その怪人の生まれた理由
今でも鮮明に思い出すことができる。
俺が怪人として生まれ変わった日のことを。
今思い返しても俺は間抜けだったんだろう。
❖
いつものように仕事を終えて、疲れた体を引きずりながら家に帰ろうとしていた。
ヒーローや魔法少女が命がけで戦っているのだとしても、力のない一般人には関係がないことだとこのときはまだ思っていた。
悪の組織や侵略者が街を襲い、それに巻き込まれることがあっても俺には逃げ惑うことしかできないからだ。
だからこそ、毎日仕事をして金を稼ぎ、生活と趣味に費やしていく。
その日もいつもと変わらなかった、はずなのだ。
なにが違うことがあったのだとしたら、帰り道にいつもはいなかった露天商がいたことだった。
「やあ、そこの人、疲れた顔をしているね。良いものがあるから、ちょっと見ていかないかい?」
そんな声が聞こえて周りを見ていたが、周りには他に誰もいなかったから俺に声をかけてきたということなんだろう。
「初対面の相手に言われるほど疲れているように見えるか?」
「ああ、そう見えるね。顔色が明らかによろしくないよ」
その露天商は困ったように笑いながらそう言ってくるから、真面目に考えさせられる。
確かにブラック企業に勤めている自覚はあるし、趣味に時間を割いている分睡眠時間も短くなっているから、体が重いのも間違いない。
ポーカーフェイスで外には見えないようにしているつもりだったが、初対面の相手にそう言われるほど外に出ているのは流石によろしくない。
「いやぁ、ポーカーフェイスってやつなんだろうけど、一応医学もかじってるからね。具合が悪いのは動きを見ればわかるのさ」
「そういうものか…、それでそこにあるものに疲労回復のなにかがあると?」
その露店には装飾品やお守りのようなものがいくつも置いてあった。
どこかの民芸品も置いてあるから、怪しい露店というのが正直なところだ。
「ふふふ、まあ怪しいのは自覚しているよ。ただ効果は間違いなしだよ」
「自分で言うのか…そこまで言うならおすすめはあるのか?」
そう言って露天商を改めて見てみると、黒が基調のコートと服装でおおよそこんなところで店を営んでいるのが場違いなようにしか見えない。
俺の質問に嬉しくなったのか、怪しい笑みを更に深めて答えてくれる。
「ああ、ああ!もちろん、あるよ!こいつだ!」
そうして取り出したのは赤い液体の入った瓶だった。
どこか惹かれる赤い色だ。
まるで輝いているかのような真紅の液体。
「これがマジックポーションだ、飲めば疲労回復を通り越して生まれ変わること間違いなしの逸品だよ!」
「なんだその名前と売り文句は」
からかわれているような言葉に思わず苦笑いしてしまう。
他人と関わって、こんな風に笑うのは久しぶりな気がする。
だからだろうか、その気になってしまったのは。
「で、いくらなんだ?」
「おや、気に入ってもらえたのかい?いやはや、正直こんな怪しい露天商から買ってもらえるだなんて思ってなかったよ」
「まだ買うとは言ってないだろ、値段を聞いてからじゃないと足りないかもしれないし」
「それもそうだね、5万円だよ」
「高っ!」
予想以上の金額をふっかけられて、つい声を上げてしまった。
いや、この瓶一本で5万ってないだろ。
「いやいや、これは非常に希少なものだからね。もうこれがこの世で最後なのよ。5万でも安いと自負してるよ?」
「マジか…」
財布の中を見てみると手持ちに5万もなかった。
「カード払いは…ダメそうか」
「そうだねぇ、その機材が今ここにはないしなぁ」
「下ろしてくるまで待っててもらう、にしても近くにATMもないし…縁がなかったってことか」
「ふむ…いくら持ってるんだい?」
財布の中の所持金を確認してみると現金は2万しか入ってなかった。
キャッシュレスの弊害なんだろう。
「なるほど、世の流れというやつだね」
「こればっかりはな」
お互いに肩をすくめて苦笑いしてしまう。
「いいよ!買ってくれる気になったのもなにかの縁ということでその2万で売ろうじゃないか!」
「え、いいのか?」
元々提示された値段の半額以下だ。
そんなにあっさり値段を下げられると騙されてる気分になってくる。
「ただし、ひとつ条件をつけさせてもらうよ」
「条件?」
なるほど、条件付きで値下げしてくれるということか。
こいつ結構商売上手いのかもしれない。
見た目怪しいけど。
「ああ、今、この場で残さず飲み干しておくれ」
「…ん?そんなのでいいのか?」
「ああ、それで構わないよ。飲んでくれるのを確認できたらそれでいいのさ」
「…わかった、それじゃまず2万だったな」
「はい、確か、それじゃこっちもな」
2万と引き換えにマジックポーションを受け取り、封を開けてみると割と香りは悪くなかった。
「結構いい香りだな」
「だろう?こだわりの逸品だからね」
「お前さんの手作りなのか?」
「その通り!希少な素材で作り出した、もうこの世にひとつしかない最後のマジックポーションなんだよ!」
もしかしたら結構腕の良い学者かなにかなのかもな、この怪しい露天商は。
「さあ、どうぞ一息に飲んでおくれ」
そういう約束で買った以上、果たさない理由はない。
瓶に口をつけて、一気に飲み干す。
「…喉越しも良いな、美味かった」
「それは良かった。即効性のものじゃないし、今は実感がないだろうけど、今日中には効果が出てくるよ」
「そうなのか?」
「ああ、そういうものなんだよ。一応実証済みだから安心しておくれ」
「わかった、良い買い物だったと思えることを祈ってるよ」
「ああ、それとこれを」
そう言って手渡されたのは名刺だった。
「デモノカンパニー研究室代表、コルト・フォルトナー…、これは?」
「よかったらポーションの効果が出たら、そこに来てくれたらと思ってね。効果は人によって千差万別、アフターケアもきっちりやるよ?」
「代表ってことはあんた結構すごい人ってことになるのか」
「研究室の代表だからね、一応そこではトップなんだよ」
「そうか、ああ、なら俺からも」
名刺をもらった以上はこっちからも渡しておくのが礼儀だろう。
「これはこれは…
「ありがとうよ、そっちもいい名前だな」
「ありがとうよ」
しまったな、こういう場合はちゃんと名乗ってから名刺渡すべきだったか。
切り出しにくいが、やるならやっておいたほうがいいしな。
「…あー、名刺渡した後でなんなんだが」
「はいはい?」
「佐倉 秋だ、よろしく」
「…ふふふ、コルト・フォルトナーだよ、こっちこそよろしく」
お互いに苦笑しながら握手をして、すぐ離す。
疲労回復はまだのようだが、気分転換にはなったし、悪くはない出費だったのかもしれないな。
「それじゃ、そろそろ行くとするよ、今のところ悪くない買い物だったよ」
「そうかい、それは良かった」
「ああ、それじゃ、また機会があれば」
「きっとすぐに会えるよ。それじゃ、夜道に気をつけてな、またね」
「…ああ、またな」
それが俺とコルトの最初の出会いだった。
これが思った以上に長い付き合いになるとこのときは予想もしていなかった。
少なくとも俺は、だが。
❖
「まさかこんなにあっさりいくとは思わなかったなぁ」
「最後のひとつだから適当にやってみたんだけど」
「生きているものが飲めば、文字通り生まれ変わることができる
「君に会えたのは偶然だったのかな、それとも必然なのかな」
「秋、君はどんなモノに生まれ変わるんだろう」
「またこんな風に笑いあえるかな」
「私がこんなことを願うなんて思ってなかったよ」
「どうか、どんなモノになってとしても、君が君であってくれますように」
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