13 かっこいい

 そういうわけで土曜日。僕は部活だから、と母さんに言ったら、「きょうはお教室の日なんだけど」と言われた。例の、ご近所の子供さんに工作を教える教室だ。車は出せない。

 母さんの大事な仕事なので困らせるわけにはいかない。父さんに声をかけると、ちょうど気分転換に場所を変えて仕事をするつもりだったそうなので、学校まで乗せていってもらった。


 部室に着くと、登坂さんが紙袋から棋書を取り出して、棚に並べているところだった。わりと初心者向けの本が多いようだ。借りて読もう。

「マドノくんおはよう。早速指す?」


「うん。あれ? その荷物は?」


「任天堂製の人気ゲームハードだよ」


 登坂さんはニヒヒと笑って、別の紙袋から折りたたみ将棋盤を取り出した。紺色の箱には「任天堂謹製」の文字。なるほど任天堂製の人気ゲームハードだ。駒のほうは、ふつうの木の駒だ。特に貴重なものではないらしい。


 駒を並べていく。登坂さんは慣れているのですらすらと並べていくが、僕はえーっとえーっとと駒を探してノロノロ並べる。


 並べ終えたところで登坂さんが六枚落として箱にしまい、僕らは「よろしくお願いします」と違いに頭を下げた。


「あのさ」


 登坂さんはパチリと指して呟いた。


「なに?」


「将棋部に新しい部員入ったらさ、2人っきりで指せないんだよね」


 登坂さんは表情を隠すような俯き方で盤を見ている。


「うん……まあ、そうだね」


「もしかしたら、わたし……マドノくんが、好きなのかもしれない」


 登坂さんはぽつんとそう言って、それからちょっと慌てた。


「い、いやもしかしたら単に学校で話の通じる仲間ができてうれしいだけとか、学校でも普及ができて嬉しいだけとか、そういうことかもしれないけど、……なんていうか、マドノくんってさ、特別なんだよね」


 小声の早口でそう言い、登坂さんは顔を赤らめた。

 僕もろうそくに火をつけたみたいに、顔をぼっと赤くした。


「特別って言ってくれるんだ。なんていうか……」


「いやだよね、こんな根暗で下がり眉で蛮族の女子。東京にいけばもっとオシャレな女の子いっぱいいるんだろうし。いやだよね、うん」


「そんなことない。登坂さんはかっこいい」


「かっこいい」


 想定していない意見だったらしい。


「登坂さんはすごい、なにか一つのことをそこまで好きになれるなんて。そんなに強くなれるなんて」


「そうかな。お世辞じゃなくて本気だって受け取っていいんだよね」


「もちろん」


 ああ、また好きだって言いそびれた。


 午前中、3番ほど指して、とりあえず学校を出た。やっぱりぜんぶボロボロに負けた。

 教わったことを反芻する。送りの手筋。飛車先は軽くすること。角の利きは止めづらいこと。


 なにかおやつにしようか、と登坂さんが言うので、コンビニでフラッペを買おうかと提案すると、

「面白そうじゃん。やったことないんだよね」

 と、登坂さんはやっぱりニヒヒと笑うのだった。


 コンビニでチョコフラッペといちごフラッペをそれぞれ買い、コーヒーの機械にセットしてミルクを注ぐ。登坂さんもおっかなびっくりそうしている。


「……できた。面白いね」

 よくかき混ぜて、近くの公園のベンチにかける。この街は秋が早い。夏休みが終わったと思ったらもう秋の気配だ。


「ここってすごい雪降ったりする?」


「うん、雪は降るよ。でもそれより路面の凍結がエグいかな。冬タイヤとか冬ワイパーとか用意しないと命に関わるってご両親に教えてあげて」


「わかった。雪かあ」


「スキーってやったことある?」


「ないなあ。修学旅行で北海道行ったけど、そのときは夏だったし」


「ここさ、小学校で冬に体育をやるってなると確実にスキーだよ。弟さんスキー板とか持ってる?」


「持ってない……けど」


 登坂さんは、


「小学校のときさ、同じクラスに長靴スキー持ってきた子がいてさ。先生にめちゃめちゃ怒られてて、でもその子は長靴スキーしか買ってもらえなかったんだよね。学校って理不尽だね」


 と、唇を噛む。


 登坂さんはたくさんの理不尽を見てきたのだ。あるときは友達の、またあるときは自分自身の。

 自由にいい加減に育った僕が、登坂さんになにか幸せを見せてあげることはできないのだろうか。


「スキーって楽しい?」


「うん、スキー場でリフトとかゴンドラを使うぶんには。校庭の山をカニ歩きで登って滑ってグラウンドを一周してまたカニ歩き……っていうのはひたすら苦痛。そりゃもう苦痛」


 そういうものなのか。でも確かにそうかもしれない。


 そこでフラッペが終了した。さて帰りますか、と登坂さんは立ち上がった。

「マドノくんはなにで帰る?」


「父さんに迎えに来てもらう。……あのさ」


「なに?」


「……僕、登坂さんが好きだ」


 登坂さんは目をぱちぱちして、しばらく空を見上げて「いやー……」と、もうじき投了する棋士みたいな顔をした。


 それから、いつものちょっと悪い笑顔で、

「両想いじゃん」


 と言って、ニヒヒと笑った。笑うことで誤魔化しているのか、はたまた本当に笑っているかはわからないが、両想いなのは確実なのであった。

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