彼や彼女達の選択
体が少し強くなったと言われても正直実感はなかった。
透真の方を見てアイコンタクトでどうなのか確認しても、同じような感想みたいだった。
「あくまでそこらの一般人より強くなってる程度だよ。ほら腕っぷしが強かったり、体力があったりさ。プロの格闘家やスポーツ選手には今は届かないから気にするほどでもないかな」
「今は?」
「うん、真面目に本気でやれば越えられるんじゃないかな。元々素養はあるみたいだし、絞ってそれだけに集中して鍛えれば世界取れるくらいにはなるよ」
あっさり言ってるけど、それは結構すごいことなんじゃないかな?
「一般人の範疇なら、ってことだし、この世界にたくさんある理不尽の前だとそこまで違いはないよ。この間怪物になった彼にも真正面からだと勝てないしね」
そう言われるとそうなんだろうって思えて特別って感じはしなくなる。
特別っていうのは誰でもなりたいものだと思うから、少しがっかりしてる私がいるのがまた嫌な気分になってしまう。
「とりあえず検査はこれで終わりだよ。あとは君達4人と話したいことがあるんだけど、時間は大丈夫かな?無理にとは言わないけど、できそうなら手早く済ませたいからさ」
私達4人に話?
口止めとかそういうのだろうか。
「そこの佐倉さんがアフターケアに来るって言ってたから待ってただけの数日だったから時間は大丈夫だ、そうだよな?」
「あ、うん、大丈夫」
「まあ、そうだな」
透真がそう答えて、それに続いて律と海斗も答えた。
私も大丈夫だから首を縦に振って肯定しておいた。
「そっか、なら簡潔に言うんだけど君達4人ともうちで働かないかい?」
「「「「は?」」」」
一瞬なにを言ってるのか把握できなくて反応が遅れた。
それは私だけじゃなくてみんなそうだったみたい。
「君達まだ高校生だしアルバイトっていう形でいいんだけど、良かったら高校か大学卒業した後そのままうちに就職しないかなって思ってさ。少しだけど関わっちゃったこともあるし、口止めだけでもいいんだけど4人とも結構優秀だしスカウトしたいんだよね。僕達の目的のためにも優秀で信用できる仲間を増やしたいんだ」
正直この人達のやっていることを考えるとそれは犯罪に手を染めることになるんじゃないかって思えてしまう。
あの怪物の原因になるものを作ったっていうこの人達は怪しい組織であるのは間違いないんだから。
「あんた達が作ったって怪物の原因、そういうのを聞いたらどうしても真っ当な会社じゃないだろうって思えちまう。そんなところにスカウトっていうが俺達に拒否権はあるのか?」
それもそうだ、佐倉さんは私達を助けてくれたけど、それは自分達の目的のためだって言っていた。
そしてあの怪物を圧倒的に倒した力があればその理不尽を振りかざすこともできるんだろう。
それでも佐倉さんは…。
「コルトも言ったが無理強いはしない。君達が嫌だと言うなら俺達はその意思を尊重する。そしてここで働きたいというならその意志も尊重する。俺達は君達に選択肢を提示するだけで、決めるのは君達自身でなければならない」
「そのとおりだね。決めるのは君達以外で在ってはならない。あくまで僕達、というか僕が君達をスカウトしたいと思っているだけだよ。秋は積極的にスカウトしようとは思ってはいないけどね」
「当たり前だ、俺達の目的は俺達がやると決めてやっていることだ。流れで巻き込まれ、戸惑い、定まっていない彼らの意思を無視してはならない」
「うん、わかってるよ。だから今は僕達の意思を伝えるだけだよ。名刺は渡しておくから、もしその気になったら連絡してくれると嬉しいな」
ああ、やっぱり佐倉さんはそういう人なんだ。
私達を見ていて、その上で心配して認めてくれている。
子供だからとかそんなのは関係なく、私達自身の意思を認めてくれている。
勘違いかもしれない、でもそう思ってしまったから私は。
「やります」
「「「「え?」」」」
律達だけじゃなくて、スカウトしてきたコルトさん自身の声も重なっていた。
佐倉さんも一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐにさっきまでの表情に戻った。
「そうか、君が決めたなら俺はその意思を尊重しよう」
「いや、さすがにここまで即決してくれるとは思ってなかったんだけど、本当にいいのかい?うちは間違いなくブラックだよ?」
「そうだよ彩!なんでそんなあっさり決めちゃってるの!?」
「いやいや、いくらなんでも悩まなすぎじゃない?」
佐倉さん以外はコルトさんも含めて私の選択にブレーキをかけようとしていたけど、私は…。
「そうか…俺もやるよ」
「透真!?」
「マジで!?なんで迷わないの!?」
「おやおや、これはなんともはや」
透真ももう選んだみたいだ。
「正直迷ったし、今も迷いはある。けど、俺は理不尽に潰されたくないし、潰されそうなやつを助けられるなら助けたい…彩の選択の影響もあるんだろうけどな」
「それでも、それは君が君自身の意思で決めたことだ。迷い悩んでもやると決めたならできる限りやればいい」
「ああ、あんたほどの力はないし、俺に出来ることなんか理不尽の前にたかが知れてるけどな…それでも、もうなにもせずにはいられない」
「そうか」
透真の言葉に佐倉さんは静かに微笑んでいた。
「君達がどうするかは迷って悩んでから決めてくれればいい。その選択がどんなものであったとしても、君達自身が選んで決めたことならそれでいい」
「うん、ゆっくり考えてから答えてくれたらいいよ。嫌だったらそのまま連絡なしでもいいからね」
佐倉さんとコルトさんが律と海斗を真っ直ぐに見てそう伝える。
「あー…うん、それなんですけどね、正直迷うし、どっちを選んでも後悔はあると思うんです」
「だろうな、そういうときは自分にとって精神的に少しでも楽な方を選べばいい。どちらを選んでもその先に後悔が増えていくのは間違いないからな。社会的なことを考えると断る方をおすすめするが、それも決めるのは君達自身だ」
「それってどっちにしてもしんどいやつじゃん!」
海斗の言葉に佐倉さんが答え、その答えに律が叫ぶ。
「その通りだ。世界はそれほどまでにあらゆる理不尽に満ちているのだから」
「う…そうなんだけど」
「ですよねー…はー、わかりました、俺もやります」
「はぁ…私もやります」
迷って悩んでたけど、二人共選んだんだ。
「あはは、思った以上に秋の会社説明会とアピールが効いてたみたいだね。受けてくれるかなって思ってたけど、今日すぐに決めてくれるのは予想外だったよ」
「なんの話だ?」
「言ったろ?ここに連れてくるまでになにか聞かれたら秋の言葉で秋の思う通りに応えてあげてってさ?」
「ああ、それがどうした?」
「秋は真面目でちゃんと人を見て話すからね、そうやって伝える言葉は響くってことだよ」
「そういうものか?」
「そういうものさ」
うん、そういうものなんだと思う。
透真も律も海斗もコルトさんの人選にやられたって顔してる。
私もそうだ。
「もし俺の言葉が後押ししたのだとしてもそれはきっかけに過ぎない。その意志は尊いもので、選んだことは誇るべきことだ。望んだ未来を拓くために一歩進んだのは他の誰でもない彼ら自身なのだから」
「うん、それも間違いないね。だからせめて君達の選択が望んだ未来を拓けるように僕達もできることをやり抜かないとね」
「ああ、わかっている。これから後悔することがいくつもあったとしても、彼らが今日選択したことに恥じないように俺達は俺達のやるべきことをやり抜くのみだ」
そんな二人の言葉が私達の選択に応えてくれているのだと教えてくれる。
これからどんなことが起きるのかはわからないけど、私はこの選択にだけは後悔しない。
「そうだ、スカウトを受けてくれたことだし業務内容の説明もしないとね。最初はアルバイトで学校と並行になるから調整もあるけど、その辺りはこっちで詰めておくからみんなはここに住む準備を進めてくれればいいよ。家から通ってもいいけど、君達ならここに住んだ方が都合がいいとは思うしさ」
この言い方だとコルトさんは私達の事情も知ってるんだ。
「コルト、説明するのもいいが先にやるべきことがあるだろう?」
「え?」
「彼らはここで働くと決めた、なら俺達は歓迎するべきだ」
「あ、そっか、そうだね」
「ああ、そういうことだ」
なにを言ってるんだろうと思っていたら、それはすぐにわかった。
「君達の選択を嬉しく思う、俺達はその決断を歓迎しよう」
「「ようこそ、デモノカンパニーへ、これからよろしく」頼む」
微妙に台詞が違ったけど、それは私達にとっても新しい始まりだったんだ。
「「「「よろしくお願いします」!!!」
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