14 武者震い

 両想いということがわかった。

 でも僕は僕のなかの汚い気持ちをどう処理していいかわからない。

 登坂さんを独占したい、登坂さんと2人っきりになりたい。そういう汚い気持ちだ。

 父さんの車で家に帰りながら、そういうことを考える。父さんにどうした、と言われて、なにも、と答えた。


 父さんに雪の話をしておいた。冬タイヤと冬ワイパーは必需品で、ついでに車に積もった雪をはたくブラシやらなにやらが必要だ、と言うと、父さんは「そうか」と、窓の外の車列に目をやった。

 田舎なので大して混まないはずなのに、妙に通りが混んでいる。どうやら文化会館でなにか催し物があったらしいと父さんは言う。


「将棋部、どんな感じだ?」


「うん、楽しいよ」


「先生から教わるのか?」


「いや? もう1人の部員がアマチュア段位持ってて教えてもらってる」


「ほー! それはすごいな!」


 登坂さんはすごいんだぞ。なんだか嬉しくなる。


 家に帰ってきた。ちょうど生徒さんらが帰ったところで、母さんが茶の間を片付けていた。

 僕がそうめんを茹でた。よくぬめりをとり、皿に盛り付ける。みんなでずるずるやる。

 弟が、なにやら新しいゲームが欲しい、みたいなことを言っている。一緒にゲームしている友達がぼつぼつ新しいゲームを始めているらしい。


「お兄ちゃんと将棋指せばいいじゃない」


「だって将棋は東京の友達とできないじゃん」


 そうなのである、弟には東京に友達がたくさんいて、その友達とはゲームで繋がっている。

 その気持ちはとてもよくわかるので、

「僕もその立場だったら新しいゲーム欲しいって言うと思うよ」と答えた。母さんはため息をつく。


「ゲームソフトって高いのよ、7000円くらいするのよ。7000円あれば2日くらいの食費になるのよ」


「でもその値段で東京の友達と遊べるのはいいことなんじゃないの? 新幹線で会いにいくと思えば」


「……それもそうね。小さいころから仲良しの友達だっているんだし」


 というわけで、母さんは午後から弟とショッピングセンターに行くらしい。父さんはいわゆる「半ドン」というやつで午後はぐうたらするそうだ。僕はなにをしよう。


 まず将棋ノートを作る。きょうのまとめを書き、バインダーに閉じておく。

 それから課題を進める。やっぱり大した量ではないし、比較的簡単に感じるが、そこでナメてかかると痛い目をみる。

 しっかり来週の範囲を確認して、教科書を読んでおく。


 登坂さんになにかメッセージを送りたくなったけれど、用もないのに送っても迷惑だ、と自重する。

 その気持ちを読むように、登坂さんからメッセージがきた。開いてみると、


「親を説得して東京の大学に行きたいんだけど、なんて説得すればいいかな」


 というメッセージだった。そうか、僕らはもう高校2年生なので、そろそろ進路をなんとかしなくてはならない。

 いままで「大学もせいぜい県内」と言っていた登坂さんが、東京に行きたいと思ったのが嬉しくて、


「とりあえずセキュリティのしっかりした女子寮のついてる大学探すっていうのは?」

 と返信した。お嬢様女子大とかならありそうなことだ。


「ナイスアイディア」


 登坂さんのニヒヒ笑いが見えるようだった。


 さて月曜日。登校すると登坂さんが自分の席で予習していた。きょうはなぜかメガネをかけている。

「おはようマドノくん」


「おはよう。メガネ似合うよ」


「そうかな。コンタクトはお金がかかるからメガネに変えたんだけど」


「登坂さんコンタクトでも気にしなくていいんじゃないの?」


「チリツモってやつ。コンタクト代が浮いたらそのぶん遠くの学校に行かせてもらえるんじゃないかなと思ってさ」


 登坂さんはニヒヒと笑う。かわいい。


「マドノくんは裸眼?」


「うん、僕わりと視力あるから」


「わたし、ずーっと将棋の研究してるから視力が死んでてさ。部屋の蛍光灯つけるとジジジジーってうるさくて、ベッドサイドのゼットランプでやってるから」


 ずいぶんな環境だ。しかし登坂さんがそれでいいならいいのだろう。


「なんだぁお前ら付き合ってんのか?」


 唐突に、クラスの名前を把握していないヤンキー男子が声をかけてきた。それを聞きつけて、教室じゅうの目と耳が僕と登坂さんに集中する。


「それでなにか問題でも?」


 登坂さんは強い口調でそう詰めた。ヤンキーは登坂さんの気迫に押されてびくりとなる。

「い、いや……こわ……」

 ヤンキーはビビって顔をそらした。

 登坂さんはなんというか戦国武将みたいなところがある。一国一城の主だからだろう。プロ棋士の対局で、普段はおだやかそうな棋士がものすごく恐ろしい顔に見えるのと理屈は同じだと思う。


 その日の放課後、登坂さんはニコニコ顔で、きのうの将棋道場の話をした。来週、子供将棋大会があってプロ棋士が来るらしいのだが、公民館に集うおじさんたちの粋な計らいで、終わったあとに登坂さんも指導対局を受けられるらしい。


「よかったじゃん」


「久々に自分より強い人と指せると思うと、なんだかワクワクして武者震いするんだよね。たぶん二枚落ちだろうからなんとかフルボッコにしたいなあ」


 登坂さんは怖いことを言いながらも笑顔だった。かわいい。

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