第3話『屋上の昼食会』

 夷塚悟と岸野陽花里、二人が並んで登校してくるのを教室の窓から見下ろす二人の男子がいた。

 二人とも眼鏡をかけ、学園の制服に身を包んでいる。


「ゴミがきたようだな」


 眉間に皺を寄せたやや神経質そうな四角い眼鏡をかけた男子がつぶやく。


「まったく不愉快だね、まだ僕たちに迷惑をかけるなんて」


 丸眼鏡の男子が同意して大きく頷く。


「対応は」

「シャドウが動いたから、昼休みまでにはカタがつくはずです」

「いつまでも調子に乗せておくわけにはいかないからな、少々痛い目にあってもらおうか」

「そうだね、僕たちが楽しい学園生活を送るためにも、邪魔者には罰を与えないと」


 悟と陽花里、二人の姿が校舎に入り見えなくなると、二人の眼鏡男子は静かに窓際から離れていった。








 いつもの教室。


 いつもの授業風景。


 変わった所は特に見当たらない。


 不良たちのトップ盾崎丹狗が金髪から白髪になったり、担任が精神をやって入院したり、岸野さんがこっちを見て手を振ってきたり、朝すれ違った伊賀野帆影さんが居ないのに出席扱いされていたり、青磁芳香さんからメモが送られてきて俺のお弁当を作ってきたと書いてあったりしたくらいだ。


「…………」


 あら不思議、よくよく考えてみたら、かなり変わっていますけど。

 どうして俺は変わった所は見当たらないなんて判断をしたんだ。

 時間が進むにつれ、不思議な事がどんどんと増えていってます。

 極めつけは、昼休みのチャイムが鳴った直後のこと。


「お昼だー!!」


 クラス一番の元気女子にして運動部系の後輩たちから絶大な人気を誇るショートポニーテールの真帆津まほつ紗里さりさんが自分の時間が来たとばかりに歓声を上げる。第一印象の通りスポーツ万能で中学時代には女子サッカーの世代別代表に選ばれたそうだ。


 どうしてか、挨拶程度の関係なはずの女子のプロフィールが自然と頭に浮かんでくるんだろう。俺は彼女がサッカーをやっていたなんて話聞いたことも無いはずなのに。


 それと今気が付いたんだけど真帆津さんって確か小柄で身長はクラスで一番小さくなかったっけ、座っていたときは違和感なかったけど、立ち上がるとクラスの平均位にはなっているんだけど。


「サトッチ、今日はどこでお昼食べる。天気も良いし屋上にしようよ」


 サトッチって俺の事ですか。


 まるで毎日一緒にお昼を食べているように話かけてくるけど、俺は高校生になってから女子と一緒にお昼を食べたことなんてない。

 無いはずなんだけど、また幻覚がスタートするのか。


『やっぱりヨシカッチの作る料理は美味しいね』


 山の中腹に作られた夜営地で、青磁さんが作ってくれた料理を口いっぱいに頬張る真帆津さん。今日は虫型魔物の群れと遭遇してしまい、危険な場面もあったけど、真帆津さんの殲滅魔法でピンチを切り抜ける事ができた。そのため今日の夕食は真帆津さんのリクエストが採用され魔物肉のから揚げが山盛りに並べられた。


『今日もサリの魔法に助けられたな、ありがとう』

『私のジョブが魔法使いなんだから、魔法を使うのは当たり前じゃん、それにサトッチの影縛りで動きを止めてくれたから、狙いやすかったの、こっちこそありがとうだよ』


 感謝を伝えたら感謝をし返されてしまった。

 初めは馬鹿にされていた俺のジョブでも役に立てていると嬉しくなる。


『やっぱり外で食べるお肉はから揚げが一番だよね、サトッチはお弁当のおかずは何が好きなの』

『そうだな、俺もお弁当で食べるならから揚げが好きかな、あとは卵焼き、このコンビに勝てるお弁当は無い、いつか学食の鳥のから揚げ弁当を食べてみたいと思っているんだけど予算の都合で手が出せない』

『でしたらわたくしがサトルさんのお弁当を御作りします。こちらに来てから料理の腕も上がりました。きっと日本の食材でもサトルさんの舌を満足させてみせます』

『私だって頑張るよ、サトルくんのお弁当作る。料理に関してはまだまだヨシカには勝てないけど、いつまでも負けているつもりはないから』

『燃えてるねヨシカッチもヒカッチも、だったら向こうの世界に帰ったら、学園の屋上で、皆でお弁当食べようよ』

『屋上でみんなでお弁当会、いいわね、とても楽しそう。楽しいに決まってる』

『新たな目標が出来ました。より料理の修行に打ち込むことができます。料理だけはヒカリさんにだって負けません』


 いつもは控えめな性格のヨシカだが、料理に関してだけは譲らない。


『回復魔法の練習も忘れないでね、ヨシカッチが私たちの生命線なんだから』

『もちろんです。食事からケガの治療まで、わたくしにお任せください』

『おお、今のヨシカッチなら火炎魔法を使えそうなくらい燃えているね』


 幻覚の中では旅をしているので、お昼だけじゃない、朝も晩も一緒に食べた経験があるのか。




 流されるまま俺はお昼ご飯を食べるために屋上へとやってきた。

 参加メンバーは、俺の事をサトッチと呼んで誘ってくれた真帆津さん。お弁当を作ってきてくれた青磁さん、そして今日一緒に登校してきた岸野さんと俺の四人。

 男子は俺だけ。

 もう一度、男子は俺だけ。

 クラスメート男子の突き刺さる視線はまるで具現化した針のようであった。

 これは幻覚だと思い込みたいが、青磁さんが渡してくれた俺の分のお弁当、その確かな重みがこれは幻覚ではないと訴えてくる。


 お昼休みになってすぐにやってきたので、屋上には俺たち以外誰もいない。

 渡されたお弁当を開いてみれば、そこには幕の内弁当とでも呼べばいいのか、キレイに飾り付けられたおかずに、三食に色分けされた粒の立ったごはんなど、俺の好物が敷き詰められていた。これは箸を入れるのが勿体ない芸術品に見えてしまう。


「あ、あの、青磁さん、これが俺のお弁当?」


 取り間違えたのではないかと聞いたのだが。


「お嫌いなモノが入っていましたか、サトルさんの好みは全て把握したつもりになっていましたが、やはり場所が変われば食材も変わってしまい、不覚です」

「え、いやいや、全然違うから、ちょっとすごすぎて驚いただけだから」


 そんなにあからさまに落ち込まないでください。そしていったいいつ、俺の好みを把握したのですか。


「よかったです」


 安堵で学園一立派な胸をなでおろす青磁さん。たったそれだけの仕草なのに目のやり場に困ってしまう。

 会話が途切れて沈黙。

 ちょっと気まずくなった空気をヒカリさんが絶妙なタイミングで変えてくれた。


「サトルくんが好きだって言ってた鳥のから揚げと卵焼きをたくさん作ってきたから、よかったらこれも食べてみて」


 岸野さん自ら作ったらしい、おかずをお弁当箱の蓋に置いてくれた。


「ずるいですよヒカリさん、今日は私のお弁当を食べてもらう日って約束したじゃないですか」

「男の子なんだから、おかずが少し増えるくらい大丈夫だよね」

「え、ああ、このくらいなら、ぜんぜん食べ切れるよ」


 岸野さんと青磁さんの手作り弁当なんて、例え腹がはち切れても残すなんてありえない。


「そうなんだ、それじゃ私の時は大盛り弁当作ってくるから」


 大盛り宣言をしたのは真帆津さん、彼女も俺にお弁当を作ってくる気満々みたいだ。

 本当に流されてここまで来たけど、この状況は一言で表すなら、ハーレムなのか、信じられないが三人からは高レベルの好意を感じてしまう。


 俺は二日前の爆発で実は死んでしまっているのではないか、ここは現実に見えるけど、天国で極楽浄土、俺が無意識に抱いていた願望が具現化したあの世ではないか。

 突拍子もない仮説だけど、現状を説明するには俺の無知な頭ではこれが限界だ。でもそれ以外に考えられない。そうか俺は死んでしまったのか。

 ごめん母さん、先立つ不孝を許してください。

 一生懸命働いて学園にまで通わせてくれたのに、俺だけ天国を味わって申し訳ない。


「おい夷塚!!」


 あの世は天国だけでなく地獄もやっぱりあったか。

 登場したのは鬼役だろう不良男子たち。

 デジャブかな、二日前に警察署からの帰宅時にも似たような展開があった気がする。

 ただ今回は、明らかな敵意を感じ取れてしまった。

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