第25話 残されたもの

 1階には建物全体の入口がある。入口を入ると広いフロアがあり、フロア左端を曲がるとが奥に営業課、フロア右端の奥が開発調査課スペースとなっている。もちろん今は漆黒の闇に占領されれているが・・・・・


 フロアのほぼ中央に2階へ続く階段、そして階段の右には建物内の職員と来所されるお客様共用のトイレが設置されている。


 フロア右の一番奥、右隅の壁際に設置された自販機が、闇の中で青白く佇んでいる。急いでコーヒーを1つ購入し、2階への階段に向かった。


 小さな物音が、階段を駆け上がろうとした榊原の急ぐ足を停めさせた。


「カタッ!」


 階段の右手のトイレの位置かもしれない。階段に踏み出した足を停めて、耳をすました。もう既に誰もいないはずである。


 「ガタッ!」


 不安な気持ちが背筋を走る。緊張感が全身に溢れ、コーヒー缶を強く握り締めた右手の平が、じっとりと冷たい汗に濡れる。


 階段を上りかけた足をそっと下ろし、右手のトイレの入口をうかがう。


 かって泥酔したサラリーマンが、トイレの個室に入ったまま酔いつぶれ、誰も気づかないまま夜を迎え、残業中の職員を騒がせたことがあった。


 たぶん職員ではないはずだ。酔っぱらいか不審者かもしれない。いや、もしかすると泥棒や強盗などの悪意ある侵入者かもしれない。


 向かって右が女性用トイレで、左が男性用である。身体全体を耳にして気配を探る。


 「バチ、バチッ!」


 左の男性用トイレから、電気がショートするような音が聞こえたような気がした。入口のドアノブを掴み、背中をドアにピッタリ寄せ耳をつける。ドアノブを静かに回した。


 ほんの少しドアを開ける。隙間からそっと中をうかがう。暗い闇のみ漂っている。さらに大きく開く。何も見えない。


 大きく深呼吸をした後、思いきってドアの左側面にある照明用スイッチをいれた。


 向かって左側に4つの小便器、右側が3つの個室が並んでいる。一番奥の個室のドアが、まるで今、退室したばかりのように大きくスイングしていた。


 素早く飛び込んで個室のドアを開き、中をのぞきこんだ。


 小さな空間である。隠れる場所などあるはずがない。しかし誰もいない。


 何もな・・・・・くはない。ある。白いブラウス、紅いスカートと女性の下着、そして紅いヒールが転がっていた。


 『おい、なんだ? 何があったんだ?』


 わからない。誰か女性が居たのか?

 女性が男性用トイレを利用したのか?

 なぜ衣類やヒールだけが残ってるのか?


 「おーい牧野さーん! どうした?」

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