はじまりの朝

 目が覚めると見えたのは見慣れない天井だった。


 寝る前に見た天井と同じだ。


 その辺りをはっきり覚えていて、意識もはっきりしているということはよく休めたんだろう。


 服はそのまま寝てしまったが、それは仕方ないことだ。


 起きたら昨日の部屋に来てくれればいいと言っていたし、そこにいくのが最適解なんだろう。


 とりあえず顔を洗ってから出ることにした。


 ❖


 部屋の前に着いたのでノックしてみると、中から返事があった。



「秋かい?入ってくれればいいよ」


「お邪魔します」



 そんなやり取りをして部屋の中に入るとコーヒーの匂いがする。



「おはよう、休めたかな?コーヒー飲むかい?」


「おはよう。ああ、よく眠れたみたいだ。コーヒーはもらうよ」


「それは良かった。今、君の分も用意するよ」



 そう言ってコルトがコーヒーメーカーを使ってコーヒーを用意しはじめた。


 見たところかなり凝った作りのコーヒーメーカーだ。


 こだわりがあるのかもしれない。



「おまたせ、僕特製のオリジナルコーヒーだよ。僕は好きだけど他の人がどう思うかは知らない」


「好みは人それぞれだしな」



 出されたコーヒーは予想以上に美味かった。


 苦味もあるが、それ以上に美味いと思える。



「美味いな…」


「お!そうかい?気にいってもらえたなら良かった!実は僕専用に作ったコーヒーメーカーだからね。これまで人に出したことはなかったんだよ」


「そうなのか…美味いよ」



 自分の語彙力のなさに思うところも出てくるが、自然と口からそう出てくる以上仕方がない。


 朝の目覚めには最高の一杯だ。


 まあ、起きたときには頭は完全に覚めてはいたわけだが。



「そこまで言ってもらえると嬉しいね。朝食も用意するから待っていてくれ」


「ああ、楽しみに待ってる」



 そういえば、この部屋はコルトの私室になるのだろうか。


 いろいろと私物が置いてある上に、キッチンや冷蔵庫まである。



「ん、ああ、ここは僕の仕事部屋でもあるけど、私室でもあるんだ。ここに住んでると言ってもいいかな。仕事のお客さん用の部屋はここから繋がってるあっちの部屋になる」


「そうか、すぐにプライベートに帰れるのはいいな」


「うん、仕事も嫌いじゃないし、良い生活してると自分でも思うよ」



 そんな話をしていると朝食の準備ができたようだ。


 ハムエッグとトーストとホットミルクの三点セットだ。



「とりあえず軽めに作ってみたんだけど、足りなかったら追加で作るから言ってね」


「わかった、どのくらい食べれるのか俺もわからないからな」


「そうだね、その辺りも調べていかないとね」


「そうだな、いただきます」


「うん、いただきます」



 食べてみるとハムエッグもトーストも焼き加減が絶妙で普通に美味い。


 こういうものが自分で作れるのはいいな。


 腹が減っていたのか、ペロッと食べ終えてしまった。


 もう少し味わって食べればよかったのかもしれないが、美味かったから仕方ない。



「そんな風に食べてもらえると嬉しいね。美味しかったかい?」


「ああ、美味かったよ。自分でもこれくらいのを作れるといいんだけどな」


「このくらいならすぐできるようになるから、今度時間があるときに教えるよ」


「そうか、ありがとう、そのときはよろしく頼む」


「うん、任せて」



 食べ終わって食器を片付けて、歯を磨いて、一息ついてから、本題に入ることにした。


 割と和んだが、いろいろ聞いておかなければならないことがあるのも間違いないからだ。



「そろそろいいか?」


「うん、それじゃそろそろ話をしようか」



 コルトもそのつもりだったようだ。



「とりあえず昨日言ってた件はどうなったんだ?」


「昨日というと秋の会社の件かな?それならもう話はしたよ。昨日言ってた通りに体調崩して入院したって感じだね。あとは医者の判断で療養が必要だから退職って流れにしようと思ってるけどいいかい?」


「ああ、その辺りは任せる。引っ越しの方は一度家に戻って荷物をまとめる方がいいか」


「それでもいいし、荷物全部こっちに持ってくるよう手配してもいいよ」


「そうか…なら一度戻って必要なものだけ持ってくるから、後のものは頼む」


「わかったよ。とりあえず昨日の件はこんなものかな」



 そうなると後は俺の現状についての話になる。


 どういうものでどうしてこうなったのかは聞いておくべきなんだろう。


 それが俺が自分で決めてやったことだとしても、これからのために必要な情報だからだ。



「そうだな、あのマジックポーションはなんだったのか?俺はこれからどうなるのか?くらいか」


「大雑把だけど、そのくらいになるかな」


「俺はこれからどうなるのか?については俺の体のことと今後のことについてになるな」


「うん、とりあえず順番に話していくよ。あ、話してばかりだと喉も渇くし、先に飲み物用意しておくよ」


「わかった」



 部屋にあった冷蔵庫から飲み物が入っているボトルを出して、机の上に置いて、俺とコルトそれぞれ座っている場所の前にもコップが置かれた。



「置いとくから喉乾いたり、飲みたくなったりしたら好きに飲んで」


「ああ」



 早速ボトルの飲み物をコップに入れて一口飲んでおいた。


 …なんで、どれも美味いんだ。


 いや、コルトがこだわっているものだからか。



「それで、マジックポーション魔法の薬はなんだったのか?からだけど、賢者の石とかエリクシールとかエリクサーっていう言葉を聞いたことはあるかい?」


「ゲームとか物語で聞いたことがあるくらいだな」


「この世界にはいろんな力や物質が実在して、そういうものも在るってことだね。で、秋が飲んだマジックポーション魔法の薬はそういういろんなものを魔法で合成したものなんだ」


「錬金術みたいだな」


「だいたいそんなものだと理解してくれればいいよ。理論とかは聞いてもわからないだろうし…馬鹿にしてるんじゃなくて、知らない分野の専門用語とか聞いてもわからないって意味だよ?」


「ああ、わかってる」



 実際今聞いてもわからないのは間違いない。



「宇宙人が持ち込んだ物質や異世界からもたらされたもの、それぞれの技術で創られたそれを魔法という力で合成する。そこに肉体が滅びた悪魔とそれに堕とされた人々の怨念や妄執や絶望といったものを注ぎ込んで、それをさらに魔法で純化したんだ」


「待て、お前あれは疲労回復って言葉も使ってたが、そんなもの注ぎ込んで疲労なんて回復するものなのか?」


「エリクシールやエリクサーは霊薬だからね。そこに負の想念を入れても元々の効果は失われることはないよ」


「そういうものなのか」


「で、そうやってできたものを15分割してから、それをさらに液状化、希釈して、人が服用しても大丈夫なものにしたのがマジックポーション魔法の薬というわけさ。原液というか元々は固体なんだけど、そのくらい薄めないと体が保たなくってさ」


「保たない?残った最後のひとつと言っていたが、他にも飲んだやつはいるってことか。そいつらはどうなったんだ?」


「最初に希釈せずにそのまま一部を使ったのは効果に体が耐えきれなくて消滅したよ。変化するときの勢いが過剰すぎてね。回復させすぎると死に至るってあれだね。あ、人じゃなくて実験動物を使ったから安心して」



 安心できる要素がない気もする上に、話を聞いていると少なくとも真っ当な組織のやることじゃないように聞こえた。


 こんな薬を作って、使っている時点でそうだと思うべきなんだろう。



「希釈したものを服用した人もいるけど、その人達は手に入れた力でやりたいことをやってたりしてるよ。もう死んだ人もいるけど」


「聞いてる限りかなり物騒な話だが…


「ああ、うん、それは単純だよ。


「願い?」


「あれは服用したものが憧れていたり、畏れていたりするものになれるものなんだ。悪魔は代償と引き換えに願いを叶える。そういう性質を利用して、いろんな技術と魔法でエリクシールに体を創り変える効果を付け加えた」


「それがお前の願いなのか?」


「違うよ、多くの人が願うことはあるだろ?憧れたりする相手を見て、あんな風になれたらってさ」


「ああ、そう思うやつもいるだろうな」


「うん、。この世界にもたらされているあらゆる力を使って」



 当たり前のようにコルトは言う。


 それはこの世界はそういうことができる世界なのだと言っているようにも聞こえた。

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