怪人誕生

 コルト曰く、マジックポーション魔法の薬で生まれ変わった俺の身体とその能力の計測は特に問題もなく順調に進んだ。


 単純な身体測定だからそんなものなんだろう。


 ただ、測ってみて改めてわかったことはこの体のスペックは前の俺とは比べ物にならないということだ。


 走力、跳躍力、肺活量、握力、すべてにおいて一般人では出せない数値を叩き出したのは我ながら驚いた。


 視力や聴力といった五感も前に比べて遥かに鋭くなっていた。


 あとは魔力や霊力、オーラと呼ばれるようなものに関してもコルトに教えてもらい、それについてもなんとなく感じることができるようになった。


 視えなかったものが視えるようになる、というのだろうか、それを実感できたとき世界がさらに拡がったと思えた。



「うん、だいたい計測は終わったけど、駆け出しのヒーローや魔法少女くらいの能力はあるね。伸び代に関してはなんとなく予想はつくし、ほかのマジックポーション魔法の薬服用者で問題を起こしてる連中を倒して、分割されたものを取り込んでいけば良い感じになれそう」


「他の服用者の分?」


「うん、15分割したって言ったよね?そのうちの何人かはもう自我を失ったりして問題起こしてるんだよ。そうじゃない無事な人達もいるけど、デモノカンパニーうちに全員所属してるわけじゃないから敵対する場合は倒して、その人の分を取り込んでいけばいいよ」


「…倒すというと、殺すことになるのか?」


「そうだね、たいていはそうなると思う。マジックポーション魔法の薬だけ取り出すのは今のところできないから」


「今のところ、というと手段自体はあるのか?」


「それは秋次第だよ。そうしたいと望むならってことだからね」



 話に聞いた形成の際にそういう力を発現させればいいということか。



「形成する力っていうのはそんなに自由にできるのか?」


「できるよ。魔法少女だって想いを形にして自分だけの固有魔法を生み出すんだから、同じ魔法の力も源にある服用者なら理論的にできないわけがない。実際他の服用者はできてるからね」


「そうなのか…想い、つまりはイメージか」


「うん、イメージしてそれを形にする、それがどんなものになるか決めるのは秋自身だよ」



 そう言われてもわかりにくい。


 マジックポーション魔法の薬だけを取り出す力、そんな都合のいい方法がそう簡単に思い浮かばない。



「…思い浮かばないな」


「だろうね、無理があるよ。基本的に服用者はマジックポーション魔法の薬に適合して一体化した存在だから、傷つけずにそれだけ抜き取ろうとするのはいくらこの世界でも現実的じゃないよ」


「なら、傷つけることを前提にしたら死なせずに済む案はあるのか?」


「あるよ、単純に傷つけた箇所ごとそこから吸い出すように根こそぎ取り出せばいいんだ。ゴーストとかが使うエネルギードレインみたいな要領かな」


「…傷つけた箇所ごとドレインか」


「そうそう、でもその箇所ごとだからドレインっていうよりはイートになるのかな?」


「イート…喰らう、か」


「ん?なんとなくイメージできたかな?」


「なんとなく、な」



 目を閉じて思い返す。


 コルトに語った母さんのこと。


 俺はあの人の時間を喰って生きてきた。


 なにより大切だった人を喰ってきた俺が今更あの人以外のものを喰らうことになにを躊躇うことがある。


 喰らうことで後悔はするときはあるだろう。


 だが、


 


 そうすることで理不尽に泣く人が減るのなら、俺はどんな化け物にでもなっても構わない。


 そのための力、そのための意思。


 成るべきは、理不尽を喰らう理不尽。


 これまでの無力な俺を喰らい、創り出すは




――――――メキッ――――――




 妙な音が聞こえて目を開く。


 右腕に違和感を感じて、そこを見る。


 


 肘と手の間にはなぜか目もある。


 その目の視点から俺の顔が見えるのは不思議な気分だ。



「おめでとう、形成できたね」


「ああ、うん、ありがとう…ただ、これ魔法少女とかヒーローって感じじゃないよな」


「うん、僕もそう思うけど、いいんじゃないかな?ほら闇落ちした魔法少女とかダークヒーローとかそんな感じでさ?」


「…そういうのもあるか、どっちかというと怪人とかそっち方面だと思えるよ」


「そうだね、変化してるのは右腕だけのようだけど、それでも見た目はそっち方面だよ」


「だよな」



 軽い口調でそう言われて、気が抜けるのは悪いことじゃないんだろう。



「実務フォームの方をメインにして、そっちの衣装がダメになったり、不具合が出たときに魔法少女フォームを使う方向にした方がいいかもね。世間的にもギャップで良い感じになるかもしれないし」


「実務の方だけでやれるようにしたいところだよ」


「いざというときの保険はあったほうがいいさ。この世界なにが起きてもおかしくないしね」


「そうだな、そのための力だ」


「うん、それじゃ、実務フォームの方から詰めていこっか」



 そう言って、社内の研究室で変身ツールとスーツの調整に取り掛かることになった。



「どんなところでもいける仮面みたいなのがあったらいいんだったよね?それだとガスマスクみたいなのが理想的かな。変身スーツの方も同じようにいろんなところに適応出来るようにした方がいいよね」


「ああ、丈夫で動きやすくて、どんな状況で、どんな場所でも大丈夫なやつがいいな」


「耐熱耐寒耐水耐毒などなど性能のある動きやすくて丈夫なやつだね。秋の力ならそれも取り込んで形にできるんじゃないかな。後付でもいろいろできそうだし、これからも楽しみだね」



 そんなノリで作られたスマホ型の変身ツールを形成した異形の右腕で普通に取り込むことができた。


 取り込んだツールは性能はそのままでスマートウォッチのような形で出すことができた。



「便利だね」


「ああ」


「それじゃ、早速変身してみようか」


「わかった」



 俺の一部となっているから、特に操作しなくても意識するだけでツールが起動する。





―――――Are you ready?覚悟はいいかい?―――――





 なぜかコルトのような口調でツールが音声を紡ぐ。


 その音声に言葉では応えず、ただ意思のみで応える。


 


 





―――――Congratulationその決断に祝福を―――――





 ツールを起点に変身が行なわれる。


 右腕のように黒いモノが全身を覆っていく。


 それが形作ったのはガスマスクを付けた黒尽くめの異形の怪人。


 喰らうモノイーターと呼ばれることになる化け物。


 その誕生の瞬間。



 けれど、そこにいる人物にとっては過程に過ぎない。


 だからこそ、かけられる言葉も彼らしいもの。



 「どうだい?」



 そして、応えるものも同じく。



 「ああ、問題はなさそうだ」



 体を動かして、スーツの具合を確かめながら。



「実際に現場で動いてみないと問題はわからないんだろうが、軽く動かしてみた感じは悪くないと思う」


「そっか、でも確認も兼ねてある程度のテストはしてみないとね。現場に行ってなにか起きてからじゃ困るからさ」


「そうだな、できるだけの準備はしておこう」



 二人のやり取りはかわらない。


 やるべきことはある以上、そのために進むのみ。



「実務フォームのオーダーを聞いたときから思ってたんだけどさ、やっぱりどう見ても怪人だよね、それ」


「ん、ああ、そうだな。怪人態ファントムフォームってことでいいんじゃないか」


「実務フォームよりは格好いいかな?ブラック作業にはもってこいだしね」


「ああ、結果としては悪くないんじゃないか?」



 最初と変わらぬように、彼女と彼のやり取りは続く。


 いつか世界を変えるそのときまで。


 それが当たり前だと言うように。

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