神美派Ⅴ
「お前!戻ってきたのか!?久しぶりだなぁ!」
男はぎょっと目を見開き、硬直する。とにかく早く眼を背けたいようだが、うまくいってくれていないのだろう。その目はその場を離れようとする体とは反対に小刻みに揺れていた。
「おお、久しい……な」
対して出てきた男は好意的に続ける。
「おう!それで、そちらは?」
さっぱりと流し、モネたちに向き直って問うてくる。
「私たちは——」
「君の生徒、新しい絵描き希望者たちだ。全く描き方というのを知らないらしいから教えてやってくれ。以上だ。さらばだ」
連れて来た男が口早に遮り、一方的に立ち去っていく。
「あ!おい!待てよ!まだ話は終わってない……」
手を伸ばすが足は伸びない。歯がゆさゆえか、教室のドアに立つ男は口を真一文字に引き結ぶ。
「追いかければいいんじゃないの?」
モネが眉をハの字に曲げ、男の伏せた目に入る。しかし男は首を振り、腕を力なく下げるだけだ。
「いいのさ。アイツにはアイツの考えがある」
「へー。そういう気づかいあるんだ」
「ちょっとキミ、失礼じゃないかい?」
「うーん、よく言われるね」
「だったら余計ダメだと思うけど」
「いいんだよ。モネはいつも通りだ」
リベルが割って入ってきた。モネを見、してやったという顔である。それでモネはというと、これまたふふんと得意げに胸を張っているものである。
「いや、だからね……もういいや。キミたちは絵を描けるようになりたいんだよね?」
「そうだ!」
リベルが威勢一杯に応えるものだから、男は苦笑から破顔する。随分と柔和な笑みを浮かべるものである。眉間のしわは一体なぜついているのか、見当がつかないほどだ。そのまま男がモネもつい一緒だと思ったようで、視線をよこしてくる。
「いやいや!私は別にそこまでじゃないから。この子だけでいいよ」
「そうなのかい。それは残念だなぁ。実はね、この教室全然生徒がいないんだ」
しゅんと背中を曲げる様からして嘘はないらしい。
「え?何?すっごいスパルタとかってこと?だとしたら嫌だよ。リベル、帰ろう」
「スパルタ?なんだそれ」
「ちょちょちょ!待って!お願いだから!僕はそんな教え方はしないから!」
リベルの腕を引いてすっかり帰るつもりだったモネに縋り付いてきた。モネはドン引きである。不快の目を向けている。
「うわぁ。そんな目で見ないでおくれよ。違うんだよ。この間就任したばっかなだけなんだよ。これから、これからね?開室したことを知らせるビラを貼って配って周知するところだったんだよ。信じてよ。お願いだから。ね?」
「そんな矢継ぎ早にまくし立てるような奴って信用のしの字も置けないものなんだよねー」
モネはほっぽり置いて継続して去ろうとする。だが、手に握っていたのは杭らしい。動けなかった。
「なぁ。おっさん……でいいのか?絵の描き方は教えてくれるんだよな」
「え?うん。ずっとそう言ってるだろ」
「そうか。じゃあ、教えてくれ」
男の脇をするりと抜けて教室に入っていってしまった。モネはというと、またかと額を抑えている。
「あーあ。リベルらしいね。ほらおじさん、第一生徒が入ってったよ。大事に教えてよね」
なおもぼうっとしている男であったが、言った後のモネに肩を叩かれたことではっきりしたようだ。すぐさま背中をピンと張り、足早に教室に戻っていった。そして教壇に立ち、大仰に手を広げる。
「ようこそ!絵画教室へ!僕はライ。よろしくね!キミたちを立派な絵描きにしてみせるよ!」
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