#23 平和の終わりを告げる音

今日の修行を終えたあと、突然雨が降ってきて、私は集落にあるテントの中でみんなの帰りを待っていた。


「みんな、遅いなぁ⋯」

「そうやなぁ、もう結構時間経っとるし、いつ帰ってきてもおかしくないんやけど⋯」


私が帰ってきた時はまだレツハさんがいたのだが、レツハさんも今は外に出ていき、森がザワついているのを見て、メディが心配だからとヘインも颯爽と出ていった。


「⋯みんな無事でありますように」

「あんま行動してへんから何も言えんけど、多分無事やろ。弱くは無いしな。」

「そうだね⋯信じて待とう。」

「ただいま⋯です⋯」


そう言った途端にメディさんが帰ってきた。


「メディさん!大丈夫ですか!?びしょ濡れじゃないですか!それに出血も!はやくこっちにきてください!」

「いえ、私は大丈夫です⋯レツハさんに送ってもらいましたから⋯それよりも、ヘインさんが⋯!」


ヘインが?また無茶しているのだろうか。


「メディさん。落ち着いてください。レツハさんも行ったのなら、きっと大丈夫です」


そう言ってメディさんを私は宥める。だが一向に、落ち着く気配はなかった。


「そんなのじゃないんです…!ヘインさんの、精神の方が…!」


精神の方…?何があったのだろうか。そんなことを言っていると、外から足音が聞こえてきた


「帰ってきたのかな…?」


そしてテントの中へ入るための布を上げ姿が見えた時に、私とソルは驚愕した。確かにヘインとレツハさんが帰ってきた。レツハの表情は、悔しそうで暗く、ヘインは気を失っていて、おまけにとんでもなく返り血を浴びていたのだ


「何があったんや!?人間から奇襲でも受けてん!?」


驚いたのも束の間、ソルが1番にレツハヘ駆け寄る


「…奇襲を受けたのは俺たちじゃない。メディさんだ。それをヘインが助けたんだろうが…その人間のうちの1人を、今までにない惨い殺し方をしたようでな…そのことのショックと、疲労で寝てる。だから、そっとしておいてくれ」

「ヘイン…」


上の服だけ着替えさせて、ヘインのことをベットに寝かす。それにしても、あのヘインが我を忘れて人間を無惨に殺すなんて…以前、ヘインは人間が憎いとも言っていた。その理由は人間が他の種族の人たちを惨たらしく殺すからだ。だが今回の件に関して行ってしまえば、ヘインがやったことは彼が憎んでいる人間たちと同じことだ。その時の彼の心情は、どう言うものだったのだろう。私には想像できない…いや、想像したくもない


「ヘイン、さん…」


メディさんの表情が、恐怖が入り混じっているもののように見えた。おそらくは奇襲されたことから始まる“死”に対しての恐怖。そしてもう一つはおそらく


「メディさん、怖いんですね。ヘインが…」


そう話しかけるとメディさんはビクッと少し跳ねて、こちらを涙ぐんだ瞳で見てきた


「あ、はは…バレちゃいましたか…おかしいことですよね。本来、こんなことは思っちゃいけないのに…」


無理もないだろう。その時のヘインの威圧感は私は知らない。だが容易に想像できるほどに、帰ってきたときのへインの姿は凄惨なものだった。おそらく、相手はヘインの絶対に踏んではいけない地雷を踏んでしまった。それも、戻れなくなるくらい、深く。


「…仕方のないことですよ。恐怖の二段重ねだったんですから、そういう感情になるのも無理はありません。信頼してる人ほど、いつもと明らかに様子が違う表情を見せれば感情は大きく動きますから…」


いい意味でも悪い意味でも、このパターンは感情を大きく動かしてしまう。だからこそ、メディさんがヘインに対して抱く“恐怖”と言うのは紛れもなく、正常な反応であることには違いなかった。


「なるほどな…怒りでタガが外れてやっちゃいけんことやってしもたんか…ヘイン自身に怪我はないんやが、“闘気”が激しく荒ぶっとる。…相手はよほど、ヘインの“禁忌タブー”に触れてしまったんやな…」


ソルが今のヘインの状態を簡潔に説明する。だが人間側がヘインの過去を知るはずがない。なぜここまで怒ったのだろうか?


「気になってるか。ヘインがなんで人間を惨殺するレベルで怒ったか…原因はヘインこいつの過去にある。前、ヘインがそろそろ過去を話していいかもみたいなことを言っていたからな、俺の口から話させてもらうとするか」


そう言って語り出そうとした瞬間に


「…っ…待、て…まだその時じゃない…過去は、俺の口から話させてくれ…」


ヘインが急に目を覚まして、レツハさんに静止をかけた


「!ヘインさん!」


目を覚ましたのを見るなり、メディさんがヘインに対して駆け寄る


「っ、メディ…よかった…無事、だったんだな」

「良くないですよ!なんでまた無茶したんですかぁ!」

「いや、無茶はしていない…むしろ全然余裕だった…ちょっと、体力を余分に使いすぎただけだ。…お前が無事で、本当によかったよ…」


ヘインがメディさんに優しく言いながら、頭を撫でる。様子は、いつものヘインとなんら変わっていなさそうだった。恐怖感もすっかり薄れてしまったからか、メディさんもヘインに抱きついて離れようとはしていなかった


「ヘイン…お前、もう大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。迷惑かけてすまんな。レツハ」

「そ、そうか」


レツハさんが腑に落ちない表情でヘインを見る。おそらく、レツハさんは察しているのだろう。精神状態が全くもって大丈夫じゃないことも。メディさんにそれを見せまいとする彼の感情にも。


「メディ…こんなにくっついているが、俺のことが怖くないのか?」

「…怖くない、と言えば嘘になります。でも、助けてくれたのはヘインさんなんです。どんなに怖くても、ヘインさんはヘインさんなんですから」


その言葉を聞いて、ヘインが微笑む。その優しい笑顔は、普段のヘインとなんら変わっていないように見えた。そう、見せているのであろう


「…ソルグロス。話したいことがある」

「なんや?別にええけど」

「ああ、いったん、外に出るぞ」


レツハさんがソルを連れて外へ出る。何か、聞かれてはいけない話なのだろうか。


「ヘイン、後で話がしたいんだけど、大丈夫?」

「ああ、構わない。」

「うん、じゃあ他のとこで待ってるね、クレアちゃんのとこ行って来るから、動けるようになったら来て。」

「了解。」


ヘインは一言だけそう答えて、私も、クレアちゃんのところへと行くのだった。

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「話ってなんや?」


ワイはレツハに連れられ、外に出ていた。結構家から離れた場所やな。


「お前、組織の勧誘のために来たって言っていたよな?」

「そうやな。”組織の一員“としての目的はそうや。」


また再度確認したかったんかな。ワイの目的。


「嘘つくなよ。俺らを強くしたいって言うのも、その”組織の一員”に俺たちを組み込みたいからだろうが。身の安全の確保のためっていうのも、俺らに近づくための口実。現にお前は1人になったメディさんのことを心配して行くそぶりすら見せなかった。違うか?」


は?嘘?ワイがいつ嘘をついたって言ってんねんこいつ。それにメディ・フェイリアを助けにいかなかった理由か。そいや、話そ思て話とらんかったわ


「何が言いたいんや?ワイにアンタのお仲間を守ってもらいたかったんか?」

「違う。そう言うことじゃない。身の安全を守りたいって言ってたが、真逆のことをしているって言いたかったんだ。矛盾してんだよ。何が目的だ?」


ああ、そういうことな。こいつ偽物っぽいな。本物のレツハなら“仲間を守ってもらいたかった”っていう言葉に対して否定しないはずや。なんかの能力で変装しとるんかな?一回、カマかけてみるか


「あのなぁ、疑うのは別に構わんけど、もうちょいちゃんとした根拠持ってきたらどうや?助けに行かなかった理由やな。あれはヘインに任せたほうがいい思うただけや。せめて本拠地を守る奴もおいとかなあかんやろ。はっきり言うけどな、まだメイプル1人じゃ役不足なんや。」


ヘインに任せた方がいい、これは嘘や。もちろんわいも行こうとした。カマをかけてこの“偽物レツハ”を釣らんとな。まさか帰ってきた時に感じた違和感がこいつなんてな。


「それもとってつけたような理由だろ?俺はお前をもう信じれない。どっかに行ってくれないか」


ダウトやな。黒確定や。まさか狙ってなかった所から言ってくれるなんて思わんかったけど、確証は得た。


「アウトや。偽物くん。本物はワイのことを信用しとらんで?情報収集が足りんかったな。今までは疑うだけで済んどったが…芝居は終いや。もう、ワイの目を誤魔化せるなんてこと思うんやないで。」

「は?何言って…グッ!?」


”闘気”を込めた拳で偽物をぶっ飛ばす


「あ、あかん。力加減ミスったな。まあええわ」


吹っ飛ばした偽物の元に”俊響歩法”で瞬時に向かい、間髪入れず攻撃をいれる


「あれ?おかしいな。さっきまでここにおったはずなんやけど⋯」

「なんでバレちゃうかな⋯完全に僕の能力にかかってたはずなのに⋯情報が足りてなかった、ね…うん、今後の改善点に生かさせてもらうとするよ。アドバイスありがとね。」


後ろから声変わり前の高い少年の声が聞こえる。振り返り少年を見ると、少年の服装は、漆黒の軍服の上から黒いローブのようなものを身に纏っていた。少なくとも、この少年のような年齢の年の子が着るようなものではなかった。


「⋯アンタ、何もんや?」

「そんなの教えるわけないでしょ。バカなの?あと、僕の正体を暴いたのは失敗だったかもしれないね。」


少年はその幼い顔に不敵な笑みを浮かべ


「もう、キミたちは終わりだ。」


そういった途端に、集落の入口の方から怒号音が聞こえた。


「⋯厄介な連中やな。マジで面倒や」


本当に思ったことを口にし、ワイは視線で少年を捉えながら、これからの事を考えるのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「クレアちゃーん?いるー?」

「あ、先輩!どうしてここに!」

「今ちょっと良くないことが起きてて⋯それが落ち着くまで、クレアちゃんのとこ居ようかなって」

「そうなんすね⋯もちろん、先輩がいいならいくらでもいてください!」

「ふふ、ありがと」


さっきの少し陰鬱だった私の心も、クレアちゃんと話せばその陰鬱が溶けていく。この子は本当に輝かしい子だ。


「せっかくだし、最近あった面白いことでも話そっか」

「お!なんかあるんすか!ぜひ聞かせて欲しいっす!」

「いいよ、じゃまずこれからね、最近ヘインがさ───」


こういう雑談もたまにはいいな。何の変哲もない平和な日常を過している感じがして、すごく心地がいい。


「あはは!ヘインさんもおかしなことするっすね!」

「ね、普段のヘインからは考えられないよね。流石に見た時は私も笑ったな」

「誰でも笑うっすよ!」


このまま時間を忘れてずっとクレアちゃんと話していたいと思うほど、この時間は楽しかった。いままでも定期的にクレアちゃんの元に来ては雑談を楽しんだり、鍛錬の延長線上のことをやっていたりした。


「そういえばメイプル先輩は、最近森がずっと騒がしいの、気づいてるっすか?」

「あぁ、その事ね。気づいてるし、なんとなく原因も分かってる。⋯その原因は、徐々に近づいてきてるんだよ。怖いこと言うようでごめんね」


そう謝るとクレアちゃんが首を横に振り


「なんで謝るんすか!先輩はなんも悪いことしてないっす!」

「明るい話題だったのに、いきなりこんな暗い話題になっちゃったからつい…ごめ…むぐっ!?」


また謝ろうとしている途中にクレアちゃんから両手で口を塞がれた。その時に見えたクレアちゃんの顔はムゥっと、頬を膨らませていた


「何回も言ってるじゃないっすか!なんも悪いことしてないって!それに、この話題の言い出しっぺはうちっす!本来謝るのはうちの方っすよ!」

「んー!んー!…ぷはっ!ご、ごめん…昔の癖のせいで、謝ることが癖になっちゃってるんだ…頑張って治してみるよ」

「ぶー、一謝りっす。今度から謝るごとにカウントしていきますからね。10ごとに先輩には罰ゲームっす」

「ええ!?んな理不尽な!?」

「嫌ならその癖治すことっすねー」


クレアちゃんは悪戯に笑い、んべーっと舌を出してそう言ってくる。正直可愛いだけでなにも苛立ちは感じないのだが。と、こんなことを考えていると、外から怒号音が聞こえた。


「な、なんすかこの音!?」

(この音…人間が襲ってきたの?入口から音がした。向かわないとまずいかな…)「クレアちゃん、今すぐこの場から離れて、多分、というかほぼ確実に、人間からの襲撃だよ。ここにいたら危ないから、早く離れて。メディさんも残ってたら、お願い」


この感じ、ヘインの集落にいた時のことを思い出すな…でも、あの時と立場は違う。今回は守る側につくために動く。やってみせる


「先輩はどうするんすか!」

「戦うよ。みんなを守るためにも…大丈夫、私も弱いわけじゃない。勝つことはできなくても、時間稼ぎくらいならできるよ」

「っ…、絶対に、生きてくださいね。死んだら許さないすっから!」


シチュエーションがまるで一緒だ。だが今回は違う。私が守るんだ。勝とうとはしなくてもいい。今私ができることを最大限やればいい。


「…向かおう。大丈夫。私なら、いける。」


私は決意を固め、外に出て入り口のある方へ向かうのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「…この音…」


俺は自身の家で休憩していた。厳密に言えば、メディが離れてくれるのを待っていたのだが…


「あの時を、彷彿とさせますね」

「ああ、そうだな。」


あの時、と言うのは、以前の集落が襲われたときの話だ。残念ながら、あの時は敗北し、死ぬ寸前まで追い詰められた。ゆえに、いい思い出などひとつもないのだが。


「いかないとな」

「ダメです。絶対に行かせません」


行こうとした途端に、メディから腕を掴まれ、睨まれた。その腕は、小刻みに震えていた。


「何度も言ってるじゃないですか!何回無理するつもりなんですか!今回のことは私が悪いですよ!それはわかってます!でも、あの時も瀕死で帰ってきて!あなたが最近こう言うことに向かって、無事で帰ってきたことなんて一度もない!それどころか、全部無茶してばっかで、いつも自分の命を無碍にしようとする!どうしてそこまで無茶するんですか!何があなたをそこまで動かすんですか…お願いです…お願いだから…」


荒げていた声がだんだんと小さくなり、勢いも無くなっていった。そして最終的に、声にならないような、本当に耳をすまさないと聞こえないような、そんな小さな声で


「もう、いかないで…」


と、俺の服にしがみつき、頭を服につけて、普段の敬語ではない、崩したような口調でそういった。その声は今にも消え入りそうで、掠れ、震えていた。


「…メディ」


俺はメディに優しくそう問いかける。


「…なんですか」


メディは震えた声で返事をする。そしてメディが顔を上げると顔を上げると、涙で潤んだ瞳で、しっかりと俺のこと捉えた


「…ありがとう、でも、いかなくちゃならないんだ。」

「どうしていくんですか…あなたはどうせ、また深く傷ついて帰ってきます。ここまで心配してても、私の思いは無駄なんですか…」

「違う。そう言う意味じゃないんだ。お前の思いはしっかりと響いてる」

「じゃあなんで!っ!」

「大切なものを守るため、だ。それの目的を果たさない限り、俺は死なない。」


メディの頭に手を置きながら、そう俺はメディに言う。


「死んだらどうするつもりなんですか…」

「死んでも蘇る。簡単な話だろ。異形ヒトの執念を舐めるんじゃないぞ?俺は誓ったんだよ。もう、誰にも奪わせやしないってな。」

「そんなの無理です。できるはずがありません…」

「できるできないの問題じゃないんだよ。やるしかないんだ。そうでもしなきゃ、明日への扉は開かれない。明日という平和は、自ら勝ち取って得るものなんだよ。…俺は、俺たちの平和を取り戻すため、守るために行かなきゃならない。だから今は、許してくれ。メディ。」


俺はそう言って、メディの制止を振り切り、外に出た


「待って…!待ってください…!ダメ、言っちゃダメ…!」


メディのそう言う声が聞こえる。だが止まれない。最後に後ろを振り返ると、そこにはすでにメディの姿はなくて、だが、テントの入り口の布が、ヒラッとしているのは見えた


「…俺は必ず、取り戻す」


俺はそう決意して、音のした方向へと向かうのだった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「なんで…止めれなかった…」


無理矢理にでも止めたかった。もう傷ついている姿は見たくなかった。あんな凄惨な姿になるまで守られるくらいなら、私が傷ついてもいいとも思った。でも、それを伝えることはできなかった。怖かったのだ。


「うっ…ふっ…」


泣きそうになる。無力な自分に嫌気が差して、声も出なくなってしまいそうだった。内心ではわかっていたのだ。こんなことをしても止めれないことなんて。彼にとっては、守ることのほうが重要なことなんだって。でもあんなことがあったあとなら、なんていう僅かな希望に賭けて止めようとした。でも、それだけや止めることはできなかったのだ


「泣いてばかり…はは、なんでこんなに私って…」


惨めなのだろう。こんなことがあっても自分の身を守るために避難さえも実行に移そうとしない。いや、恐怖で動くことができないのだ。本当に、ここまで弱い自分に心底腹が立つ


「ああ、そうだ…そう言えばここに…」


私は近くにある衝撃で割れたコップの破片を手に持ち、それを首元に近づける。


「こんなに自分が生きてることが他人を傷つけることに対して間接的に働いてしまうのならもういっそのこと…」


死んだ方がマシだ。そういい思い切って破片を横に振り切ろうとすると。私の手の動きが触れる寸前で止まる


「なにしてるんすか。メディ先輩」


聞き覚えのある声が、私の後ろで聞こえた。クレアちゃんだ。その声色は、冷ややかなものに聞こえた


「なにって…死のうとしてたんですよ。こんな私が生きてても意味ないんですから…」

「無力さを嘆いて死のうとしてたんなら、勝手にどうぞ。でもそれはウチも同じ気持ちっす。何が原因でそんなに苦しんでるかはわかんないっすけど、これだけは言っておくっすね。」


少し貯めて、クレアちゃんが


「あなたを大切に思ってる人はたくさんいるんすよ。ヘイン先輩も、メイプル先輩も、レツハ先輩も、もちろんウチも、みんな、先輩のこと大事に思っているんすよ。死んだらだめっす。」

「あなたに何が…!」

「メディ先輩の気持ちなんてこれっぽっちもわかんないっすよ?でもメイプル先輩に任されたんすから、それにヘイン先輩からあんなに大事に思われてるのもメディ先輩が特別っす。死んだら寂しんいんで、死なないでもらえますか?」


少しだけ、クレアちゃんがはにかんで照れ臭そうにしている。私もいつの間にか、心の闇が晴れてきていた


「さ、一緒に逃げるっすよ。ここにいたら危険っす。」


そして私は、クレアちゃんに腕を引かれ、一緒にその場から逃げるのだった

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「はぁ、いつまでちょこまかと逃げ回っとるつもりなん?」

「捉えられないキミが悪いだろ?攻撃、最初の一発以外当たってないけど、逆にいつになったら攻撃当ててくれるのかな?」

「小細工仕掛けとるあんたの方が悪いわ。ど阿呆」


その一言と共に、再度“俊響歩法”で近づき攻撃を仕掛けるソルグロス。だがどれも残像というようなものを攻撃する感覚で、いつの間にか消えてそこにとらえたはずの相手がいた


(うーむ。こいつ面倒やな。単なる体術じゃなくて幻惑系の能力でも使っとるんやろうが、にしても当たらへん。ま、一応誘導は成功やな)

「アンタ、気づいとるか?」

「気づいてるかって、なにに?」

「あんたとワイが今おる場所や。周り見渡してみ?」


ソルグロスの言った通り、少年が辺りを見渡すと、たちまち少年の顔は焦ったような顔になっていった


「お前、いつの間にここまで…」

「単純にあんたのミスやな。攻撃したら奥いてはるんやもん。普通に誘導は簡単やったで」


少年が焦った顔になったのには理由があった。それは彼の今いる場所が、入り口と近いこと、だ。勅命を受けた少年にとって、これは非常によろしくない事態だった。


(まずいな。もうすぐゼオが来る時間だ。それまでもう少し稼がないと…でもこいつ強いからな。多分僕じゃ勝てない…やれるところまでやってみよう)

「はい、そこ」

「なっ!ぐっ…!」


少年は弾き飛ばされ、木に打ち付けられる


「う…クソ、やらかした…」

「戦闘中に余計なこと考える暇とかないで?ここまでしたことに対しての報い、今から受けて…!?地面が、急に…!?」


ソルグロスの足場が突然押しあがって崩れる。ソルグロスはギリギリでそれを躱すことができた


「なんなんや急に…」


ソルグロスがそういうと、奥から何人かの人間が来ていた


「全く、油断しすぎだ。アグノラ。」


背の高い男が、少年へと話しかける


「ごめんってゼオ…でも結果はオーライじゃん?」


やはりと言うべきか、まだこの少年も、全く力を出していなかった。


「まぁそうだな。…これより作戦を開始する。さぁ。平和が崩れる音を、耳を澄まして聞くがいいさ。」


その一言と共に。男が信号弾を上げ、空中で炸裂する。その炸裂音はまるで、“平和の終わりを告げる音”であった。

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