とある女と赤い目の男
理不尽な世界は変わらず続いている。
その理不尽が人によって違うものなのだとしても、私にとってはそれは間違いなく理不尽だ。
突然現れた魔獣に命を奪われたりするようなものじゃなく、むしろそんな風に降りかかる理不尽から守ってくれるものなのだけれど、それは私の自由を奪う理不尽だ。
守ってもらえることは恵まれていることだと言う人もいるのだけど、その代わりに縛り付けられていることを知らないから言えるのだ。
この街にいるヒーローや魔法少女でも敵わない魔獣や悪の組織の怪物を倒す事ができる力をもつその赤い目をした男を止められる存在はいない。
警察や駐留軍、ヒーローに魔法少女、そのすべてがその男の力の前に見て見ぬふりをすることしか出来ない。
そうしなければ…自分たちだけで守れないから。
男は粗野ではあったが悪人と言えるような人間ではなかったのもなにも言わない理由になったのだろう。
力づくでなにかを奪うわけでもなく、必要であれば力を貸してくれるのだから。
ただ男には大切に思える身近な存在が少なすぎただけなのだ。
私は男と幼馴染だったわけでもなく、恋人だったわけでもない。
ただ高校生の時にアルバイト先で一緒に働いていて、そのときに友人と言えるくらいに仲良くなっただけだ。
同じ大学の同じ学部に入り、その後の職場も同じ研究室に所属するくらいに趣味や目指すものが似通っていたのもあったのだろう。
専攻していることこそ違ったが、科学者としてお互いを尊重していたし、話をしていても楽しかったのも確かなのだ。
それでも、付き合っていたわけでもなかったし、男女の仲にまで発展したこともない。
男がまだ黒い目をしていた頃も、そして赤い目になってからも。
当時から粗野な男だったけれど、赤い目になってからは暴力的にもなった。
それは元々この世界の理不尽に怒りを感じていたからなのだとはわかってはいるのだけど、私が男といないときに誰かと一緒にいると酷く怒りを見せたりするようにもなったのはこの頃からだった。
それまでも面白くなさそうな顔はしていたことはあったけれど、そこまで怒りを見せることはなかった。
自惚れてもいいのなら私は男に好かれていたのかもしれない。
私はそんなに人から好かれるような女じゃないから、そう思うことはできなかったけれど。
直接言われても信じることはできなかったのだろうけれど、実際に言われていないのだからこれは私の妄想でしかないのだろう。
男が私に執着するのは友人と言えるような付き合いのある女が他にいないからなのだろう。
男にも男友達はいるのだ…本当に少ないし、その男友達も相当頭のおかしい人なのだけれど。
話を戻そう。
男が力を手に入れたのは赤い目になってからだった。
当時この街が魔獣に襲われたときに男は赤いオーラとでも言うのだろうか、そんなものを纏って出現した魔獣を殴り殺した。
返り血で真っ赤に染まった男を見て腰が抜けて、血塗れの手を差し伸べられたときに怯えてしまったけれど。
それでも、声を震わせながらでも助けてくれたことにお礼を言うことができたのは我ながら上出来だったと思う。
お礼を言えた後の男の泣き出しそうな、ホッとしたような顔を見たから、それで良かったんだと思ったんだ。
それからだった、男が私を離さなくなったのは。
身近な存在じゃない誰かといると怒りを見せるようになったのは。
私の腕を掴んで引っ張っていくようになったのは。
一緒に住むようになって、仕事に行くときも男が一緒にいることが多くなったのは。
男と会話はするけれど、一度その力で壁にクレーターのような穴を作られてからは強く言うことはできなくなった。
離す気がないということは理解できたし、普通に怖かったからだ。
男以外の私の友人に話したこともある。
そうしたらヒーローや警察が来てくれたから心配してくれたんだろう。
そのヒーローや警察も男の怒りの前になにも出来ず、泣きながら止めることになったけれど。
それからはこの世界で力を持っている男が守ってくれていることは恵まれていると言われるようになった。
確かにこの理不尽に満ちている世界で命を守ってもらえるのは恵まれているのかもしれないけれど、その代わりに縛られているのは理不尽だと思う。
もうこの現状を変えることはできないと諦めてかけてしまっていたのだけれど。
そんなとき私と男の数少ない共通の男友達に会って、そんなことを話してしまったのだ。
「そっか、確かに君にとっては理不尽だね。どういう形に収まるかはわからないけど、一応手を打ってみるよ」
その男友達はいつものように軽い口調でそんな返事をしてきた。
今日は偶然その男友達が男と話に来ていて、今は近くに魔獣が出現して男が舌打ちしながら出ていったという状況だったから、なんとなく愚痴っただけだったのに。
あまりに軽い言い方だったから、適当に言ってるんだとこのときは思ってしまって、男が戻ってきたときにもなにも言わなかったからそのまま流してしまったけれど。
その男友達が帰った後に、私はいつものように男と話をした。
その日はいつもとは違うことをつい聞いてしまったのはあの軽い口調を思い出してしまったからかもしれない。
「ねえ、どうして私を離してくれないの?」
その言葉に男は眉間にしわを寄せただけでなにも返さなかった。
❖
「ということなんだけどさ、どう思う?」
「どう思うもなにもそれって独占欲とかそんなのじゃないの?」
「聞いたことそのまま受け取ると、好きな女の人を守るために側にいて、他の誰かが近くにこないようにもして、軟禁っていうか、力づくでそんな感じにしてる風に思えるんですけど」
「あー、うん、なんていうか、そう聞こえちゃうかな」
「…聞いた話だけならそう思えるな」
突然コルトさんの部屋に呼び出されたと思ったら、そんなことを話してきて、そのことについての感想を聞いてきたので正直に答えるとこんな感じの感想になってしまった。
秋さんはなにも言わないけれど、律と海斗と透真も同じような感想だったようだ。
「そっか、秋はどうだい?」
秋さんにも感想を求めるということはコルトさんの考えは私達とは違うのかもしれない。
「片方からの視点の話だけでは答えは出せないな。その女性からしてみればそう思える環境なんだろう。だが男の方がなにを思ってそうしているのかは本人にしかわからない」
「うん、そうだね。彼が彼女を大切に思っているのは間違いないけれど、そこにどういう感情があるのかは僕にもわからない。彼はそういうことを言ったことがないからね」
「それは、そうなんだろうけど…コルトさんの友達なんでしょ?そういう話とかしないの?」
「彼は友達が少ないんだよね。家族ももういないし、身近な人っていうのがほとんどいないんだ。職場でも敵が多くてさ、言ってることが正論でやってることも倫理的には正しいことばかりだから余計に敵が増えていくんだよね」
「なるほど…そういう人間か」
「うん、そうなんだよ。その分彼を慕う人もいるのも確かなんだけどね」
コルトさんと秋さんでなにか通じ合っている。
「そういうことって?」
律が質問するとコルトさんは肩をすくめながら答えてくれた。
「人に嫌われる人っていうのはね、正論ばかり言う人なんだよ。言ってることは正しいから、相手も反論に困る。でもね、社会では正論だけだと通らないことはいくらでもあるんだ。だからこそ、対処に困るそういう人は嫌われるのさ」
「この世界では尚の事、だな。どんなに正しい理屈でも理不尽の前には通らない。そしてどんな正論でも相手が中間管理職ならそのさらに上からの指示やその会社の暗黙のルールがある以上邪魔でしかない」
「…社会っていうのも、会社っていうのもクソだな」
透真がそんな事を言うけれど、仕方ないことなんだとも思えてしまう。
「そうだね、だから僕は秩序を創るんだよ」
コルトさんの言葉に皆黙ってしまう。
「今の問題はそういうことじゃない。問題はそういう男が理不尽に対抗する力を手に入れていて、その力を理不尽に思う女性がいるということだ」
「うん、彼女も僕の友達だからさ。彼女がそう感じているならどうにかしたいんだよね」
「どうにかって…どうするの?」
「案としては秋に力を根こそぎ喰らってもらうことがひとつかな。他の案は彼の性質からして簡単には通らない」
「私達のときみたいに?」
「うん、ただこれにも問題があってね。彼は強いんだよ、君達を襲った怪物の彼とは比べ物にならないくらい」
「秋さんでもダメそうなの?」
「どうかな、正直やってみないとわからないと思う。僕の予想だとどっちも無事じゃ済まないんじゃないかなって思ってるよ」
コルトさんはいつものような軽い口調で言った言葉はどこか実感が湧かないものだった。
秋さんが負けるということが想像できない。
「それでコルトはどうしたいんだ?」
秋さんの言葉にコルトさんは少しだけ困ったように笑いながら答えた。
「できれば丸く収まってくれるといいなって思ってるよ。どういう形に収まるのが最良なのか僕にもわからないけど、二人共僕の大切な友達だからね」
「そうか、わかった。その二人の情報はまとめてツールに送ってくれ」
そう言って秋さんは部屋を出ていこうとした。
「やり方は任せるけどさ、秋はどうするつもりなんだい?」
「まずはその女性と男に会って話を聞く。その後のことはそれから考える」
「そっか、わかったよ。彩君と透真君は秋に同行して、律君と海斗君は居住フロアの二部屋掃除して、すぐにでも住めるようにしといて」
急に出たコルトさんの指示に一瞬なにを言われたのかわからなかったけど、ここで大事なのは秋さんの手伝いをしろっていうことだから、それだけ理解すれば大丈夫、
「わかりました」
「わかった」
「え、どういう流れ?」
「彩と透真は現地で秋さんの手伝いで、俺と律は皆が帰ってくるまでに増えるかもしれない住人の部屋を用意しておけってことかな」
海斗がわかりやすく纏めてくれたから律も多分大丈夫。
「え、増えるかもってそうなるの?」
「どうかな?」
秋さんを追って部屋を出た私達の後ろでそんなやり取りが聞こえたけど、今はやることをやるんだ。
相変わらず秋さんは歩くのも速いけど追っていけるくらいの速度に抑えてくれている。
その後について車のあるところについたときに秋さんはツールの情報を見ていた。
「女性の名は
コルトさんの話に出ていたとある女性と赤い目の男の名前を言葉にして、車に乗り込む。
この出逢いがこれからの私達にとって、どんなものになるのか。
そんなことは今は頭になくて、ただ秋さんの力になれるかもしれないことばかり考えていた。
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