その怪人の生まれた日

 マジックポーションを飲んだその日。


 家に帰ってから体に違和感があったのは間違いない。


 疲労回復効果が出てきたんだろうか。


 それにしては体が熱い。


 熱い、熱すぎる。



「なんっだよ…!これは!」



 立っているのがつらい。


 家族はもう誰もいないから、看病してくれる人もいない。


 ブラック企業での勤めと趣味に費やしてきた時間で酷使してきても、体にここまで異常が出たことは今までなかった。



「マジかよ…これで気絶して、起きたら疲労が回復してたりするのか?」



 なんとか気合でベッドまで辿り着き、横になった。


 熱いだけじゃなく、痛みまで出てきた。



「ポーションって回復薬だろ…!なんでダメージ出てんだよ…」



 突っ込むところが違うのかもしれない。


 だが、熱さと痛みで思考がおかしくなっているのだ。


 さらに息苦しくなってきた。


 もしかしたら、結構やばいのかもしれない。



「え、もしかして死んで楽になるっていうあれなのか?」



 思考がさらにおかしくなっていっているような気がする。


 落ち着いて考える。


 怪しい露天商が売ってきたポーションを飲んだからこうなったんだ。


 なら、結論はこうだろう。





 そう結論づけて、言葉にすると気分が楽になった。


 ゆっくりと呼吸をして、酸素を体に通していく。


 あとは目を閉じて、意識を沈めるだけだ。


 熱さも痛みも息苦しさも受け入れる。


 きっともうすぐ意識を失うだろう。


 そのあとどうなっているかはわからない。


 意識が戻らないかもしれないし、意識が戻っても後悔するかもしれない。





 そう言葉にしたと同時に俺は意識を失った。


 ❖


 あれからどれくらいの時間が経ったのか。


 時計を見ると朝の3時だったから、2時間ほどで意識を取り戻したことになる。

 …体は軽い、だが違和感がある。


 まず、目線が低いし、来ていた服がぶかぶかだ。


 自分の手を見てみると細くて、小さくて、明らかに俺の手じゃないように見える。


 次に体に目を向けて、ぶかぶかな服を開いて見ると、あったはずのものがなくて、なかったはずのものがある。


 ここまで来ると最後の望みは鏡だけだ。


 見たくはないが、見ないわけにもいかない。


 洗面台に辿り着いて、覚悟を決めて鏡を見る。


 ここまでの流れで予想はしていた。


 だから心の準備はできていた。


 それでもため息は出るものだ。



「なるほど、確かに



 鏡に映っていたのは40過ぎた俺ではなく、10代前半の赤い瞳の少女だった。


 その髪は夜を凝縮したかのように暗く、深い黒色だ。


 見た目だけなら可愛いと言ってもいいだろう。


 だが俺だ。


 それにまだなにか違和感がある気がする。


 言葉にできないが、他にもいつもと違うなにかがある。



「…とりあえずなにか飲むか」



 考えてもダメな時は気分転換だ。


 気づくときには気づくだろうし、とりあえず水分補給しておこう。


 冷蔵庫を開けたときに冷蔵庫の明かりをみて気づいてしまった。





 今は午前3時で外は真っ暗、家の中も電気は付いていない。


 なのに、



「どうなってるんだ?」



 考えられるのはコルトの言っていたことだけだろう。


 


 他に表現しようがない。



「とりあえず飲むか…」



 独り言が多くなっているが仕方がない。


 自分に話しかけて状況を把握しているのだ。


 意識して見ると声が高くなっていることにも気づいてしまった。


 麦茶を飲んで落ち着いたが、気づいて少しへこんでしまった。



「へこんでても仕方ない、か…」



 これからどうする?


 このまま会社に行くわけにもいかない。


 欠勤連絡するにも状況の説明が手間だ。


 これまでのことを思い返して、最初に出てきた答えを選ぶ。


 もらった名刺を見て住所を確認すると、思ったより遠くない場所で助かった。



 次は服だ。


 このまま外に出るのは流石に問題だ。


 クローゼットやタンスを開けて探してみると、亡くなった母が生前来ていた服があった。


 小柄な人だったから、俺の服よりはサイズは合うだろう。



 シャツとパンツを着てみると思ったより動きやすかったので助かった。


 母には感謝しかない。


 さて、それじゃコルトの研究所に行くとしよう。


 コルトの名刺と財布を持って、あと、戸締まりも忘れずに、な。



 ❖



 この時間に動いている公共の交通機関はない。


 タクシーとも考えたが、この時間に見た目10代前半の今の俺がひとりで乗るのもなにか面倒事になったら面倒だ。


 ならどうする?


 答えは簡単だ。


 



 そう決めたらすぐに行動だ。


 まずは軽めに走る。


 一瞬で場所を移動した。


 なにを言っているのかわからないかもしれないが、そのままの意味だ。


 軽くのつもりが速すぎたのだ。


 こうなる前に俺ならこんなに速いわけがない。


 ということは、コルト曰く生まれ変わった俺の身体能力が高くなっているということなんだろう。


 人目につかない時間でよかったのかもしれない。


 それでも目立たない程度のスピードでコルトの名刺に書かれているデモノカンパニーの住所へと駆けていく。


 走っていると景色がすぐに変化していった。



 ❖



 デモノカンパニーはオフィス街とでも言うべきところにあった。


 流石にこの時間でもここには行き交っている人達がいるから、ここからは早歩きだ。


 この時間にコルトがいるのかはわからない…が、多分いるのだろう。


 なにかあったら来るようにと言ったのだから。


 だからコルトはいるのだと、なぜか確信している。



 ついたデモノカンパニーの普通のオフィスビルだった。


 外から見た通りなら5階建てだ。


 地下があるかは見ただけではわからない。


 見たところ警備員がいるから、コルトに取り次いでもらえるかもしれない。


 俺はコルトの名刺を取り出して、警備員に声をかけた。



「夜分にすいません。私佐倉というものなんですが、コルトさんになにかあったら来るようにと言われていたのですが取り次いでいただいでもよろしいでしょうか?」



 コルトの名刺を手渡し、警備員はそれを確認した。



「…わかりました、確認を取らせていただきますので、少しお待ち下さい」


「よろしくお願いします」



 そう言って警備員は確認を取りに行った。


 確認が取れたのか、すぐにこっちに戻ってくる。



「お待たせしました、代表がお待ちしてますので案内します。ついてきてください」


「わかりました、よろしくお願いします」



 やはり、コルトは待っていたようだ。


 彼も予想はしていたんだろう。


 事情を聞くこともだが、まずは現状をなんとかするために力を借りなければならない。


 聞かなければならないことと力を借りたいことを頭でまとめながら警備員の後についていく。



「こちらです、お入りください」



「ありがとうございます」



 お礼を言ってから、案内された部屋に入るとコルト・フォルトナーがそこにいた。


 俺の姿を見ても、特に驚いた様子はない。



「やあ、来たね。とりあえず喉が乾いてないかい?用意してあるから飲んでくれ」


「ありがとう、いただくよ」



 用意してあった飲み物を飲んで一息つくと、コルトも一息ついていた。


 なんとなく、ホッとしたように見えるのは気のせいだろうか。



「それで…なにから話そうか?」


「そうだな、とりあえずだが…俺は戻れるのか?」


「いや、戻れない。言った通り生まれ変わったんだからね。秋がここに来るまでの様子を会社内のカメラで見ていたけど、正直驚いたよ」


「驚いていたようには見えなかったが…」



 そう言ってコルトは部屋にあったモニターを付ける。


 そこには社内の様子が映し出されていた。



「部屋に来るまでに落ち着いたからね。中身はどうなったのかはわからなかったけど、話してみて秋は秋のままのようでホッとしたよ」


「そうか…なら次だが、このままだと会社にも行けないし、戸籍の問題とかいろいろ困ったことになる。なんとかできるか?」


「ああ、そうだね…死亡届を出して新しい戸籍を作るか、戸籍自体を作り変えるか、希望はあるかい?会社の方にはこちらから連絡しておくよ。うちには病院関連の施設もあるからね。そこに受診したら問題があったから緊急入院したことにでもしておこう」


「ありがとう、戸籍に関してはできれば名前はそのままで他のところを辻褄が合う程度に作り替えてくれると助かる。あとは今後のことだが、どうすればいいんだ?」


「わかったよ。衣食住に関しては僕が手配しよう。今の家にこだわりがあるなら、そのまま住んでいても構わないけど、こっちで用意する場所に引っ越したほうがお互い動きやすいとは思うよ」


「そうか…なら、荷物を纏めて引っ越すかな。家はそのままで荷物は纏めて持ってきても大丈夫?」


「ああ、もちろん大丈夫だよ、それじゃ今日は部屋を用意するからそこに泊まってくれ。他の詳しい話はまた落ち着いてからにしよう。僕ももう結構眠いからね」



 そこでいったん話を切り上げてコルトは電話をかけ始めた。


 至れり尽くせりな流れになった気がする。


 助かるので素直に受け取らせてもらうが。



「部屋は社内に用意できたよ。案内がもうすぐ来るからついていってそこで休んでくれ。起きたらまたこの部屋に来てくれればいいからね」


「わかった、他の話はそのときにしよう」



 そのとき部屋のドアを叩く音が聞こえた。



「もう来たみたいだね、それじゃゆっくり休めるかはわからないけど、休んでくれると嬉しいな」


「ああ、いろいろありがとう、それじゃおやすみ」


「うん、おやすみ、またね」


「ああ、また」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る