恐山トリップ 8
それはそれは過酷な戦いだった。
まず先頭を切ったのは意外にもD君だった。
彼は豆乳ソフトクリームを瞬く間に平らげると次に豆腐田楽に手を付けた。
そして串に刺さったそれを半分だけ齧るとその串を置いた手でおからドーナツを鷲掴みにし、まだ豆腐田楽が残る口に押し込んだ。
甘い物からしょっぱい物へ、そしてまた甘い物へと立ち戻るそれは誰もが知る味覚のエンドレスシーソーパラダイス。
こんな切迫した場面でも悦楽を堪能しようとは恐れ入る。
ただ、たとえ負けてもD君には揺るぎないポスト、運転席というものが確保されているのだ。これはその絶対的な余裕があればこそ取り得る作戦なのかもしれない。
けれどそれならばいっそこの素晴らしい甘味、塩味をゆっくりと味わえば良いものをなぜにこのようなガチ勝負を挑むのか。
もちろんその答えは明らかだ。
彼のこれまでの所作や言動から分かり過ぎるほどに理解できる。
要はD君、面白ければなんでもいいのだ。
勝って訳の分からない雄叫びと愛の告白を高らかに響かせたいだけなのだ。
なんたる快楽主義者。
そしてなぜそんなに速くソフトクリームが食える。
那智は大きく頬張った豆乳ソフトの冷たさとキンキンと早鐘のように響く頭痛に悶えながらD君を上目遣いに睨んだ。
二番手は那智が密かに優勝候補と目し警戒していたK君だった。
彼はソフトクリームこそD君に遅れを取ってしまったが、そのあと人間業とは思えない行動に出た。
那智と同様、頭キンキンに後頭部左手チョップをかましながらも、空いた右手を素早くおからドーナツへと伸ばしてそれを引っ掴み、まだ呻き声を漏らす口へとそのまま押し込んだのだ。
しかも二個同時に。
瞬間、彼の全身を覆う真っ白なオーラが見えた気がした。
鬼気せまる気迫。
目蓋に滲む涙。
そしてハムスターのように膨らませた両頬。
普段は温厚な彼だが、そのときばかりはリングに、いや早食いに命を燃やす格闘家に変じていた。
けれど当然といえば至極当然。
たとえドーナツを喉に詰まらせようとも、あの地獄の荷台に戻りたくはない。
その切迫感が彼をそうさせているのは明らかだった。
とはいえ那智も負けてはいられない。
こちらとておめおめあの場所に戻るわけにはいかない。
なんとかソフトクリームを腹に収めた那智が次に取り掛かったのはみたらし団子だった。危険防止のために串が取り去られ、かつ一個が敵陣に付与されたため二個だけになったその団子を那智は指先の汚れも厭わず摘み上げて次々に口へと放り込んだ。
美味い、と微かに思った。
香ばしく甘辛いタレの風味が鼻腔に抜けたかと思うと同時に弾力ある団子の歯応えがやってきて、それはもう……などという余裕は全くない。
とにかく咀嚼も適当にほとんど味も感じられないまま無理やり嚥下すると次に豆腐田楽の平たい串を掴み上げ、大きく口を開けて齧り付いた。
そしてみたらし団子と豆腐田楽が口腔内で複雑なシャッフルを繰り返す中、ふと斜め前にいるS君へと視線を流した。
その瞬間、那智は我が目を疑った。
愕然として刹那、咀嚼さえ忘れた那智の目前でS君はそのとき……。
つづく
謝罪会見は「湧水亭早食い決死バトル」(いつからそんなタイトル)が終わり次第、執り行うことをお約束します。
あ、それと明日はお休みしま〜す。
あしからず。
ではでは
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