第40話 事件の夜

 目標の時空間は無限の時空間の中に曖昧に存在している。


 曖昧にという意味は、存在の可否が曖昧なのではなく、その存在位置が曖昧であるという意味である。


 時空間は常にパラレルに無限分岐している。同じ年月日の同じ時間においても同様であり、無数ある時空間のどの扉を開けるかはその者の意思による。


 同じ空間における一瞬さえも常に無限に分岐し変化している。


 今の一瞬、空気を吸う自分、吐く自分、止める自分、その時にまばたきをした自分、しない自分、全ての一瞬が事象の無限の組み合わせにより異なり、その異なりから別の時空間が流れるのだ。


 時空間移動を行う神谷たち神霊教団が辿り着く時空間も目標に100%合致したものではなく、限りなく近似値の時空間でしかない。


 時空間における現象の微妙な差異は、その後の行動で修正していくことにより、求める時空間に限りなく模した時空間に変容させていくことは可能ではある。


 しかし真実としては時空間移動した者は、二度と元の時空間にも戻れることはなく、限りなく近似値の時空間を生きるのみである。


 時空間のトンネルを通り抜けて行く感覚は、移動者の想像の世界であり、そのトンネルが灰色と感じるものも黒や赤、又は青と感じる者も個々夫々である。


 『時空間のトンネルを通る』という共通認識によりトンネルを認識していると思われるが、そのトンネルさえもどの様に感じるかは個々の意識による。


 『降りるぞ』


 神谷の強い思念が頭に響き緊張が走る。何回経験しても不安が走るのは当然だ。飛び込む時空間がどんな世界なのかは保証さえないのだ。


 身体を取り巻く、脳を包み込む空気感が変わる。初めての移動で経験する目眩や落下するような感覚は、経験を重ねることにより慣れてはくるが、違和感が無くなるわけではない。


 『バチッ、バチッ』という電撃音とともに、空間が溶ける。溶けて開く。異なる世界への入り口が開く。


 暗闇の世界である。闇に目を慣らし周りの景色を確認する。どうやら事務室前の通路に降りたようだ。


 「皆、いるか?」


 神谷の囁きに、神介、伊勢、勇波の3人も互いを確認した。


 「全員揃っています」 


 伊勢が神谷に囁く。


 蒸し暑い。汗ばむ暑さだ。暗闇に目を凝らすとカウンター上に『営業課』の表示がある。事前に調査した八王子事務所の1階に移れたようだ。

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妖魔伝 希藤俊 @kitoh910

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