町歩きⅡ
「メイクって体美派なのか?」
モネは昼食のパスタをくるくる巻き取る手を止め、目をぱちくりさせる。そのままリベルを見たまま、とりあえず巻き取り終わったパスタを口に入れた。首とともに目線を右上に伸ばしつつ、ゆっくりと咀嚼を繰り返し、飲み込む。その反動で向き直り、水を呷る。
「うん。どうなんだろ。まずは、体美派が何なのかって定義から始めた方がいいのかもね」
体をゆらゆら揺らし、また考える。
「もしかすると、この美の価値域における勢力から言った方がいいの、かも?」
「勢力?体美派以外にもあるのか」
「そうだよ。神美派っていうのがある。前に一回話に出たんじゃないかな。あの、体美派に行くにあたって使ったマッチョとの話の中でさ。絵とか、彫刻とか、音楽とか、文章とか……とにかく体以外の方法で美を追求する連中だよ。芸術で表現すると言った方がいいのかもね。となると、芸美派って言った方がもしかしたらいい?ま、あいつらがそう言いたいらしいし、どうでもいいし。別にいいか。あと、これは今のところは勢力と言っていいのかわからないけど、スラムもあるね。体美派にも、神美派にも加われなかった連中」
「体美派、神美派、スラム」
リベルは顎に手を当て空いている右手で指折り確認する。しばらく動きを止める。はっと目を見開いた。
「メイクって……どっちなんだ!?」
「ははは!結局わかってないんだ!」
ちょうど次のパスタを口に入れたタイミングであったため、モネは控えめに笑ったつもりである。
「そんな笑うことじゃないだろ」
鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。これじゃ判別つかないよね。私でも難しいかも」
「モネは確か、メイク道具は持ってただろ。それでも分からないのか?」
「分からないねー。それにしてもまだ一緒に旅を始めてから始めの頃で仕方ないけどさ、気付いたら私の鞄ひっくり返して遊んでた時はさすがに笑えなかったね」
「うぐ。ちゃんと謝ったし、あれ以来やってないだろ」
「もちろん。もう別にいいよ」
「あ、あれだ。メイクって顔に塗るんだよな」
「話題を変えるにしても露骨が過ぎるけどね。まぁ、基本はそうだろうね」
「モネはなんでメイクするんだ?」
「うーん。私がメイク道具持ってるのはいざというときの正装のためであって、普段はノーメイクだからなー……、きれいに見せるため、なのかなぁ」
「そのきれいっていうのは体の面なのか?」
「……結局顔も体の一部なわけだし、それをきれいにしようってことなわけだから、体の面なんじゃない?顔をキャンバスに見立ててーとか、特殊メイク―ってな場合なら、芸術性が前面に出るんだろうけど、どんなふうに見せたいかを主眼にしているなら、それは顔という体を通しての美の表現なんだろうからね」
「じゃ、体美派ってことで良いんだな。なんか見るからに体美派じゃないような奴でやってる奴もちらほら見かけるけど」
「そうだねぇ。おそらくだけど、体美派も神美派も、〝美〟の表現方法で肉体か芸術かって争ってるみたいだけど、実のところその〝美〟っていうのはイコール〝精神〟のことであって、根本の違いはないのかもしれない」
「精神。わかんないけど、ただ、やっぱりみんな同じなわけはないんだよな?」
「そうだね。私とリベルで志向が違わないと困るからね」
「だったら、精神そのものを美として捉えるのは変じゃないか?」
「さぁ?自分の精神の方向、形態、在り様なんかについてそれなりに知ったうえでそれを表現しようとしているのかもしれないけど、求めていることと今あるものは違うからね。将来に向かってどう在っていきたいかにしたって、それは美の追求として終わりがないことになる。終わりがないことこそ美とか言い出したら、価値の永続性の保証になるけど、そいつの生まれた時代はいつだって過去の遺産になるとも言える。
……ここまで話しておいてなんだけど、つまるところ、私は金の秤ノ守であって、美の秤ノ守ではないから、全部は分かりっこないんだよ。結論だってつけられない。それに実際本人でさえ危ういところなんだろうし。ここの値域民がへんてこなのも仕方のないことといえばそうなのかもしれないね」
「なんだかはっきりしないな」
「できないって言った方がもう割り切れるのかもね。ほら、パスタ伸びちゃってるよ。ちゃちゃっと食べちゃおう」
「……おう」
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