミィの右と左から、彼を挟み込むように動いた。

 左から、日本刀を振りかぶる。大丈夫。殺さない。倒すだけだ。

 僕は自分に言い聞かせて、日本刀を振り下ろし――

 殺気。


 僕は振りかぶる動作の途中で、捻るように身体を動かし、無理やりバックステップをした。僕が動くはずだった場所を、花蓮の鋭い拳が舞う。背中に走る鈍い痛みを感じながら、僕はそれを眺めていた。

 悪魔――。戦闘力1.5倍の、力強い拳。


 風きり音が確かに届くその拳は、十六の少女には似つかわしくない。ナックルによるパワーアップも考慮にいれて、プロボクサーと言って差支えがない威力とスピードではと思った。


「花蓮!」


 ジミィが彼女の名前を呼ぶ。その言葉の続きはなかった。

 彼は、先程と同じように雛乃と拮抗状態になっていた。ただし、雛乃の体勢がさっきよりも良い。力は完全に同じと言った様子だ。ならば、花蓮に呼びかけたその意味は、己に加勢しろという意味だろう。


「させるかよっ」


 駆ける。

 しかし明らかに、花蓮の方が速い。彼女は雛乃の背後に回り込み、背中から彼女を殴る腹積もりらしい。間に合わない。花蓮の動きには、どう考えても間に合わない。


「うらぁぁぁ!」


 だから僕は走りながら無理やりに、ジミィの無防備な背中を狙った。一本の日本刀を、限界ぎりぎりまで射程距離を伸ばすように握り、振りかぶる。振り下ろす。


「っ!」


 布地が破けて、背中に一筋の赤い傷が出来る。ジンジンと痛みが伝わるようなその傷。ジミィは身体をひねり、僕と雛乃から距離をとるように動いた。そのころ、花蓮は雛乃の背後から――


「鈴緒……っ! 大丈夫……っ?」

「馬鹿! 来んな!」


 ジミィの元へと向かおうとしていた。鋭く制されて、彼女は一瞬だけ泣き出しそうな顔を見せた。しかし表情はすぐに半目に戻り、雛乃と向かい会う。

 大きな剣と小さな拳。お互い探り合うように繰り出す攻撃は、決定打とはなり得そうにない。


「雛乃!」


 僕は彼女に声をかけた。少しだけ目を向けた一瞬で、僕は自身の日本刀の内の一本を投げた。雛乃は素早く西洋剣を片手持ちに切り換え、もう片方の手で器用に日本刀を受け取った。


「ありがと直也!」


 西洋剣を消し、雛乃は日本刀を握りしめる。細かく刀を振るう。花蓮はその刃をナックルで受け流すように捌きつつも、時たまかすって手首に切り傷ができた。


「さて、と」


 僕は剣先を、ジミィに向ける。ジミィは変わらず盾を構えている。

 あれは、前方からの攻撃にとてつもなく強い。真正面から突っ込んでも意味がないことは分かっている。しかし、ジミィを倒しさえすれば、おそらく花蓮は崩れるのだ。

 それは先ほどの彼女の心配と、前回の勝負の負け方から分かる。ジミィが倒れれば、彼女は心配でたまらない。駆け寄り、その手を握り締めずにはいられない。

 とても素敵なことだと思う。

 けれど、心を押しつぶして、僕はそれを利用する。


「ジミィ。あんたを倒しさえすれば、結局僕達の勝ちだ」

「……」

「花蓮は雛乃を放り投げて、あんたに駆け寄る」


 言い捨てて、僕は走った。射程距離へと入り込む。そして剣を振るう。右斜めから振り下ろすように。返す刀で反対に。それから突き刺すように鋭く。そして、回り込むように足を動かして切り裂く。

 しかしそのどれもが、金属音と共に跳ね返される。巨大な盾は、ジミィに傷一つ付けまいと、僕の攻撃を防ぎ続ける。


 まるで、殻だ。

 傷つかないための、固くて丈夫な、殻。

 ジミィはその殻に篭もりつつ、ときどき僕に攻撃を仕掛けてくる。盾に身を隠したまま、突進を繰り出してくる。


 それに吹っ飛ばされながら、僕はこっそり心の中で笑っていた。

 僕が作った隙に向けて、彼は攻撃を仕掛けていた。

 剣を動かした跡に左わきを明けたり、少し体勢を悪くしてみたり。そうして攻撃を誘導していた。ちょっとずつちょっとずつ、僕達の戦場は雛乃と花蓮の場所へと近づいていく。


 ここまで。

 僕は狙い通りの距離感まで近づくと、弾かれたように駆け出した。


「うわああああああああ!!!」


 叫びながら、大きく大きく日本刀を振り上げる。

 ジミィは当然、盾で自身の身体を守った。

 自分の顔を隠すように――。


「っ」


 身体をひねる。僅かもかからない内に花蓮のもとへとたどり着く。

 一瞬の躊躇。

 華奢な彼女の身体を切り裂くことに、言いようのない罪悪を覚える。


「直也……っ」


 すがるような、上目使いの雛乃の瞳。助けて、と叫んでいるようにも見えた。あの日、あの時、僕が裏切った少女。その彼女が、僕に確かな信頼を向けてくれていた。

 袈裟懸け――。

 花蓮の右肩から入れた日本刀を、左の脇へと流すように切る。


「…………ッ!」


 血が噴き出す。手にはまた、人を切った嫌な感触が残っていた。花蓮がとすんと倒れる。その様子はまるでスローモーションで、僕の脳へと静かに焼きついていった。


「……悪いな、花蓮」


 ――と。

 背後で、異様な気配を感じた。ドロドロに練り固められた憎悪と、相手を慈しむような心配。それらが混ざった、灰色がかった水色の気配が、ゾワゾワと背中を撫でていく。


「花蓮……っ!」


 それは、ジミィだった。構えていた盾から顔をだし、こちらを伺ったらしい。その瞳はいつもの冷静さをどこかへ放り投げたように、熱く熱く、感情に支配されているように見えた。

 ああ――。

 彼も、そうなのだ。ジミィが崩れれば花蓮が潰れるように、花蓮が潰れれば、ジミィが崩れる。


「くそ……ッ」


 ジミィは、盾を構えたまま、雛乃へと突っ込んで行った。

 彼女はたった今まで、一人で花蓮と闘っていた。悪魔である彼女との一対一。当然のように雛乃は押されていて、その身体には痛々しい拳の跡がいくつもあった。呼吸も小刻みで荒く、疲れているのは明らかだ。


「……っ」


 雛乃が、駆け出した。その顔には焦りも、疲れも、浮かんではいない。彼女はただ敵であるジミィを見つめていた。集中――。それによって彼女は負の要素を何もかも押し込め て、彼と戦うつもりであるらしい。


 ジミィとの交戦距離まで近づく。雛乃は日本刀をまっすぐ垂直に振り下ろし、それをジミィは真正面から抑えた。日本刀と盾が金属音を奏でる。

 助けに行かなければ。


 僕は駆け出した。ジミィと雛乃の力は五分五分で、日本刀と盾はお互いにお互いを押し合っていた。

 拮抗状態。それが、再び始まると思った。

 しかし――。


「ばーか」


 雛乃は、そこでニカッと笑いながら、日本刀から手を離した。キィンと軽い衝撃音がする。日本刀が、地面に落ちる音。押さえていた力がなくなり、当然、勢い余ったジミィが傾く。大きな盾と共に、身体を斜めにぐらつかせる。

 そこに、ぶぉんと、軽い起動音。

 雛乃の手には、西洋剣が握られていた。


「はあああああ!」


 背後に回った雛乃が一閃。それは、ジミィの足を狙ったものだった。血が噴き出す。


「ぐ、ううううう……」


 うめき声を上げながら、ジミィが倒れる。

 足の傷をかばうように背中を曲げたその姿勢は、傷の痛ましさを示していた。ズキズキと、響くような真紅。深く刻まれたその傷では、彼は立ち上がる事さえできないだろう。


 

 その姿に、胸の奥でずんと喜びが響いた。

 勝利。

 都さんが、そして雛乃が、消えない世界を手に入れることができたのだ。

 姉の敵である、崎永遠音の目論見を破って。

 熱い気持ちが溢れてきて、不意に涙がこぼれそうになった。それを心の内だけにとどめて、僕はジミィに数歩近づき訊ねた。


「なあジミィ。結局、君達の望む世界って、なんだったんだ?」


 彼らの夢を潰すその罪を、僕は背負っておきたかった。偽善かもしれないけれど、僕は本当にそう思っていた。何も知らずにその夢を崩すのではなく、きちんと願いを受け止めた上でそうしたかった。

 ジミィは地面に顔を伏せ、しばらくの間黙っていたが、やがてぽつりと話し始めた。


「俺は……成功したかった。花蓮よりも……、ずっとだ。だって、俺は花蓮の兄貴なんだからな……。なさけないじゃないか。一生懸命努力して、妹より下っていうのはよ」


 嗚咽のような声が混ざる。

伏せた顔には、涙が浮かんでいるのだろう。そう感じる声だった。言葉の響きには静かな熱があって、その熱が、僕が踏み潰したものが確かな夢であることを教えてくれた。


「花蓮に会うのもつらくなってた。好きだけど、世界で一番嫌いなやつだ。自分の劣等感を突きつけられる相手だぜ? どうやったら気が置けるんだよ。

だから――このゲームに参加して、作りたかった。花蓮と……二人でトップスターになった世界を」


 すすり泣く声が聞こえる。

 僕は不覚にも、その涙にあてられてしまった。

 妹と、同じ舞台に並んで立つ。ジミィが抱いていた夢を、僕は素敵だと感じている。


「そんなもの、本当は今からだって作れる……」


 その声を受け止めるように、弱弱しい声が聞こえた。

 花蓮は。

 花蓮は、本当に鈴緒のことが大好きだった。その言葉に曇りはなく、その言葉に――嘘は、なかった。


「花蓮?」


 振り返ると、美しい少女は辛そうに顔を上げ、大きく瞳を見開いていた。その表情のまま、けれどいつもの口調で彼女は言う。


「……あたし、そう思う。こんなゲームに頼らなくったって、本当は大丈夫だったんだよ……。だって、あたしは……」


 花蓮はゆっくりと立ち上がった。

 よろけて何度も倒れそうになった。

 けれどふらふらと、ジミィの近くへと寄って行く。どくどくと背中から流れる血が痛々しい。背中の傷は疼いており、一歩進むことに激痛が走っているのではと思われた。

 それにもかかわらず、彼女は歩みを止めない。そして、ジミィの前へとたどり着き彼を起すと、ぎゅっと抱きしめた。


「努力してる鈴緒が、いつでも大好きだから……」

「花蓮……っ」


 ジミィが、花蓮を抱き返す。

 くすりとジミィが笑った。その小さな笑いはだんだんと大きくなり、やがて町田109に響くほどのものとなる。

 その声が静かに収束すると、ジミィは言った。



「さあ、終わらせようか。花蓮?」




 ―――GAME OVER―――


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