現れる怪人
この世界は当たり前の理不尽で満ちている。
事故や災害、ヒーローや魔法少女が対応するような悪の組織や魔獣達。
それは人にとって理不尽。
私にとっても理不尽ではあったのだろうけど、実際にそういう事態に遭遇したことがほとんどなくて、あってもヒーロー達が解決してくれていたから実感の薄い理不尽だった。
人によって理不尽は違うものだと思う。
私にとっての理不尽はいつも日常の中にあった。
両親に良い子であることを求められ続けること。
テストの点数が80点で怒られたこと。
出来の良い姉と妹と比べられ続けること。
姉は出来た、妹は出来た、そんな風に言い続けられる毎日。
学校でも姉と妹と比べられ続けて親しい友だちなんていない。
苦しい、つらい、寂しい。
劣等感ばかりで、自分からそう伝えることもできない。
言ったってみんな違う悩みがあるし、こんなのは大したことじゃないって言われるのが嫌だから。
今とは違う嫌な想いをしたくないから。
だから、私は夜の街に逃げたんだ。
いつもと違う髪型で、いつもは着ないような服を来て、私だってわからないような格好で。
そこで会った子達と話をして、仲良くなって、それでも名前以外はお互い知らなくて。
そんな気安くて、気楽な関係で気持ちを埋めて。
いっしょにいると寂しさを忘れられたから、そんなぬるい関係が心地よかった。
だから遠くに感じてた理不尽がそこに現れた時、失いたくないって心から思っちゃったんだ。
❖
「なに!なんなのあれ!」
そんな声を上げながらいっしょに裏路地を走っていた。
私にもわからない。
それでもこれは命に関わる理不尽なんだっていうのはわかった。
いつものようにいっしょに遊んでいた。
いっしょに遊んでいる子の中には男の人を弄んで楽しんでいる子もいて、その子に弄ばれた男の人が詰め寄ってくることもあった。
彼女に対して思うことはあったけど、彼女も寂しいんだってことはわかったから、なにも言えなかったし、言わなかった。
いつかなにか起きるかもしれないとは思ったけど、これまでは新たに弄んでいた男の人が庇ってくれたりして大丈夫だったから、大丈夫だって思い込んでいたのもあるんだと思う。
今日彼女に詰め寄ろうとしていた弄ばれた男の人もそんな流れで終わりそうだったのを気の毒な気持ちで見ていた。
でも今日は違ったんだ。
わかってなかったんだ。
世界は理不尽で満ちているんだってことを。
彼女を庇う男の人に殴られたその人は大きな声で叫んでいた。
「お前が!なんで!許さない!許さない!許さない!」
耳を塞ぎたくなるくらいの叫びだったけど、塞ぐことはしなかった。
彼女のやったことでこういう人が増えることを黙認していたから。
自己満足と自己嫌悪、自分で勝手に思い込んでいる自分への罰。
ますます自分が嫌いになる。
そのときだった。
その人の赤い瞳が金色になったのは。
その人が人間じゃなくなったのは。
いっしょにいたみんなの叫び声が聞こえた。
彼女を庇っていた男の人はその怪物となった人の腕の一振りで壁に叩きつけられた。
起き上がらない男の人を少しだけ見て、すぐに彼女に目を向けてくる。
「みんな逃げて!」
そう声を上げてから、彼女の手を引いて、全力で逃げた。
「なんなのよ!あれ!」
「わかんないよ!でも逃げなきゃ!」
そう言って走る。
他の子達は無事だろうか。
壁に叩きつけられた男の人も無事だろうか。
わからないけど、彼女に目を向けたということは追ってくることが予想できた。
裏路地をいくつか曲がって身を隠せるところを探す。
走ってきた方を見て怪物の姿が見えないのを確認して彼女といっしょに身を隠す。
「私のせいだ…、ごめん」
男の人を弄んでいるいつもの彼女からは想像できないような台詞だった。
だから、こんな時だって言うのに、ちょっとだけ笑ってしまった。
「なに笑ってるのよ…!」
「ううん、ギャップ萌えってやつなのかな?」
「なによそれ…」
そういって彼女も小さく笑う。
「どうしよう…」
その小さな笑みもすぐに不安にかき消される。
どうすればいいのか考える。
怪物に追われているときはどうすればいいのか?
そう考えると答えは単純だった。
「通報アプリ…」
「えっ…?」
「怪物や魔獣が出たときは通報アプリでヒーロー達に通報だよね」
「あっ!」
すぐにスマホを取り出して通報アプリをタップする。
世界の理不尽に遭遇した時のために一般人のマニュアル。
その中にある通報アプリでの理不尽の目撃情報の通報。
今まで使ったことがなかったからすぐにできなかったけど、今使わないでいつ使うのか。
彼女も自分のスマホの通報アプリをタップしている。
アプリをタップすることで現在地が近くのヒーロー支部や魔法少女協会へと送信される。
駆けつけるまででに時間はかかるし、他にも通報されている理不尽がある場合は最悪来れない可能性もあるけれど、今はこれしかない。
「あとはヒーローか魔法少女が来てくれれば…」
「…ねえ、なんで助けてくれたの?」
彼女がそんなことを聞いてきた。
「…これまで大丈夫だったからって私も止めなかったから、かな。なんて、あんなことになる前に考えてたけど、あのときは勝手に動いちゃった」
「なにそれ…」
「でも、まだ助かったって決まったわけじゃないから…」
――――――ズンッ!!――――――
そう言いかけたときに、なにかが落ちてくる音と同時に衝撃で地面が揺れた。
そのなにかの方を見ると、あの怪物がそこにいた。
翼が生えている。
空を飛んできた?
考えるのは後、彼女の手を引いて駆け出すが、嫌な予感がして地面に伏せる。
――――――ドンッ!――――――
なにかが爆発したような音と同時に行こうとしていた方にあった壁が壊れた。
怪物がものすごい勢いで地面を蹴って、その速度のままに壁に突撃したんだ。
背筋が凍りつくというのはこういうのを言うんだろう。
伏せなかったら私達がああなっていた。
怪物が私達を見て、声を発する。
『許さない、許さない、許さない、許さない、許さない』
金色の目に執念を宿した理不尽がそこにいる。
逃げられない、そう思ったときには景色が回っていた。
なにが起こったのかわからなかった。
景色が止まってもなにが起きたのかわからない。
私の視線に彼女が見える。
「……!………!」
彼女が手を伸ばしてなにか言っているけど聞こえない。
ああ、そうか、私はあの怪物にやられて吹っ飛ばされたんだ。
感覚が麻痺してるのかな。
怪物が彼女に手を伸ばしているのが見える。
ああ、そうか、私は彼女を友達だと思ってたんだ。
苦しくて、つらくて、寂しかった私といっしょにいてくれた友達。
彼女も、いや彼女だけじゃない。
彼女達にも抱えているものがあるのはわかってた。
独りじゃないんだって思えた。
だから、いっしょにいたかった。
失いたくない、まだいっしょにいたいよ。
世界は残酷だ。
私なんかがなにをしても理不尽は止められない。
けれど、彼女を失いたくない。
走り寄ってきて、私を抱き起こそうとする彼女を。
助けは来ない、救いはない。
けれど、できることはもうこれしかないから。
だから、私は願いを口にする。
誰でもいいから、どうか、彼女を…。
❖
空から落ちてきた怪物があの子を吹っ飛ばした。
それに気づいたのはあの子が地面を転がって止まってから。
あの子の顔がこっちを向いていて、目は開いている。
でも、血が顔が覆っていく。
名前を呼んでも返事は返ってこない。
あの子の元へと走る。
抱き起こそうとするとなにか言っていることに気づく。
「…逃げて」
自分がこんな目にあってるのにどうして。
私のせいでこうなったのに。
この世界に神様なんていない。
どんなに願い、すがっても、理不尽は止められない。
バカな私はいいの、でもこの子だけは。
誰でもいいから、どうか、この子を…。
―――――――「「助けて」」―――――――
二人の少女の願いは理不尽の前に無力に踏み躙られる、はずだった。
――――――――『任せろ』――――――――
その声と同時に怪物が吹き飛んだ。
それは必然ではなく、単なる偶然。
少女たちの願いに、祈りに応えたわけではない。
目的を持ってここに来ていて、少女達の命が散る前に間に合った。
ただ、それだけだった。
そこに現れたのは黒い異形の右腕を持つ黒尽くめの怪人。
理不尽を喰らう理不尽。
理不尽に大切なものを奪われること是とせず、新たな未来を拓くモノ。
運が悪かったのは怪物も同じだったのだろう。
己の終わりを告げるモノと出逢ってしまったのだから。
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