第27話 大事な日

 警察によるトイレに残された靴や衣類の確認、そして様々な現場調査が行なわれ、現場に居た榊原と山田の2人を中心に事情聴取が行われた。突然消えた牧野の話がほとんどであった。


 残業中の若い女子社員が突然消えた。閉ざされた建物の中で。一緒に残業していた山田に対して、警察が徹底的に取り調べを行ったのは、当然ではある。


 建物にどっと押し寄せた数十人にも及ぶ外部の人間の波の中に、立川のあの神聖教団で見覚えのある顔がいくつかあったのは、単なる偶然であろうか?


 突然、理由もなく人が消える『神隠し』などと呼ばれる事件は、既に過去にも何件も発生している。


 家族が、知り合いが、警察が、社会が、総力を挙げて消えた牧野の探索を行うが、何1つ確証が見つからぬまま、いたずらに時間だけが過ぎていった。


 解決されぬ事件は、いつしか時の流れに流され、忘れられてしまうのが常である。原因が無いままに人が消える。結果も不明なままに。消えた者は、二度と戻ることはない。


 なぜ消えるのか?

 どこに消えたのか?

 どのように消えたのか?

 今、生きているのだろうか?


 知っているのは神だけなのであろうか?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「もう、めんどくさいなぁ」


 つい愚痴がこぼれる。左手に掴んだ携帯は、既に20時30分を示していた。お腹も空いていたし、喉も乾いていた。


 2人だけの残業であった。係の先輩の山田は人事担当者である。人事事務がこの時期に忙しくなることは、4月に入社し庶務係に配置された時に、既に説明された記憶はある。


 牧野は給料事務を主として行い、山田が担当する人事事務の補助も行っていた。実は今日は牧野の23歳の誕生日であった。


 給料事務では残業の予定がない牧野は、数日前からデートの約束をしていた。とても大事なデートの約束だった。


 今夜はボーイフレンドの森根から、正式なプロポーズを受ける約束だった。もう2人が交際を初めて4年を向かえる。


 先週の日曜日、2人で見た映画の帰りのレストラン。食事の際に森根から突然、結婚を申し込まれた。いつかはそんな日を夢見ていた牧野は、小さな声で『はい』と答えた。美味しいはずの食事が涙でなぜか塩辛かった。


 今夜の誕生日に、森根から贈られる大事な指輪が薬指を飾るはずだった。絶対に今日は泣かないつもりだった。2人で楽しく将来の夢と美味しい食事を楽しむつもりだったのに・・・・・

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