神美派Ⅵ

 ライの絵画教室に通い始めて二週間が経った。今日も今日とて二人は教室にて絵を習う。


 モネは突き出した唇の上に筆を乗せ、座っている椅子を傾け遊んでいる。目を細めなんぞ考えているらしい。「ロッキングチェアとかあればいいのに……」とぼやくと、不意にがばりと椅子を戻した。反動で落ちた筆を空中でしっかりとキャッチし、その腕を上げる。


「そう!ないなら作ればいいじゃない!」


「なに!?急に怖いよ!?」


 未だ座学を教え続けるライがしっかり反応したというのに、モネは気にも留めず教室後方に積んである木材のほうに歩いて行ってしまう。制止をかけるために手を伸ばしたが、もはやそれだけで言いはしなかった。リベルもそうだが、モネもモネで中々自由に動いてくれる。仕方なしと、座学の教授を続けるためもう一人の生徒に向き直る。しかし、ため息をつかざるを得ない。一応の配慮とこれまでの労途を霧散させないために控えめにはしておく。


 それでリベルはというと、ずっと窓から空を見て欠伸を繰り返している。目の端に涙を浮かばせ、口元はもにょもにょと動いており、退屈であるというのを示すには十二分である。やはりため息が出る。


 だが、ライは熱心に講義を続ける。あの者の連れて来たというのもあるし、何より最初の生徒である。できうる限りのことをして、絵で美を示すことの尊さ、楽しさを知ってもらいたい。きっと叶えてみせる。


 他人に教わることは多々あれど、教えたことは少なく、いろいろ四苦八苦工夫をしてみて教えていたが、実際功は奏しているように思われる。モネはもともとそれなりに描けていたが、より見たままのモノではなくなってきた。全く描き方というのを知らなかったリベルでも、心得てきている。少年においては絵が描けるようになって単純に楽しいらしい。現時点で一つ成功できているのでライは秘かに嬉しい。もっとも、モネは先ほどのように退屈を限界突破すると勝手にやりたいことをやってしまうし、対してリベルは放っておくと描くのが太陽ばかりで教えた技能を活かし切ろうとしてくれない。そう思うと、なんだか今していることが分からなくなってくるライである。


「―———ってコトなんだけど、分かったかな?」


 正直、特に反応は返ってこないだろうと思っていたが、うつらうつらとしていたリベルが目を開けて反応してくれた。モネは釘と金づちをもって作業を進めている。横にはいつのまにか設計図が完成していた。


「いや。よくわからなかった。なぁ、もう外に描きに行きたいんだけど」


 少し期待していたライであったが、また外れてしまった。以前の苦笑を浮かべる。


「ええぇ、ちゃんとこれまでの歴史、変遷を知った方が表現方法のアイデアの幅も定まっていいと思うんだけどなぁ」


「どうでもいいよ。大体アイデアの幅ってなんだよ。自由に描いていいだろ。ぼくはぼくが描きたいように描きたいものを描きたい」


「すごいことを言うね、キミはさ。そうできたらどれだけいいか」


 ライの目は細める割に眼光が強い。しばらくの逡巡を経、優しく首を振る。そして口を開きかけるが、


「すればいいだけだろ」


 と言われてしまう。口をまたつぐむ。再度しばらくの静動、ようやっと口が開けた。


「そうだね」


 そんなリベルをもう見ていられなくて、ライは窓から遠くを見る。あの辺りは広場の方面だ。


「分かったよ。今日はここまでにしよう。外に描きに行くよ。キミの言うとおり、好きに描いてくれていいよ」


「よし!モネ!行くぞ!」


「ちょっと!危ないって!」


 モネの腕を鷲掴み、連れ去る。作りかけのロッキングチェアはそのまま置いてかれていった。彼女の手には足に使うのだろう木材と金づち、そしてつなげるための釘が握られたままだ。確かに危ない。


「眩しいよなぁ」


 後手に手を組み、外を見る。ライの目は太陽を捉えてはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る