会社のオリエンテーション・業務編

 秋さんによる居住フロアの案内が終わってから、業務の内容についてのオリエンテーションを受けるためにコルトさんのいる部屋へと戻っていった。


 ブラックな会社だということはわかっているけど、実際にどんな犯罪に手を染めることになるのかを考えていた数日はそれなりに悩ましい日々だったと思う。


 それは多分俺だけじゃなくて、透真達も同じなんじゃないだろうか…彩は割と覚悟ガンギマリって感じだけど。


 秋さんの先導で来た通路を戻ってきて、秋さんがドアをノックしたら中から返事が返ってくる。



「おかえり、そっちが終わったなら次はこっちの説明をするから入ってよ」


「わかった」


「「「「失礼します」」」」



 声が被ったけど会社の偉い人の部屋に入るときはこれでいいはずだ。


 中に入るとコルトさんが自分のデスクでパソコンをいじっていた。



「部屋の方に不満はなかったかな?さっきも言ったけどなにかありそうなら言ってね。アルバイトでも社員だからさ、待遇はなるべく良くしてパフォーマンスを上げていくのが僕の仕事でもあるからね」



 なるほど、


 口調は軽い気もするけど、やってることとやろうとしてることは上に立つ人のそれなんだって思えてしまう。


 まだ少ししか話したことしかないけど、その短い間にそんな風に思わされてしまった。



「そう言われてもすぐには思いつかなかったり、そのときにならないと不満がわからないかもしれないから、気づいたときに言ってくれればいいよ。今は特にないっていうならさっそく業務内容について話をするけどいいかな?」


「はい、私は大丈夫です」


「俺も大丈夫です」


「私も」


「あ、俺も大丈夫です」



 皆に遅れての返事になってしまったけど、コルトさんは特に気にしてないようだった。



「そっか、それじゃオリエンテーションを始めるね」



 そうして始まったオリエンテーションで聞いた話は俺達にとって衝撃的なものだった。


 少なくとも俺にとってはそうだった。


 会社の理念、というかコルトさんの目的。


 デモノカンパニーの業務というかやっていることの実態。


 秋さんのこと。


 そのどれもがどうしようもなく体が震えるものだった。


 怖いのもあるけど、コルトさんのやろうとしてることがどれだけ困難なことなのかを思い知らされる。


 それに協力してる秋さんが服用したっていうマジックポーション魔法の薬のこと。


 それの服用者が秋さん以外に単純計算でまだ13人いるってこと。


 そんなのに対して俺なんかがなにをできるっていうのか。


 律も同じように思ってるのか顔色が悪い。


 透真と彩も険しい顔をしている。


 


 


 しかもその理由が


 なんでそんな風に考えられるんだよ?



「頭おかしいんじゃねえの?」


「ちょっ、海斗!?」


「え?」


「また口に出てるよ?」



 律が俺の名前を呼んだことに疑問に思ったけど、彩が苦笑しながらその理由を教えてくれた。


 嘘だろ、口に出てた?



「うん、口に出てたね」


「ああ、口に出てたな」



 コルトさんは笑いながら、秋さんはいつも通りのクールビューティーのままでそう言ってくれた。


 血の気が引くっていうのはこういう事を言うんじゃないだろうか。


 自分がそうなるなんて思ってなかったから、実感できたのは良かったのかもしれない。


 ああ、俺はなにを考えてるんだ、よりにもよってバイト先のトップに言っていい台詞じゃないのは確かだ。



「海斗の言ってることは間違ってるようには思えない。コルトさんの言ってることは俺達からすると荒唐無稽でやってることもテロリストや悪の組織と変わらないだろ」


「うん、そうだね」


「違いないな」



 透真も同意見なんだ…っていうか、普通そうだよな?


 当人達もそう思ってるみたいだし…。



「無力だと理不尽に対してなにもできないからね。でもね、それがまかり通り続けて良いわけがないんだ。無力だから理不尽にその未来を奪われるのは仕方がない?そんなわけないだろ?人には誰にだって幸せになる権利があるんだからさ。その権利が踏み躙られ続けるっていうなら、今の秩序なんて要らないだろ。だから創るんだよ」


「…犠牲を出しても?」


「うん、どんな犠牲を出しても僕達は未来を拓く。


「…そのためにコルトさんと秋さんは罪を犯すの?」


「今はまだ公に罪と認められてはいないが、いずれはそういうことになるだろう。それでも、



 コルトさんも秋さんも


 一度理不尽に出くわしたから、


 誰かじゃなくて、



「これからのことはアルバイト中に決めればいいよ。やってる中で知らないことを知っていくことでまた考えが変わるかもしれないしね。そのときはそのときでまたどうするか選べばいいからさ。今は君達が決めたことをやってみればいいさ」



 少なくとも今はやると決めてここにいる。


 そのために来たのは俺だけじゃない。


 透真も彩も、律だってそうだろう。


 コルトさん達の話と言葉を聞いて、これからアルバイトとしてやることをやって、その後のことはそれからでいい。


 だから。



「よろしくお願いします」


「って彩に先に言われた!」



 締まらなかった!



「海斗、締まらなかったな」


「うん、らしいんだろうけど」



 透真と律にもこんなこと言われた!


 はあ、でもいいや。



「よろしくお願いします」


「あ、私も、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



 少しへこみながらそう言うと、律と透真も続いてくれた。


 ひとりじゃないのは心強い。


 それは彩もそうだったみたいだ。


 ホッとしたような顔をしているのを見るとそう思える。



「うん、それじゃ改めてよろしくね」


「ああ、よろしく」



 コルトさんと秋さんがそう言ってくれるのを聞いて、俺達が選んだことを受け入れてくれたんだって実感する。



「それで君達の業務内容についてなんだけど」



 どんなことをするのか、不安と期待が7:3くらいな気がする。


 他の皆はどうなのかわからないけれど、それなりに不安はあるような顔はしている。



「基本的には秋のサポートになるね。そのために必要なことを覚えてもらって、その都度それぞれにできることをやっていってもらうよ」


「秋さんの?」


「うん、秋ひとりだとどうしても手が回らないときがあるからね。現場でのサポートも含めて振り分けられそうなことは振り分けてしまいたい」


「秋さんひとりって他の人達は?」


「そっちはそっちでやることはあるからね。もしかしたらいずれそっちのサポートもしてもらうことになるかもしれないよ。結構手広くやってるからね。


「そうなのか?他にも裏で動いてるメンバーがいると思っていた」


「秋さんも知らないの!?」


「ああ、今言っていたようにコルトは色々やってるからな。俺以外にもなにかしらああいう関連のことをやっていてもおかしくはないと思っている」


「うん、まあね。一応やってはいるけど、表に出てるのは秋だけだよ」


「なるほど」


「秋さんってガスマスク怪人だけど見られてもいいの?」


「うん、世論に少しずつでも浸透させておけば、



 そのときってどのときなんだって考えるのは間違っているのだろうか。


 多分さっき言っていたいずれ公に罪と認められるとき、のことなんだろうけど、そのときのための仕込みってことか。



「というわけでさ、今日のところは皆でエゴサーチしといてよ」


「え?」


「は?」


「なに?」


「エゴサ?」



 なにを言われたのか一瞬わからなかった。


 エゴサーチ?



「うん、ガスマスク怪人のことについてさ。秋は半年ほど前から魔獣退治とか色々してるし、少しくらいは噂になってると思うんだよね。それをそれぞれで纏めて報告書にして提出ね。文字数とかは特に決めないからできたら今日の業務は終わりでいいよ」


「エゴサーチってボソッターとかサーチブックとかのSNSでもいいの?」


「うん、なんでもいいよ。適当な掲示板に書かれてることでもいいし、君達の思いつくままに好きにエゴサーチしてくれればいいからね。信憑性も気にしなくていいからさ。



 つまり現状のガスマスク怪人の評判を知りたいってことか。



「そういうのってコルトさんとかが片手間にやってるのかと思ったんだけど、私達でやる必要ってあるの?」


「うん、僕自身もそれなりにやってるけど、目線が違えば僕にはわからないことがわかるかもしれないからね。秋はそういうのどうでもいい人だから当てにならないし」



 ああ、なるほど、どっちも納得だ。



「わかりました、ならやってきますね」


「うん、よろしくね、必要なら下の事務所にあるパソコンとかも好きに使えばいいからさ。報告書もそこから適当に出してくれればいいよ」


「はい、それじゃ遠慮なくお借りします」



 そういって彩が先陣切って出ていった。



「ちょっと!彩、待ってよ!」


「これも仕事、か」



 そんな彩に続いて律と透真も出ていった。



「君は行かないのかい?」


「あー、とりあえず自分のスマホでやろうかなって、ここでやっててもいいんですよね?」


「ああ、構わないよ。


「はい、アルバイト初日っていうのもありますから頑張ります」


「そうか、頑張ってくれ」



 秋さんに頑張ってって言われるとテンションが上がった。


 頑張ろう、超頑張ろう。



 こうして俺達のアルバイトが幕を開けたんだ。

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