第18話 マースの怒り

 歴史の中で、無限の時空間の流れの中で、神介という存在の意味は何か?果たすべき役割は何か?


 今、『神の名のもとに』時空間を超えて大いなる闘いが始まる。


 暗い洞穴の中だろうか。ドロリとした深い黒色の岩壁に囲まれている。壁の一部が小さく揺れ始めた。その揺れが徐々に増幅する。揺れて石壁がまるで柔らかな水面のように滲む、滲んで歪んでいく。


 歪みの中に小さく朧げな影が浮かぶ。影は拡がり輪郭を結び、数体、いや4体の形を生み出し、美女、熊、虎、狼の顔をもつ4体の妖体が壁から出現した。


 「残念だったね。余計な邪魔さえ入らなければ、予定どおり処理できたはずなのに」


 出現したばかりの4体の先頭に立つ美女が、悔しそうに壁を強く拳で叩いた。黒い鋼のような壁がガシッと無機質な音を立てて火花が飛び散る。

  

 「グフッフッフ、マースさま。まあ、いいじゃないですか。あんな小僧ひとり、いつでも喰らえますよ」


 虎の顔を持つ魔物が、機嫌を取るように美女に声をかけた。


 「なぜ、あんな小僧ひとりに、妖魔王さまがそれほどこだわられるのか、まったくわかりませんな」


 熊の顔を持つ魔物が、誰にとはなく独り言のように呟いた。


 「熊王。このバカものが!ジュピターさまへの無礼は絶対に許さぬぞ。お前たちの余計な考えなどいらぬ。お言葉どおりに行動すれば良いのだ」


 美女の激しい怒りの声が、洞窟内の空気を震わせ凍らす。


 「マースさま、どうかお許しを。熊王、早く早くマースさまに謝るのだ」


 狼顔の魔物が美女の怒りを必死になだめた。


 「熊王、早く謝れ、早く謝るのだ!マースさま、何卒お許しを!」


 虎顔の魔物も、怒るマースと熊王の間に身を乗り出して割って入った。


 「マースさま、申し訳ありません、お許しを。けっして妖魔王さまのお言葉を軽んじた訳ではありません。目的の若僧は逃がしたものの、残りの家族は片付けましたので、つい安心して心にもない言葉を吐いてしまいました。お許しください」


 洞窟内で膝を付き必死に謝罪する熊王と、二匹の魔物の取りなしで、マースの怒りも何とか和らいだようだ。


 「もう、よいわ! 熊王、二度とジュピターさまへの侮辱は許さんぞ。白虎、狼牙も、もうよいわ、下がれ」


 何とか許しを得て安堵した三匹の部下を残して、暗闇に蝋燭を灯した程度の薄暗い洞窟をマースは独り進む。取り巻く空気は凍えるように寒い。

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