第26話 消えた人影

 突然、後ろからかけられた声に、榊原は思わず身を固くし振り向くと、トイレの前の闇の中に人影が映った。薄暗くて顔ははっきり見えないが、男が立ち尽くしていた。


 「誰?どなたですか?職員の方ですか?」


 榊原は厳しい口調で聞いた。しょうがない。この時間でこの状況である。相手次第では飛びかかるつもりで身構えた。


 「3階の庶務のものですが、あれ、2階の庶務の、あの・・・・・榊原さんですか?」


 よく見てみると、何度か建物全体の管理会議で同席している見覚えのある顔である。


 「おお、榊原さん。どうしたんですか?何かありましたか?」


 「いや、残業中に喉が渇いたのでコーヒーを買いに来たら、トイレで物音がしたような気がしたので。山田さんはどうしました?」


 「いや、一緒に残業していた、うちの職員が飲み物を買いにいったまま、30分以上経っても戻らないので、ちょっと心配になって様子を見に来たのですが」


 「それが、今、呼んでいた牧野さんですか? 牧野さんは女性ですか?」


 「ええ、新人の女子職員です。今日も一緒に残って残業をしていたんですよ」


 「わかりました、山田さん、ちょっとこちらに来てもらえますか」


 男性用トイレの一番奥の個室に山田を案内し、中に残されたものを見せた。


 恐る恐る中をのぞきこんだ山田。まるで恐ろしいものでも見たように、ビクッと身体を痙攣させた。


 「な、な、何ですか?これは? これは、今日、うちの牧野が着ていた服ですよ。牧野は、うちの牧野は、どこ行ったんですか?」


 「いや山田さん。私も今、見つけたばかりです。物音がするのでのぞいて見たら、この状態だったんです」


 閉ざされた空間である。入口以外には外部と接する壁に設置された、20㎝四方の小さな窓があるのみであり、入口から入って入口から出る以外には動線は無いはずだ。


 しかし、蒸発した牧野が本人の意思により何らかの行動を取ったのか? それとも外部の侵入者による犯罪行為に巻き込まれたのか?


 牧野はどこに消えたのか?なぜ密室に服や靴の残されているのか?とっさに榊原の頭の中を、様々な考えが走り回った。もちろん答えなど見つかるはずもないのだが・・・・・


 「山田さん、まず警察に連絡を入れましょう。牧野さんは、何かの事件に巻き込まれた可能性があると思います。山田さんは職場の上司に連絡を入れてください、警察には私が電話を入れます」


 1時間後建物は、通報を受けた警察官、榊原や山田の職場の関係者、そしてどこから聞きつけたのかマスコミ等で騒然となった。

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