彼女の原点

「実際、今後のことを考えるといっしょにいた方がいいだろうしな」


「まあね、その方がこっちもいろいろ調べやすいし助かるよ」


「デモノカンパニーに勤めることになるのか?」


「そうだね、会社員ということになるかな。仕事内容はブラック寄りなグレーなものが多いと思うけど…あ、ここで言うブラックっていうのは法的にブラックってやつだよ?社員の待遇についてはホワイト寄りなはずだから安心してよ」


「安心していいのかわからないな…世の中綺麗事だけじゃなにもできないっていうのはわかるが、あとどういう方向のブラックなんだ」


「ああ、単純に非合法なヒーロー活動か魔法少女活動っぽいことをすることになるだけだよ。マジックポーション魔法の薬を飲んだんだし、身体能力とかもそれくらいできるようにはなってるはずだからね。まだ駆け出しくらいの活動しかできないとは思うけどさ」


「ああ、そういえば足も速くなってたな、夜目も効くようになってたし」


「うん、そういうこと。秋の見た目も可愛いし、魔法少女方向でいいかな?」



 今は確かに可愛らしい少女だが、昨日まで男だった俺にそれは無理があると心から思う…そういえば。



「そういえば、憧れか畏れの対象ってことだったが、俺はどうしてこうなったんだ?」


「ん、それは秋にしかわからないと思うけど、他の服用者は悪魔とか獣人みたいな姿になったりした人もいたし、その人達はそういう存在になりたいって深層心理で思ってたみたいだったよ」


「そんな人達もいるのか…」


「他には見た目はあんまり変わらなかったけど、異能が強く発現した人もいたよ。超能力って言えばいいかな、魔法も使えてたね。単純にフィジカルが極端に強化された人もいたから、服用した人の望んでいる姿や力を手に入れてるのは間違いないよ」



 こうして聞くと、結構いろんなタイプがいるんだな、と、改めて思う。



「見た目はあんまり変わらないとは言ったけど、みんな元よりは美形になってたよ。秋は魔法少女に憧れてたりしたんじゃない?」


「いや、魔法少女やヒーローは命がけでやっているから、ある意味尊敬はしているが、憧れというようなものじゃない」


「そうなんだ?なら、心に深く残っている存在があったんじゃないかな。幼い頃から心に焼き付くような、そんな人が」



 ああ、なるほど、それなら納得だ。



「母さんだな。俺をひとりで育ててくれた。俺にとって唯一無二の誰よりも感謝している人だ。あの人がいたから俺がいる。あの小さな背中が俺にとっては誰より偉大な背中だった。いなくなった今でもそれは変わらない」


「母親か…僕は父さんがひとりで育ててくれたから、母親っていうのがどんなのかわからないけど、親を尊敬して感謝する気持ちはわかるかな」


「ああ、俺はあの人の時間を喰って生きてきた。あの人は俺にたくさんの時間をかけてくれた。その恩に報いることができたかは今でもわからない。それでも、この気持ちはかけがえのないものだと思っているよ」


「そっか、良い家族だったんだね」


「ああ、俺にとってはなにより大切な家族だったよ。ただ、母さんがモデルになってるとしたら、少し気になることもあるんだが」


「なんだい?」


「ああ、お世辞にもこんなに美少女じゃなかったぞ。若い頃の写真も見たことはあるが、十人並か、その辺りだと俺の感覚だと思えた。こうなる前の俺も見た目に冴えないおっさんだっただろ?」


「うん、それはマジックポーション魔法の薬の効果だよ。想い出は美化されるっていうだろ?そんな感じで元のモデルが最大限に美化、もしくは強化された形になるんだ」


「そういうものなのか…。まあ、それならそれでいいんだが」



 つまり思い出補正で美化された姿というわけか。


 我ながら確かに可愛いとは思うが、それくらいの感想しかないな。



「それで、どうしようか?」


「ん、ああ路線だったか…そうだな、顔出しはできればしたくないな。あと動きやすい格好の方がいい。ブラックと言うならそっち方面に振ったほうがいっそ清々しいだろうし、できる限り現場向けに効率的なのを希望する」


「えー、せっかく可愛いのに…そういうのも使っても良いと思うんだけどなぁ」


「使えるものは使ってもいいんだろうが、まずは実務の方がどれだけできるか把握しておきたい。余裕がないとその可愛いというのも使いこなせないだろう。あとそこまで言うなら両方やれるようにしておけばいいだろ」


「…!それだ!どっちもやろう!」


「やるのか…どんな風にやるんだ?」


「まず秋がやるのは自分の能力の把握だね。僕はそれの計測をしながら衣装作成だ。ほらヒーローや魔法少女も変身するだろ?ヒーローも魔法少女も原理は違うけど変身ツールを使って変身するんだ。秋専用で複数のタイプに変身できるガジェットを創るわけだね。曰くフォームチェンジ機能が最初から付いてる変身アイテムってことになるかな」


「なるほど…なら魔法少女フォームはコルトに任せて、俺は実務用のをオーダーすればいいわけだな」


「そうなるね。秋の能力をいろいろ計測しながら、それに合わせて力を引き出しやすいようにそれぞれのフォームに合わせた調整をしていく形になるね。衣装のデザインに希望があったらできる限り取り入れるから、遠慮せず言ってね」


「わかった、魔法少女フォームの方は今の俺に合いそうなデザインをお任せで頼む。正直俺にそういうセンスはないと思っているからな。実務フォームの方はできる限り丈夫で、どんなところにでも行けるようにできたらいいな。あとは顔出しもできればしたくないから、顔を隠せるマスクもほしい」


「そっか、実務用だし、できるだけ実用的な機能は盛り込みたいよね」


「ああ、あとそうだな、せっかくだし、マスクにもどんなところでも活動できるような機能があったらいいかもな。できれば空とかも飛べるといいんだが、そういうのもできるのか?」


「どうかな、計測結果次第だし、今はまだなんとも言えないね。能力で飛べそうなら、能力を通しやすい素材を使って翼を形成したりもできるかもしれないけど、多分まだできないと思うよ」


「まだ、というといずれできるようになるのか?」


「うん、今の秋は活性化しただけの状態だから、次の段階の力の形成ができるようになればいけるんじゃないかな」



 初めて聞く言葉が出てきた。


 活性に形成、専門用語か?



「ん、ああ、そっか。ヒーローも魔法少女も最初はそうなんだよ。力が表出しただけの状態、それが活性。その活性化した力をそれぞれに合った形にして成り立たせた状態、それが形成だね」


「段階があるってことか」


「うん、形成ができれば一人前って思えばいいよ。さらにその上の位階もあって、そこに至ることを覚醒って言うんだけど、それはまだ先のことだし、知っておくだけでいいよ。いずれは覚醒するけど、すぐにできるわけでもないしね」


「覚醒…よくある強化フォームのことか?」


「うん、覚醒にも位階があって、第一覚醒、第二覚醒と言った具合にそのときの限界を越えたときにできるものだから、まずは鍛えてからだよ」


「そうだな、まずはなにができるか把握してからだ」


「そうそう、なにをするにしても一歩一歩進んでいかないとね。勢いだけじゃ上手くはいかないよ。知識と技術と力、あとそこにやろうとする意思が加わって望む未来への道を拓くことができるのさ」



 それはそうなんだろう。


 力がなければ無力でしかない。


 知識も技術も力だ。


 そして、なにかしようとしない限り結果は出ない。


 なんの力もなかった俺に今力がある。


 知識と技術を教えてくれるコルトがいる。


 なら、


 



「ああ、後悔はいくらでもしてきたんだ。これからどれだけ増えるとしても、これは俺が決めたことだ。俺は俺の、コルトはコルトの望む未来を手に入れるために、やると決めたことをやろう」


「うん、それじゃ、早速やることをやりにいこうか」


「ああ、よろしく頼む」



 これが、俺という怪人のはじまりの物語。


 この世界の未来の大転換グレート・ターニング


 世界の誰にも気づかれず、未来への道は小さな街の小さなビルの一室で動き出した。

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