現れた怪人

 なにが起きたのか理解するのに時間がかかった。


 どれくらいかかったのかはわからないが、意識が飛んでいたのは間違いない。


 動こうとすれば体中に痛みが走る。


 どうしてこうなったのかを思い出す。


 詰め寄ってきた男を殴りつけた。


 大声を上げて赤かった目が金色になると人間が怪物になった。


 そして気づいたらこうなっていた。


 周りの状況を確認すると、俺はあの怪物の一撃で壁に叩きつけられたんだろうと理解する。


 その衝撃でこの痛みを味わっているということだ。


 右腕が折れ曲がっているところを見ると、おそらく怪物に右側から打撃を食らったんだろうと思える。


 壁に叩きつけられたところも痛み、動くことも満足にできない。


 周りの仲間の様子を見ると、逃げたのかほとんどいない。



「どう、いう…状況だ…?」



 近くにいるダチの海斗かいとに声をかけるが、痛みであまり声が出ない。



透真とうま!良かった!死んだかと思った!」


「勝手に、殺すな…どうなってる?」


「ああ…あやりつの手を引っ張って逃げてって、他のみんなは散り散りだ」


「そ、うか…、くそっ…なにがどうなってやがる…!」



 わかっているのは律が弄んだあの野郎がやりやがったってことだけだ。


 しかも、怪物になって律をどうにかしようとしてやがる。


 で、俺はそいつにあっさり殺されかけたというわけだ。



「透真、どうしよう…」


「…通報は、したか?あと救急車も呼んどけ…、ぐっ…!」


「動くなって!マジで死ぬぞ!?お前出血も酷いんだからな!?」



 クソが…律達がやべえってのに、俺はなにもできねえのか…。




――――コツ、コツ――――




 足音が聞こえる。


 なぜか妙に響いて聞こえてくる。


 足音がする方を見ると



「な、んだ、お前…」


「あの化け物の仲間かよ!?」



 海斗の言葉に呆気にとられていた心が警戒心を取り戻した、が…。



『いや、どちらかというと奴を始末しに来た側だ』



 ボイスチェンジャーかなにかわからないが、明らかに変声している声でそんなことを怪人が言ってくる。



『信じるかどうかは好きにすればいいが、とりあえず今は君をなんとかしないと死ぬかもしれんな』



 口調は男のように思えるが、見た目が男にしては小柄だから、男か女かどっちかわからない。


 その怪人は青い液体の入った試験管のようなものを取り出して、俺に手渡してくる。



『飲むと良い』


「なんだよ…これは…」



 見た目に怪しすぎる相手から試験管のようなものに入った怪しい液体を渡されて素直に飲むやつがそうそういるわけがないだろうが。



『ああ、ポーションだ、意味はわかるか?』


「ポーションってあのゲームとかである回復薬のことか?」


『そう、それだ。だいたいそんなようなものだからそう呼ぶことにしたらしい』



 らしいってなんだよ、お前のじゃないのかよ。


 だが、これが本当にそれだっていうなら…。



「俺じゃ、なくて…他のやつに使って、くれ…、あの怪物に追われ、てるやつが、いるんだ…、あいつらが危な、い…」



 俺が飲んでもなにもできねえ、ならせめて傷ついてるかもしれない律と彩を助けるために…。



『そうか…なら、その中の3分の1ほどだけ飲んでくれ。これは一般人に使うのははじめてだからな。本来なら俺が使う予定だったんだが、緊急事態である以上仕方ない。そして君は他の人を助けたいと望んでいる。だが、一般人に試験もしていないものを飲ませるのもあれだろう。というわけで、君がモルモットも兼ねてくれれば後の人達にも安心して使えるから早く飲んでくれ。3分の1ほどだぞ』



 こいつ…!なにを言い出すかと思えば!そんなこと言いやがると飲まざるを得ないじゃねえか!


 心の中でクソっと悪態をつきながら、痛む体を無理やり動かして怪人がポーションと言っていたものを少しだけ飲む。


 3分の1とか言われてもそんなに細かく調整できるか…!


 そう思いつつも飲んだ後、すぐに体に異変が起きた。


 体が熱くなったと思ったら、痛みが劇的に引いていく。


 薄っすらと体が光っているようにも見えた。


 叩きつけられて出血していた箇所の傷も塞がっていて、折れていた骨も元に戻っている。



「「マジかよ…」」



 その様子を見ていた海斗と同時に同じセリフが出てきたのはどうしようもないだろう。


 完全に治ったわけじゃないらしく、まだ鈍く痛みは残ってはいるが、動くことはできるようにはなった。


 そうしている間に怪人は誰かと連絡を取っているのか、ガスマスクの中でなにか喋っているようだった。



『どうだ?効いたか?」



 こっちに気づいたのか、そう聞いてきた怪人に肯定の返事しか返せなかった。



『そうか、なら良かった。君の知り合いかは知らないが通報アプリの通報情報が見つかった。ここから少し離れているが、おそらくそこに奴も行くだろう。君達がどうする?返事がどうであれ、俺はそこに向かうが』



 そこに律達がいる、行く理由はそれで十分だ。



「場所はどこだ?」


『行くならついてこい。やつの相手は俺がするから、君達は追われてる相手を確保しろ。奴が狙っているのは彼女だ。俺が相手にするとしても彼女を狙うことを優先するかもしれん。それならそれで囮として気を引いてくれれば、俺もやりやすくなるからな』


「…勝てるのか?」


『やってみないとわからん。奴とぶつかるのははじめてだからな。だが、準備はしてきた。なら後はやるだけだ』


「わかった…頼む」


『ああ、任せろ』



 会ってすぐの怪人のことを信じたわけじゃない。


 今は他にできる方法がないからだ。


 モルモットに囮と色々言ってくれるこの怪人がどういうやつなのかもよくわからない。


 それでも、今は目の前のこのガスマスクの怪人に頼ることしかできない。


 その上で、俺はできることをやるのみだ。


 そうして、俺達は怪人の背を追って走り出した。





 怪人を追っていくと律達の姿が見えた。


 小さく、だが祈るようにその声が聞こえた。



「「たすけて」」



 頭が沸騰する、そんなとき大きくも小さくもない、それでもなぜか響く怪人の声が聞こえてくる。



『任せろ』



 その声と同時に怪人の姿が消えた。


 いや違う、


 その光景に俺と海斗の足が止まってしまう。



『怪我人は任せる、目の届く範囲にいろ』



 簡潔に出してくる指示が聞こえてきて、その意味を飲み込む。


 怪我人…すぐに思い浮かんで律と彩の様子を確認する。


 律が彩を抱きしめている。


 その彩の顔が血で濡れていて、体にも力が入っていない。



「透真…どうして、あれはなんなの…」



 律も状況についていけないんだろう。


 怪人は俺達に怪我人は任せると言った。


 そして俺はさっきのポーションが残っている試験管を持っている。


 



「説明は後だ、彩、聞こえるか?」


「と、うま…大丈夫、なの?」


「ああ、あの怪人にもらったこれのおかげでな、お前も飲め」



 ポーションと俺を見て、彩は納得したらしい。


 こういう判断力は流石としか言いようがない。



「ああ、全部は飲むなよ、これの半分ほどにしとけ」


「うん、わかった…ごめん、体、動かないや」



 俺でも動かなかったのに彩が動けると考える方がおかしかった。


 なら、試験管を口元に持っていって飲ませるだけだ。



「焦るな、ゆっくりでいい」


「うん…」



 口にポーションを含んでコクッと飲み込むと彩の体がわずかに光る。



「なにこれ…」


「二回見ても驚くわ…」


「ん…」



 他のやつが飲んで、治る様子を見るのははじめてだが、海斗の言う通り信じられない光景だ。


 どういう原理なのかもよくわからん。


 それでも、治ったならそれでいい。



「どうだ?」


「うん、まだ痛むけど大丈夫、かな?」


「ああ、俺もそんな感じだ」


「彩!」



 そんな彩を見て律が抱きつく様子を見ると、ホッとしてしまう。


 



「あいつからの指示だ。狙われてるのは律だから、囮も兼ねて、あいつの見える範囲から動くなってよ」


「あいつ?…ああ、そっか、うん、わかった」



 彩はあっさり納得して受け入れたようだ。



「逃げたほうがいいんじゃねえの?」


「逃げてもあいつがあの怪物を倒したのを確認しないと安心できねえよ…律、いいか?」


「…私だけ残れば」


「「「それはダメ」だ」」



 この点にだけは多数決で決定だった。



「そうだよねぇ、うん、俺も覚悟決めないと…はぁ」


「みんな…ごめん」


「謝んのは後だ、今は…頼むぜ、黒いの」



 そうだ、あとはあいつに託すしかないんだ。


 ヒーローか魔法少女が来れば、また状況は変わるんだろうが、今ここにいない以上頼れるのはあの黒い怪人だけなのだから。


 4人の視線の先で怪人と怪物の戦いがはじまっていた。

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