#22 不穏な気配

“闘気”を教えてもらってから数日が経ち、そこそこ扱えるような感じになった。『闘気纏鎧・剛』と『練気脚』ならまともに扱える。


「やっぱり、あんたら筋ええなぁ。まだ数日しか経ってないって言うんに、『闘気纏鎧・剛』と『練気脚』を使えるようになるなんて…正直、想像以上や」


ソルから称賛の言葉が飛ぶ。“協力者”と言う立場なのにとんでもなく友好的だ。仲間という立場ではないのなら、ここまで親身に教える義理もないだろうに。以前、それが気になったため聞いてみたのだが


「義理?強くしたいっていう純粋な思いに義理なんて必要あるんか?前にも言った通り、この同行するっちゅう判断は独断的なものや。まぁ、そこに“組織の人間”としての思惑がないかと言われればそうではないんやけどね」


と、言われてしまった。本当に、“強くしたい”って言う気持ちはあるそうで、純粋に思っていることらしい。”組織の人間“としての思惑というのはおそらく私たちを組織へ勧誘することだろう。


「今日はここまでやな!あんたらも他に教えたい子がおるんやろ?ならそっちの方に行ってあげてな。ワイはその様子を見させてもらうで」


そう言ってソルは大きい岩の上に胡座をかいて座った。


「ああ、わかった」


私はヘインについて行き、話しながらクレアちゃんたち一向のことを待った。


「思った以上に、”闘気“の扱いって難しいんだな。闘争心から出る力だって言うのに案外繊細な力だ。」

「そうだね…『闘気纏鎧』をしようとしても、一度失敗したらそこから闘気を練り直すのにかなり時間が必要だし…いやまぁこれは練度によるんだろうけど…」


この闘気っていうもの、かなり扱いが難しく、教えてもらわなければ習得しようとしてもおそらく無理までとはいかなくとも、至難の業だろう。


「完全に習得できるまではかなり時間がかかりそうだな。俺たちはまだ教えられた技術の内の二つしかできていないし、できるものもまだ練度は低い。俺もまだまだ、強くならないといけないな。」

「…ねぇ、ヘイン」

「なんだ?」

「なんで、早く力をつけないといけないとか、強くならないといけないとか…どうしてそこまで力に固執するの?」


一緒に生活し始めてからそこそこ経っているが不思議に思ったことがある。ヘインは三人の中でも格段に強い。力に対する執拗さも、他の2人とは比べものにならないほどだった


「…過去に守りたかった大切なものを守れなかった。力がなかったせいでな。…ただそれだけの理由だ。」


ヘインは多くを語らなかった。が、その表情は苦しそうで、とても悔しそうな表情をしていた


「…ごめん、聞いちゃ、いけないことだったね…」

「気にするな。俺自身の過去は俺にとっての戒めだ。忘れることはないだろうが、忘れてはいけない。たとえ、どんなことがあろうとな。今度は守るって誓ったんだ。…もう、誰にも奪わせはしない。」


過去というのは、人間時代のことだろうか。それとも異形になってからの話だろうか。いずれにせよ、私の発言は軽はずみすぎた。今度から気をつけよう


「時が来たら、くわしく俺の過去を教える。お前ももう信頼できる仲間の一員だ。」

「うん、ありがとう。そう思ってくれてて嬉しい」


そんなことを言われるとも思っていなかったがために、少し気恥ずかしかった。そんなことを話していると、クレアちゃんを先頭にして亀裂からゾロゾロと人が入ってきていた


「さ、今度は俺らが教える番だ。気分切り替えていくぞ」

「よーし、頑張るぞー!」


私は背伸びをして、その人たちのところへと向かうのだった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「これは…」


私は情報集めのついでに、森林の中へ薬草を取りに来ていた。だが道中、乾燥している血液や、不自然に折れ曲がっている木などがたくさんあった。


「…!!ここ、最近起きたことだ…前にもここを通ったことがあるけど、こんなに根本から抜けている木なんてなかったし、自然生成物だとも思えない…それにあたり一体に血の匂いが充満してる…ここにいたら危なさそうですね…」


失敗したかもしれない。少なくとも、1人で来るべきではなかった。そろそろヘインさんも戻ってくる時間だし、ここを離れて急いで戻ろう。そして走って戻ろうとした瞬間、私の悪い予感は的中した。


「痛っ…!?」


突然、肩に刺すような痛みが走る、矢だ。


(不味い、誰も連れてきてないし、私は戦えない…!早くここから離れないと…!)


私はその場から地を蹴って走り出す


「くっ…!」


私は肩から伝わる激痛に耐えながら走る。案の定、後ろから矢が何本も飛んできていた


「はやく…逃げないと…!」


久方ぶりに全力で走る、だが私は段々と、息が切れ始めてきていた


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


体力が落ちているわけではない。なぜここまで息を切らすのが早いか。おそらくだが、肩から全身に伝わる痛みのせいだ


「ふっ、くっ…!」


私は自分が持てる最高速で走った。だが矢が飛んでくるのが終わる気配はない


「あがっ…!?」


私は背中に激痛が走った。もはやそれが刺された痛みなのか、走りすぎての肺を空気が刺すような痛みかはわからなくなっていた


「うっ…だめ…こんなとこでコケてる場合じゃ…」

「いたぞ!とらえろ!」


遠くで兵士の声がする。まんまと罠に嵌められてしまった。背中に刺さった矢が私の体に痛みを走らせる。


「やっぱり、その顔は重要指名手配犯の『メディ・フェイリア』じゃないか。」

「う…ぁ…」


私は恐怖で体がこわばった。もう声すらも出ないほどに震え、己の死を悟ったような気がした


「もう動けないだろう?その矢には毒が塗ってある、もう、体も麻痺して動けなくなるところだ。」


さっきから妙に体に力が入らないと思ったらそう言うことか。だが今更気づいてももう遅い。私という異形の終わりは目前まで迫っているのだから


「苦しいだろう?異形とはいえ、女をいたぶるのは俺の趣味じゃない。今すぐ楽にしてやるからな」


妙に優しい声で私に語りかけるが、もうその声すらも恐怖で私はほとんど聞こえていなかった。


「まるで聞こえてないか。まぁ、それも仕方ない。眼前に死が迫れば誰だってそうなる。いつまでも逃げ果せていたお前にとっては、それはさらに倍増するだろうな」


そう言って、男は剣を取り出す。そして私の心臓部に剣を突き立て


「終わりだ。地獄に落ちるがいい」


私は目を瞑り、そしてグサっ…と言う音がした


(え…死んで、ない?)


目を開けると、流れてきているのは私の血ではなくその突き立てた兵士から垂れてきているものだった。そして私の耳によく聞き慣れた、そして頼もしい声が聞こえてきた


「地獄に落ちるのはお前らだ。クソ野郎共」


紺色の髪を揺らしたヘインの声が。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

俺は今、怒気がとんでもなく溜まっている。この怒りは何に対しての怒りか。二つだ。一つはこの人間ゴミ供が俺の“大切な人メディ”を傷つけたことに対して、二つ目は俺自身に対してだ。


「今度こそ守る。大切なものは、もう誰にも奪わせやしない。」


俺は人間たちを睨みつける


「お、お前は何者…!?」

「お前らもよく知ってるはずだぜ?この顔、見覚えないか?」

「貴様は…!特定重要指名手配犯『ヘイン・トラスト』!」

「あ、あのヘインさ…!」

「メディはここで休んでてくれ。大丈夫。すぐ終わるさ。さて、じゃあ…」


俺はこの場にいる誰1人逃さないということを決意し


「死んでくれ」

「ひっ…!」


その一言を発した途端に、兵士たちが逃げる。


「おいおい、人の大切なもの傷つけるだけ傷つけてすぐ逃げるのか?まぁ、お前たちがその気なら結構だ。だがな…」


そして俺は『練気脚』で先回りし


「俺からは逃げれない。大切なもの傷つけた罰をその身に受けろ。」


そして俺は闘気を拳に込めて人間に放つ


「『闘気纏拳・覇』」

「あ゛」


その声にならない声を残して、残っていた人間はほとんど消し飛んだ。


「ふぅ…」

「きゃあっ!」

「メディ!?」


終わった。と思えば、メディの悲鳴が聞こえてくる


「お、おい、異形!こっちを見ろ!」

「!お前…!」


本当に救いようのないゴミどもだ。残った1人の兵士はメディの首元にナイフを突き立て、こちらを脅そうとしている


「へ、へへ、今すぐ抵抗するのをやめろ…!そうしないと、この女がどうなるかわかったもんじゃねぇぞ!」

「このクソ野郎!」


どうする。いや、どうしようもできない。ここから動けばメディが死ぬ。だからと言っておそらく時間をかけていても死ぬ…おそらく、未完成の『練気脚』では追いつかない


「ひっ…!」

「ほらほらどうした!助けねぇとどんどんナイフが食い込んでいくぞ…!」


その瞬間、俺の中の切れてはいけない線が、プツリときれてしまったような気がした


「殺す。惨たらしく。」

「は…?なにが…グェ」


俺は一瞬でその兵士の前に辿り着き、頭を掴んで地面に引き摺りながら進む。そして俺は周りの木に何度も何度も何度もそいつの頭を打ち付けた。気づいた時にはもうすでに“顔”の原型は無くなっていた。そう“顔の”


「跡形もなく潰す。頭も体も足も。五臓六腑も引き摺り出してやる。」


俺は既に『異形憎悪』に支配されていた。歯止めが効かない。この世の全てが醜く見える。俺自身が、”不穏な気配“となってしまった。


「殺す殺す殺す殺す殺す!殺してやる!目に見えるもの全部、潰してやる…!」


みなくてもわかる。俺は今、とてつもなく醜い。体からは血生臭い悪臭が漂っているし、俺自身も血みどろで人に見せられる姿ではない。そして俺はいつの間にか、原型をとどめていないほどぐちゃぐちゃにした人間だったものの前に立ち、ぼーっとしていた。そして俺は、はっと我に帰る


「はぁ…はぁ…はぁ…ははは」


俺にこびりついた血を洗い流すように、土砂降りの雨が降っている。もうすでに、乾いた笑いしかそこにはこだましていない。雨の日だからだろうか。自然と、もう取り返しのつかないことになってしまったことに対しての笑いだろうか。それともこの雨は、今の俺の気分でも代弁しているつもりなのだろうか


「あ、やっと見つけ…た」


俺の後ろから聞き慣れた声がする。レツハだ


「へ、ヘイン…どうしたんだよ、それ…」


レツハの顔が恐怖で染まる


「ははは、なんだと思う?…人間だったものだ。俺がやったんだよ…やっちまったんだ…」


笑いしか出てこない。何も楽しくもないのに、笑いのみが出てくる。悲しくはない。俺の心は虚無になっている。


「ヘイン、お前…いや、無事でよかった。メディさんは既に保護してる。帰るぞ。親友。あまり、思いつめるな。お前は何も悪くないんだからな…」


その言葉を最後に、俺の意識は無くなっていた

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