神美派

神美派Ⅰ

 昼食を取り終わり、リベルは腹いっぱいの満足感で腹を叩く。店を出てみると、近くにまた人間たちが集まっていた。その上を見る。土ぼこりは立っていない。それどころか、人間たちは盛り上がっているようだ。口笛を鳴らし、頭上で手を叩いてみせる。拳を上げる者もいる。


 ふらっと適当に散策を始めようと依然定まらない足を進めかけていたモネの袖を引き、リベルは集団を指す。


「なぁ。あれってなんの集まりなんだ?」


 言われてやっと視界に入ったのか、その目は大きい。


「さぁ。なんだろうね。とりあえず近づいてみよっか」


 リベルの袖をつかむ手を解き、そのまま握って集団に寄ってみる。


「よっと。うー……んっ。なんだぁ?見え、ない、ねっ」


 モネが背伸びをし、両手で双眼鏡を作るが、前の人間たちの背に負けて中々見えない。ただ崩れて辛うじて残ったのだろう石壁があるのみだ。リベルも倣って背伸びをしてみるが、少年リベルはまだモネと同じくらいの背丈で見えるはずもない。


 二人一生懸命ににょきにょきしていると、熱心さに耐えかねたのか、負けたのか、前で盛り上がっている者がスペースを空けてくれた。すかさず飛び込む。ようやく見えた。モネは一気に嫌そうな顔になった。


「うっ!やっぱダメ。戻ろう」


「?なんでだ」


「やだ!もっと休みたい!」


「えーっと?だから、なんでだ?」


「好奇心は猫をも殺すとか言うよね……。ははは。ワーカホリック、ばんざぁーい……」


 意味不明なことを羅列するモネは置いておいて、リベルは前を見直す。


 絵だ。


 壁に描かれている。


 今もまさに描いている途中である。


 フードを被った、だぼだぼの上下黒い服を着た男がスプレー缶を振る。また足した。


 足された一投に観客はまた賛美を送る。


 しかしリベルにはわからなかった。


 どうしても、それはかつてメモに描いてモネにバカにされた落書きと大して差を感じなかったのだ。


 確かに、リベルの鉛筆による紙の端に添えたものと違って、白と黒以外にもふんだんに使い、ぶちまけるようなそれのダイナミックさには圧巻されはする。だが、何の形もなく、何をしたいのかがどうもわからない。人間を描くでも、風景を描くでもない。


 うなだれ、活動停止しているモネの背を叩きながら下からのぞき込んでみる。


「モネ。あれのどこがいいんだ?まったくわからないぞ」


 陰に隠れる表情は読み取れないが、口は利いてくれる。


「……内なる精神の爆発、なんじゃないかな」


「なんだそれ。これでいいならぼくも描けそうだ」


「え?ちょっと待って!」


 モネの伸ばした手は空しいかな届くことはなく、リベルはなおもいる大衆をかき分けかき分け、最前列まで到達してしまった。さらにそこで留まることを知らず、一歩また一歩、進んでいく。描き終えたようで礼をしてみせている絵描きに並んだ。


 絵は下から上に行くにつれどんどん明るくなっている。一番下が漆黒、一番上が純白。この二極には一切他の混じりけがないことを再確認する。黒のスプレー缶を拾った。


 そして。


 一


 驚くほどの速さだった。上に少したわんでいるが、迷いはない。


 足したのはたったそれだけである。


「ゼロ」


 タイトルらしい。


 観客からは喝采が贈られることとなった。


 元の絵描きはリベルの捨てたスプレー缶で自分の顔を塗り、静かに去る。

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