会社のオリエンテーション・生活編
デモノカンパニーで働くことを決めてから数日後、私達は本社の代表の部屋に集まっていた。
コルトさんだけじゃなくて秋さんもいるのは私達への気遣いなのかな?
「秋さんもいるんだ?実務担当って言ってたから走り回ってるのかと思った」
海斗もそう思ったらしくて、私より先に聞いてくれたのにはちょっとだけ感謝だ。
「ああ、君達の業務内容には俺の仕事に関わるものもあるからな」
「そうなんですか?アルバイトだって言ってたからそこまでは関われないかと思ってました」
秋さんの答えに彩が業務内容がそこまでだということに少し驚いてるみたい。
それでも嬉しそうにも見えるから秋さんと関わりたいんだなって思えた。
それは私もそうなんだけど。
「とりあえず今日からアルバイトってことでいいんだよな?」
「うん、業務内容は概ね決めてあるから後で伝えるよ。まずは今日からここに住み込みで働くことになるんだから、荷物を置いてくるついでに部屋の方も確認してきてよ。なにか不満点があったら言ってくれれば出来る範囲で改善はするからさ。秋、案内してあげて」
「わかった、着いてきてくれ」
「あ、はい」
「わかった」
「よろしくお願いします」
「ちょっ、待って、みんな動き出し速いよ」
決めたら即行動の秋さんに着いて部屋から出ると、そのまま居住スペースだっていう4階に案内された。
「部屋のプレートに君達の名前があるからその部屋を使ってくれ。最低限のものは用意されている。生活に必要なものがあったら都度コルトに伝えれば用意してくれるだろう。個人的な娯楽として欲しい物があったらアルバイト代で自分で買えばいい。ある程度の防音もされているから趣味で楽器を弾くくらいなら問題ないはずだ。共有スペースに娯楽室もあるからカラオケやゲームがしたかったらそこに行くといい」
「そんなのもあるんだ?」
「ああ、よく学び、よく遊び、よく休む。このバランスが重要らしい。そのための設備だそうだ。今のところ誰も使っていないが、君達が使ってくれるならコルトも喜ぶだろう」
「誰も使ってないのか、それだけ人がいないってことか?」
「ここに住んでるのは俺とコルトだけだな。警備員や受付の職員は家からの通勤だ。研究員達は泊まるときは地下の方だな。わざわざここまで来る時間が惜しいとのことだ」
「研究員って研究第一ってイメージだったけど、そのままなんだね」
「ああ、皆それぞれやるべきことをやるために日々の研鑽と努力を欠かさない。尊敬に値する人達だよ」
静かで穏やかに微笑む秋さんを見ると本気でそう思ってるんだってわかってしまう。
私も頑張らないと!
「秋さんは実務がないときはなにしてるの?」
そんな風に思っているとふとそんなことを海斗が聞く。
「俺は今のところは自分の性能の把握と備えだな。先日も言ったがまだ馴染みきっていないんだ。馴染んだら馴染んだでそこから自分の思い通りに体を動かせるようにするための訓練に移行する」
「移行って訓練自体はもうしてるんだ?」
「ああ、いつでもある程度は動けるようにしておくべきだからな。そのための準備はできる限りしておかなかければやるべきことをやり抜けない」
その言葉にみんな息を呑んでしまう。
この人はそういう役割を負っている人なんだ。
ヒーローや魔法少女と同じようにあんな怪物と直接戦う現場の人。
それをやるべきことだって当たり前にやり抜こうとする人。
「荷物を置いて準備ができたら居住フロアを案内しよう。この先の共有スペースで待っている」
「あ、はい、わかりました」
「わかった、すぐに行く」
「焦らなくてもいい、今日はオリエンテーションのようなものだからな。業務はやりたいならやってもいいという程度のものだと聞いている」
「そうなんだ?でも、やってもいいなら少しでも覚えておけば明日からすぐにやれそうだしやっておきたいかな」
「うん、せっかく来たんだし、初日が肝心っていうのもあると思うから」
「そうか、君達がそうしたいならそうするといい。では待っている」
「「「はい!」」」
「ああ、荷物は置いたし俺も行く」
「わかった、こっちだ」
私達がちょっと話してる間に透真は荷物だけ部屋に放り込んできたみたい。
本当に置いてきただけで、そのまま秋さんに着いていった。
「透真のやつちょっとピリピリしてるか?」
「うん、そんな感じだよね」
「やっぱり色々考えてるのかな…」
アルバイト当日の今日まで考えることは色々あったのは私達もそうだし仕方ないのかな。
「とりあえず俺も荷物置いて片付けてくるわ、また後で合流な」
「うん、また後でね」
「後って言っても多分すぐだけどね」
そう言って皆それぞれの部屋に入っていった。
部屋の中を見るとベッドとクローゼットにテレビに冷暖房まで揃っていた。
一人で使う個室にしては揃いすぎてるんじゃないかな?
ブラックな会社だって言ってたし、その分社員に優しいのかもしれない。
キャリーバッグに入れていた荷物を簡単に片付けて、とりあえずはこれでいいかなって思えるくらいにはできた。
10分もかかってないけど、あんまり待たせてもって思うし、もう行こう。
「あ、律終わったの?」
「うん、とりあえずだけどあんまり待たせるのもあれかなって」
「だよね、それじゃ行こうか?」
「うん、行こっか」
待ってくれていたらしい彩と一緒に共有スペースに向かって歩いていく。
「海斗はもう行ったのかな?」
「うん、ちょっと前に行ったよ」
「そっか、じゃあ彩は待っててくれたんだ、ありがとうね」
「あ、うん、勝手にやったことだから…」
「かもしれないけど、待っててくれたのは嬉しかったから」
「そっか、こっちこそありがと」
こういう風に笑いあえるのも秋さん達のおかげなんだろうな。
そんなことを考えながら、その秋さん達が待っている共有スペースに辿り着くとなにか飲みながら話をしているみたいだった。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「いや、気にするほどでもない」
「ああ、そうだな、その間に少し話もできたし気分転換にもなった」
「だってさ」
そんなことを言う透真の方を見るとさっきよりすっきりしたような顔をしてた。
なにを話していたのか気になるけど…。
「で、透真は秋さんとなに話してたんだよ?さっきまでピリピリしてたのにすっきりした顔してさ」
そう思ってたら海斗が先に聞いてくれた。
「ん、俺そんなんだったか?そうか…いや、焦っても上手くいかないときは心に余裕がないからだって話だよ」
「ああ、油断は禁物だが余裕は必要だ。心に余裕がなければ自分のパフォーマンスを発揮しきれなくなる。自分のことを把握するのはもちろんだが、周りのことも把握するだけの余裕がなければ自分にできるはずのこともできなくなる」
秋さんが手に持っていたカップをテーブルに置いて言葉を続ける。
「自分と周り、仲間だけじゃなく周囲の地形や情報そういうものも把握して、使えるものはすべて使う。そうすることもせずにやるべきことができなかった、というのは後悔してもしきれないものになる。冷静に、柔軟に、君達が君達のやると決めたことをやり抜けるように、日常の大切さを知り、その日々を過ごしてほしい。そうして養われる心の余裕は君達の選択を助けてくれるものになるはずだ」
これまでのように真っ直ぐに私達に伝えてくれる秋さんの言葉は大切にしたくなるものだって思えてしまう。
言ってることは当たり前のことなのかもしれないけれど、こんな風に伝えてくれるからちゃんと聞いて、伝えてくれたことに応えたいって思うんだ。
「ああ、先を見すぎるよりも今できることを、だな」
「そういうことだ」
透真は透真の解釈で受け取ったみたいだった。
彩と海斗も学校の授業よりも真面目に聞いて自分なりに受け止めてるみたい。
「それで共有スペースだが、キッチンに風呂に娯楽室といったものがひと通り揃っている。個室になっているシャワールームもあるから好きに使ってくれればいい。ああ、一応風呂もシャワールームも男女で別れているからそこは安心してくれ」
話の切り替えも相変わらず急な気がしたけど、元々そっちがメインだから気にするべきじゃないんだと思う。
そっか、お風呂とシャワーは一緒に入れるんだ。
「彩、一緒に入ろうね」
「うん、秋さんもね」
「いや俺はシャワーのみだ、時間を使いたいことは他にあるからな」
「「えー!」」
「そう言われてもな、こればかりは個人のプライベートでもある」
「それはそうなんだけど、そうなんだけど」
「わかってくれたならそれでいい。これで居住フロアについてはひと通り案内は終わったことになる。コルトの方のオリエンテーションも残っているから、そろそろ行くとしようか」
「あ、あー、うん、わかりましたよ、行きますよ!」
「律、今は仕方ないよ、いつか慣れたら一緒に、ね?」
「なんだろう、俺達蚊帳の外って感じ…」
「こういうのはどうしても、な」
多分こういう当たり前の会話も秋さんの言う心の余裕を養うのに必要なことだった思うんだ。
なんて屁理屈かもしれないけど、そんなことを思いながら私達は秋さんの後に着いていったんだ。
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