神美派Ⅳ

「一体あの扉の太陽と何が違うの?私にはさっぱりだね」


 隣にやっとの思いで追いついたモネがリベルに問う。


「扉にあったのは、なんかこう、そのまんまだったんだよ」


「うーん?あのおじさんの絵もまぁまぁそのまんまだったと思うけど」


「違う、気がするんだ」


「そ。あれかな。色があるないの話?」


「わからない」


「そか。別にいいよ。リベルのおかげで工程に乗っかれたからね。えらいねぇ」


 モネはリベルの頭を撫で繰り回す。髪の毛がぐしゃぐしゃになるほどだ。まだまだ続けたかったが、リベルはすぐさま抜け出してしまう。こちらを一向に見ようとしてくれない。


「あれ。嫌だった?」


「いや、そうじゃ、ない。その、あれだ。さすがに恥ずかしいってやつだな、うん、そうだ」


 納得したようでうんうん一人頷く。その様がまたほほえましく、モネは今度はヘッドロックをかけて撫で繰り回すことにした。暴れるリベルであるが、もう必死さは感じられない。


 二人の様を流し目で見ていた男が不意に立ち止まる。


「まったく君たちは、なぜ大人しくするということができないのだ?ほれ着いたぞ」


「騒がしいのはモネだけだろ。ぼくは悪くない」


「えー、ひどいなー。おかげで和んだと思うんだけどなー」


「果たして本当にそのためなのかね?」


「そうに決まってるでしょ。精神には厳かさがないとね」


「ほう。君もそう悪くはなさそうだな」


「それはどうも。で、ここが?」


「うむ。アートアカデミーだ」


 指示された方を見やると、そこにはたっぷりの既視感を伴う建物群があった。どこだろうか。すぐに思い出せた。ジスセンである。体美派の本拠地ともいうべき場所だ。建物の構造、配置どれもそのままである。しかし違いはある。どの面の壁も絵や彫刻が施され、そうでなくとも色が塗られている。ジスセンはただとにかくシンプルに、色はといえば白か、あっても黒程度であったところからすれば全く違う。


「へぇ、面白い見た目だね。ガチャガチャしている気もするけど」


「うむ。各人が勝手に飾るものだからいつものごとく統一感がないのは同意だな」


「それは大丈夫なの?」


「言っただろう?勝手に飾るものだと。気に入らないとなればその者が塗り替える。それだけだ」


「いや。うーん……そういうことでもないんだけどなぁ」


 そんな二人を尻目にリベルはさらに目を広げる。ジスセンでは広い陸上運動場であった場所は、一段上がった箇所を覗き込むように長いベンチが扇形に並べられている。今は人間がいないが、あそこで何かするらしいことは分かる。またいろいろ目を飛ばすと、男同様に風景を絵に起こしている者も勿論いたし、一人ずつ聞けばむず痒いだろう歌声の重なる集団もいた。そんなように集中してみていると今度は肩がぶつけられ、とっさに見返したがその人間はメモとペンを両手にぶつくさ独り言を呟くだけで歩き去ってしまった。


「おっさん。ぼくはどこに行けばいいんだ?絵を描くには」


「まずは……いや、私が案内しよう」


 男が先導して施設の中を歩いていく。一番後ろのモネがあまりの静寂を切る。


「ん?何か利用証とかはいらないの?」


「まさかとは思うがどこぞのあほう共のとでも間違っているのではないかね」


「ああー、あれだよ、スラムとかも考えると何かしら証は必要なのかなーってさ」


「ここは来るもの拒まず、価値なき者は追い出す、それだけだ」


「えっと、それって誰が決めるの?」


「ここにいる者たちだな」


「あはは、大層な人間たちだね」


「ここでそういうことは慎んだ方がいいぞ」


「そうなの?でもやっていることは最早秤ノ守の裁定みたいじゃない」


「賛否、称賛、栄光、希望……裁定ではない」


「はいはい。分かったよ」


 男は否定する割にはその語気は広場の時より弱い。またしばらくの沈黙が続く。今度それを破ったのは存外に男だった。絞り出すような咳払いをしてから話しだす。


「ここまで連れてきておいて言うことでもないのかもしれないが、あまり長居をするものではないだろう。ここはすでに場所の名前通りになってしまったからな。やり方を覚えたのなら早めに出ていった方がいい」


 男が立ち止まり、腕を組んで壁に寄りかかる。そして首の動きでもって示す方には教室のドアがある。


「ここが絵の教室だ。全くの初心者の技術習得にはいいだろう。後は健闘を祈る」


 そう言い残して去ろうとした途端、ドアが開かれた。

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