学園のクラスメート6分の1(7人)が急に優しくなった不思議な現象、これは俺だけの学園七不思議

江山彰

1章『帰還』

序章Ⅰ



 一限目の授業中、突然目の前で爆発が起きた。

 視界一杯に真っ白な衝撃に襲われて意識を手放す。

 気が付いたら放課後になっていた。

 クラスメート全員、机に突っ伏して倒れている。

 教師は黒板前で伸びている。

 校庭には警察車両がたくさんいた。

 俺たちクラスメート四十二人と数学教師で担任教師でもある一人が病院に運ばれ精密検査を受けた後、警察の方々に事情聴取された。

 信じられないことだけど、俺たちのクラス全員が半日ほど行方不明になっていたらしい。学園が警察に連絡、行方を捜査していたら放課後になり誰にも気が付かれず全員が教室に戻ってきていたとのこと。

 感覚的には一瞬で放課後になっただけ、聞かれても話せることなんて何もない。

 警察署の広い会議室、ドラマなんかで捜査本部が作られているような大きめの部屋、そこには長机が並べられ、それぞれが邪魔しないように距離を置いて聴取中。


「君の名前を教えてくれるかな」


 名簿を見ながらそんな質問をしてくる警察の人、たぶんそこに書いてありそうだけど、素直に答えよう。嘘をつく理由なんてないから。


夷塚いつかさとるです」


 次に年齢と学年を聞かれた。


「十六歳、高二です」


 今日が何日かわかるかとも聞かれた。


「四月〇日です」


 仲の良いクラスメートがいるかとも聞かれたけど。


「特にいません」


 としか答えられない。

 二年に進学してから二週間とちょっと、まだクラスメート全員の名前も覚えきれていない。ライトなオタクで、いじめの対象にもなっている俺に進んで話かけてくれるモノ好きは少ない。

 最後に事件のことで知っていることはあるかなと、一番聞きたいであろう質問をされたけど、本当に気が付いたら放課後になっていたので。


「まったく覚えていません。気が付いたら放課後で自分の席にいました」


 集団誘拐と騒がれた割に簡単に聴取は終了した。

 他のクラスメートもほぼ同じみたいだ、終わった順にもう家に帰っていいよと告げられている。保護者が殆ど迎えに来ているようだけど、俺の母さんはきていない。これは薄情だからではない、ひとり親の母さんは一度仕事に出ると連絡手段が無いのだ。販売員ヘルプ要員として働く母さんは毎日違うチェーン店を飛び回り、事務所も母のいる位置を正確に把握していない。本当はしていないといけないはずだけど、そしてスマホも持っていないので、仕事が終わらない限りは連絡の取りようがないのだ。

 なので俺は一人で帰る。

 帰りがけに精密検査の結果を聞いた異常はみられないとのこと、正確な結果は後日になるらしいけど、なぜか担任だけは酷い精神的ショックを受けて入院になったらしい。

 俺は異常なし、現代の精密検査で異常無しと出たんだけど、異常はあったんだよな。

 検査のため裸になって気が付いたんだけど、体中にケガの治った痕があった。完全に完治していて遠目にはわからないくらい薄くなっているけど、間近で確認するとわかる。


 お腹には大穴が開いたような痕。

 右腕には大型の獣、多分狼に嚙みつかれたような噛み痕。

 左手には手の甲から手の平まで矢に貫通されたような痕。

 肩から斜めに袈裟懸けに斬られたような刀傷の痕。

 両足には火の海を多分マグマの中を歩いたような火傷の痕。

 背中には三本爪の悪魔に切り裂かれたような三本筋の爪痕。

 そして極めつけは一度失って再生したかのような左目、黒だった瞳が少しだけ茶色に変わっていた。


 何これ、である。

 中二病を発症したのか俺は。

 すべて完全に完治しているが、昨日まで、いや、今朝制服に着替えたときには付いてなかったと断言できる。

 気を失っている間にいたずらで落書きされたのかと、擦ってみても消えることはなかった。


 そして不思議な事に、まったく知らない痕なのに、どのように付いた傷なのか明確にイメージができてしまう。どうして噛み跡だけで俺は狼だと断定できたんだ、マグマの中を歩いたって足無くなってるよ、背中の三本傷にいたっては悪魔に付けられたって納得している自分がいて少し怖くなる。

 プチパニック。解放され改めて考えたら、今更ながらのパニック状態になった。

 いったい意識を失っていた半日の間に何があったんだ。

 まさかネット小説によくある異世界召喚されて大冒険してケガしたとか、それで役目が終わったから記憶を消されて送還されたとか、そんなまさかねー。


「他のみんなはどうなんだろ?」


 意識を失っている間にこんな傷痕がついたのは俺だけなんだろうか。


「ようやく解放されたねサトルくん、おつかれさま」

「え?」


 突然、混乱状態の心を癒してくれる鈴の音のようなキレイな声に話かけられた。

 振り返ると、そこにいたのはクラスメートの女子の一人。


岸野きしのさん?」


 岸野陽花里ひかり、腰まで伸ばされた長く黒いつややかなロングストレートが似合う小顔の美少女。スタイルも良く、芸能界にスカウトされた回数が二桁もあると言われる学園一の美少女(俺ランキング諸説あり)、そんな岸野陽花里さんが話かけてきた。俺が岸野さんと呼んだら少しだけ悲しい顔をされた気がする。

 入学してすぐに一目惚れ、密かな片思い、二年に進級して同じクラスになれたと小躍りするほど喜んだのは二週間前のことだ。

 当たり前のことだが、この二週間を含め、学園生活において今まで一度もあいさつ以外で会話したことなどない。だって大人の教師ですら見とれる整った美貌を持っているんだぜ、そんなビッグすぎる高嶺の花がなんで俺に話かけてきた。


 しかも下の名前で呼んでくれている。


 幻聴だろうけど、俺の名前の部分を含めかなりの親しみが込められているように聞こえた。幻聴だろうけど。

 そして幻覚に違いないが、一瞬だけ岸野さんの姿が白銀に光る騎士鎧を装備した姿に見えた。

 なんだこの感覚は。


『危ない所を助けてくれてありがとう』

『な、仲間なんだから、当然だよ岸野さん』

『もう、また岸野さんに戻ってるよサトルくん』

『ごめん、ヒ、ヒカリさん』

『さん付もいらないんだけど』

『ごめん、ヒカリ!』

『よくできました』


 満面の笑顔で俺に笑いかける岸野さん。しかも俺と名前で呼び合っている。なんだこのイメージは、幻覚にしてはとても鮮明過ぎるだろ。

 恋人いない歴イコール年齢の俺が、憧れの少女とラブコメのような会話をしているなんて、宝くじを当てるよりもありえないだろ。

 やばい、眩暈がしてきた。


「大丈夫サトルくん」


 心配してくれた岸野さんは俺の顔を覗き込んでくる。とても近い、直視できずに視線を逸らすと。


「もしかしてまだ左目が痛いの、すぐに治療しないと」


 白くてきれいな指が俺の左顔を優しく包む。

 岸野さんの手が俺の顔に触れている。全身の血液が上昇して頭に集合してくる感覚に襲われた。あかん、体温を今計ったら四十度を軽く超えていそうだ。


「い、いや、ぜんぜん痛くない、です」


 うまく呂律が回りません。


「そうなの、ならいいけど、もし本当に痛くなったら、私かヨシカにすぐ言ってね」


 ヨシカ?

 それは誰、と考えたとき、もう一人の女子が近づいてきた。


「お疲れ様でしたサトルさん、お背中に痛みが出たりはしていませんか」


 え、彼女はもしかして、大企業令嬢の青磁せいじ芳香よしかさんですか。

 ヨシカって彼女のことだったりします?

 上級生よりもすばらしい肢体を持ち、その巨大な母性の象徴はクラスメートの視線をしばしば独占してやまない通称学園のお姉さま。その色香は学園一とささやかれている。岸野さんほどじゃ無いけど、背中まである髪は毛先のほうだけ少しウェーブしている。

 こちらも岸野さんと同じく、挨拶以外は会話したことのないクラスメートのはずだったんだけど、何故か彼女も親しげに話かけてくれるよホワイ。


『サトルさんはすごいですね、頼ってばかりで自分が情けなくなります』

『そんなことはない、ヨシカには皆助けられてる』

『それは、サトルさんもですか』

『え?』

『わたくしはサトルさんのお役に立てていますか?』

『当然だろ、ヨシカにはいろいろ助けてもらったし、癒されてもいる』

『よかった』


 青磁芳香が俺の腕の中に飛び込んでくる。何なんだこの幻覚は、抱きかかえた温もり、その立派な二つの果実が俺の胸板に当たる感触まで伝わってきそうなほど鮮明だぞ。

 この俺が学園のお姉さまを慰めて抱きしめるなんてことが、あるわけないだろ。


「サトルさん、もしかして本当に古傷が、私の癒しでは治しきれませんでしたか」


 私の癒しとはいったい?


「体、健康、背中、痛まない」


 ロボットになったのか俺は。

 精神はともかく体は大丈夫なので背中をさするのはやめてください。


「それはよかったです。でも、もし痛くなったらすぐに私に報せてくださいね。どんな場面、どんな時間でもきっと駆けつけますから」


 俺の手を握り力強く宣言してくれるのはとても嬉しい、まるで夢のようだ、夢なら覚めないでほしい。


「おい、サトル!」


 願いむなしく夢を破る使者がやってきた。

 髪を金髪に染めたクラス一の、いや学園一の不良男子。二年にして学園の裏を指揮っているとか、舎弟が百人を超えているとか囁かれる学園の恐怖を司る男、その名は盾崎たてざき丹狗たんが。俺は二年なってたったの二週間で、こいつから三回のカツアゲにあっていた。

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