序章Ⅱ



 クラスの美少女二人と楽しく話していたのが気に食わなかったに違いない。


 制服の上からでもわかるプロレスラー並の盛り上がった筋肉に何個も穴の開いた耳に付けられたピアスが恐怖を増大させて、あれ、ピアスが一つも付いてないぞ、それどころか耳の穴も全部塞がっている。

 そして何より、染められた金髪、根元だけ黒くなっていた髪が全て白に近い灰色になっていた。口にしたら殺されるに違いないが、白髪みたいだと思ってしまった。


 朝はいつも通り、金髪ピアスだった。

 あったよ、俺の傷跡以外にもクラスの変化が。


 岸野さんと青磁さんの俺に対する態度も大きな変化だけど、こっちは目に見えて確実に変わっている。

 そんな事を考えていたら盾崎が俺を見下ろす位置まで来てしまっていた。あれ、もしかして身長も伸びましたか、少なくとも、見下ろされるまでの身長差は無かったと記憶しているんだけど、百九十センチは超えていそうだ、怖さが倍増してます。

 悲鳴をあげたいけど、すぐそばには岸野さんと青磁さんがいる。二人だけには被害が及ばないようにしないと。



「サトル!!」

「な、なんでしょうか」


 ものすごい形相で睨まないでください。ちびりそうです。

 もうプライドなんて放り投げて土下座でもしてやり過ごすしかないか、財布の中身は全部献上します。数百円しか入っていないけど。


「すまん」

「へ?」


 何故か向こうが謝罪してきた。


「今は持ち合わせがこれしかないんだ、足りない分は今月のバイト代が出るまで待ってくれ」

「へ?」


 剣崎はお札を取り出すと、俺の手に握らせた。

 これってもしかして、今までカツアゲされたお金ですかね。確かに取られた総額には足りてないけど、残りも返してくれる気なの。


「本当は帰ってきたら真っ先に返すつもりだったんだが、サツの話が長くてこんな遅くなっちまった。それで、その、悪かったな、大切な金を無理やり借りちまって」

「へ?」


 ロボットの次は「へ」しか言えない人間になってしまった。

 どうなっているんだ不思議現象が続いて思考が付いて行かない。


「誓いは守れたねタンガくん」

「立派ですよタンガさん」

「よせよ二人とも、まだ借りた全額を返せてないんだから、誓いを守れたことにはなっていない」


 あれ、三人が長年の友人のように気兼ねなく会話している。

 俺の知る限り、女子二人と盾崎には接点なんて無かったはず。


『しっかりしろサトル、後衛のお前が盾役の俺を庇ってどうするんだよ!』

『はは、タンガが危ないと思ったら、体が勝手に動いてた』

『この大馬鹿野郎が、ヨシカ急いできてくれ、右腕から血が止まらない』

『サトルさんしっかり、今行きます!!』

『援護するわヨシカ、サトルくんの所へ急いで!』

『はい!!』

『いいかこの野郎、あっちに帰ったら借りた金、全額返すからそれまで死ぬんじゃねぇぞ』

『借りたって、カツアゲだったろアレ』

『男が細かい事を気にすんじゃねぇよ』


 幻覚の中の盾崎は豪快な性格はそのままに、良い奴になっていた。この幻覚の中ではまだ髪の毛は金髪で耳にはピアスが付いていた不思議。幻覚が薄れて感覚が現実に戻ってくる。


「この後一緒にメシでも食って帰ろうかと思ったが、一文無しになっちまったからな、先に帰るぜ、じゃあな兄弟」

「え、あ、おお、また学園で」

「おう、ヒカリとヨシカに襲われないように気を付けろよ」

「私は、そんなことしません!!」

「わたくしだってそうです!!」


 一体全体どうなっているんだ。

 思考が完全にショートした俺は、この後どうやって家まで帰ったかほとんど覚えていなかった。





 彼女が纏うのは光輝く白銀の鎧。


 手に持つのは神々しい光の剣。


 その姿はまさに光の騎士、持つ称号は覇道の聖騎士ロードパラディン。


 彼女は金色こんじきの髪をなびかせ疾走する。


 戦う相手は闇の力を纏った悪魔王。


 仲間たちの援護を受けた光の騎士であるヒカリの光速の剣が悪魔王の体をバラバラに斬り刻んだ。


 仲間から歓声が上がる。


 だけど俺だけは歓声を上げなかった。


『まだだヒカリ、まだ終わっていない』

『そんな、確かに手応えがあったのに』


 バラバラになった悪魔王が再生復元してニヤリと笑った。

 もう一度ヒカリの剣が悪魔王を捉えるが再び復活する。


『諦めるなヒカリ、奴には核がある。そこを破壊しない限り何度でも再生するぞ、核の位置を俺が特定してみせるから時間を稼いでほしい。ヒカリ、俺を信じてくれるか』


 ヒカリが使う強化系聖魔法セイバーフィールドは自身の身体能力を極限まで引き上げてくれる代償として術者本人に多大な負担をかけている。並の騎士では使いこなせない高等魔法で、仮に使えたとしても一瞬で体力がなくなり数週間は寝込むことになる。


 異世界転移者の特典で体が強化され聖騎士の称号を持つヒカリだからこそ継続して使うことができるが、それでも負担はかなりきついはず。


 それなのに。

 彼女はためらいもなく即答した。


『もちろん、私はサトルくんを世界で一番信じているから』

『その信頼に全力で答える』


 俺は左目に魔力を集中させて悪魔王の核を探す。ヒカリの為に一秒でも早く。


『ありがとうサトルくん、愛してる!』


 な、なんですとー。

 俺は自分のベッドで飛び起きた。


「夢、だったのか、そうだよな、夢だよな」


 普通、夢って目が覚めたらだいたい忘れるものだよな。


「なんですか、あの信頼度100パーセントオーバーの輝く笑顔は、それに、あ、あいして、ああああッーー」


 布団をかぶってジタバタ。

 夢だとわかっていても鼓動のリズムが終わらないドラムロール並みに早くなっている。

 布団の中で何度も大きく深呼吸して、なんとか落ち着きを取り戻した。それでも夢で見た映像は消えることなくしっかり頭の中に残っていた。


「金髪の岸野さんもキレイだったな」


 少しだけ色の変わった左目がうずいた気がした。

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