神美派Ⅶ
急に走り出して息が絶え絶えとなっているモネと対照的に、リベルは目をキラキラとさせて空を拝み倒している。それは最早雨乞いの動作ではないか。
「はぁっはぁっ。太陽を、描きたいのはもう、重々承知だけどもっ!私を連れて回らなくてもよくないっ!?」
「なに言ってるんだ!モネ!ぼくに一緒に連れ立つよう言ったのはモネじゃないか!」
「いやっ、なんだろう、うん。もういいよ……」
「いい天気だねー。絶好の絵描き日和ってところかな」
ライが手庇をしながら中庭に下りてくる。もう片方の空いているはずの手には何も埋めていない。
「うん。それじゃ二人とも好きに描いてね。僕は適当に周りを眺めているから、何か聞きたいことがあったら来てね」
存外に粘ることもなく、ライはすっと花壇のほうに歩いていった。ずっと花を眺めるつもりのようで一緒になって根を下ろす。
「よし!モネ!ぼくの描く太陽をまた見てくれ!」
「えー。ここのところずっと太陽ばっかりでしょ。それに、絶対に太陽以外の建物とか、空さえも描かないしさ。そろそろ違うの描きなよ」
「いやだ。太陽しか描きたくない」
「はいはい。好きにしなよ。私はロッキングチェアの続きをするから、いったん教室に戻って資材諸々取ってくるよ」
リベルはモネを横目で見送る。足取りは重いようで、しばらくは帰ってこなそうだ。別段、それで何をするわけでもないが、よりあの太陽には集中できそうである。
睨む。よく見るためだ。
今回はどう描こうか。これまでは見たままに白い点を描いたり、温かさの表現のために赤くしたり、黄色くしたりもしてみた。輪郭だって最初は黒で縁取りしていたがそれも止め、ほんの少しだけ黒を混ぜたほぼ白でやっている。しかしどうもしっくりこない。唸るリベルである。
ぐんぐん首を回していると、チリと爆ぜる音が頭に響いた。洞窟から美の価値域に至るまでのいつかの夜だ。火というのを知って間もない頃だったと思う。モネが教えてくれたのだった。太陽というのは、大きな大きな火であるらしい。そしてさらに、串に刺した肉をもって焚火の中心に当てて見せ、その青い部分がとても温度が高いことも教えてくれた。赤よりも、もちろん黄色よりもだ。実際、青い部分に当たっていた肉はいつもよりすぐに焼け、周縁の火にしか当たれなかった肉はまだ焼けていなかった。
あれだけ大きな火なのだ。温度が低いなんて考えられない。ずっと遠くにあるのだとも聞く。ここから白く見えるのはそのためで、実のところは青いのかもしれない。そう思って、リベルは今回青く太陽を描いてみることにした。
一心不乱に青く円を塗っていると、いつの間にやらモネが帰ってきていたようで、脇でトンテンカンテンしながらのぞき込んで聞いてくる。
「ん?今日は青くしてみてるんだ。なんで?」
「前に火の青い部分が高温って聞いたから」
「あー。まぁ、確かに。言ったね。……うーん、どうしたものかなぁ」
作業の手を止め、数秒目を瞬かせ、反転、瞑目し腕を組み始めた。付き合いもそれなりで、リベルとてそれでモネが意図していたこととはズレているらしいことは汲み取れるようになっている。
「なんだ。本当の色を知ってるのか?」
「いやー?どうだろうね。でもきっと君なら本当に大事なことは君の目で確かめたいんじゃないかな。本当かどうかをね」
「そうか?」
「そうだよ。君には道中、いろいろ教えてきたけど、実際に確認しないとあまり納得してなかったじゃない。これまではたまたま実物を用意できるものばかりだったから気にならなかっただけだよ」
「そうか。それにしても太陽の色なんてどうやって確認すればいいんだ?」
「少なくとも、私の価値域に来れば分かる……かもね。ただ、納得までは分かんないよ」
ようやく太陽を塗り終え、モネと一緒に空を見上げる。自分の太陽を並べ、見比べる。空の色と同じだ。これでは太陽の特別性がなくなってしまっている。もっと言えば、肩身が狭そうさえある。加えて青よりも白の方が大きな気がして、どうしても表し切れていないと思ってしまう。
「まだまだ先なのか。やっぱり難しいな」
「そうだねぇ」
最後の足となるだろう角材をひじ掛けに、モネが年寄りめいた声でぼやいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます