恐山トリップ 7

 しばらくして戻ってきたD君とS君のそれぞれ腹のあたりに掲げられた盆には山とばかりに甘味が盛られていた。

 それは数が足りなかったおからドーナツとみたらし団子の追加分と豆腐田楽四人分。それらが並べられたテーブルは一気に壮観な眺めとなった。

 そしてその後ろからは割烹着姿のおそらくは六十代と思しき小太りのおばちゃんがニコニコ微笑みながら、まるでトロピカルなカニの如く両手に二つずつ豆乳ソフトクリームを挟み持って立っていた。


「いやあ、手伝ってもろうてえろうすんませ〜ん」


 盆をテーブルに置いたD君が愛想良く頭を下げるとおばちゃんは手前から円を描くようにD君、K君、那智、S君と順番にソフトクリームを手渡し終えてから満面の笑みでこう云った。


「#%&@?¥$(津軽弁?南部弁?)、ウフフ……」


 おばちゃんがなんと云ったのかはさっぱり分からなかった(この地では珍しいことではない)が、たぶん


「ええの、ええの、気にせんといてや、ウフフ……」(なぜ関西弁に訳した?)


 とでも答えたのだろうとは予想できた。


 そしておばちゃんが踵を返そうとするとD君は慌てて追いすがり、背を縮めておばちゃんの耳元に何事かを囁き始めた。

 話の決着はすぐに着いたようだった。

 最初、おばちゃんは神妙に話を聞いていたが、そのうちにケタケタと笑い始めてD君の肩を何度も軽く突き押し、最後に心得たとばかりにうんうんと頷きながら去って行った。


「なにか頼み事でもあったかい」


 那智が尋ねるとD君は鷹揚に「おう、そうや」と答える。

 そしてあぐらを掻いてラグに座ると自慢げに明かした。


「審判、頼んでん」


「シンパン?」


 K君が片言のように聞くとD君はさも当然といった風に胸を反らせる。


「そらそうやろ。何事も勝負は公平にせなあかんからな」


 なるほど、腑に落ちた。

 この早食いレースは屋内から屋外へと場所を移してから勝敗が決まる。

 僅差なら誰が勝って、どっちが負けたかは一目瞭然だろうが、誰かが他を大きく引き離してトップを取った場合、たとえその者がちゃんと空に向けて湧水亭さんを褒め称えたとしても誰もそれを証明できないという欠点が生じる。

 そこでおばちゃんだ。

 その場合はおばちゃんが証明してくれるという算段なのだ。

 さすがはD君、常識も抜かりもない。


「あ、ほんで、せっかくやからもうひとつ最後のセリフ付け足しといた」


「は?」

 なにかとてつもなく嫌な予感におもわず那智は怪訝な目線をD君に流した。

 

「セリフ…って」

 きっと碌なことを言い出さないと分かっているのだろう。

 S君もちょっと苦笑いで呟き、さらりと髪を掻き上げた。


「さっきのおばちゃんの名前、サチさんていうねんて。なかなかええ名前やろ」


「そう……だね」


 K君がたどたどしく相槌を打つとD君は破顔し、いきなり大声を出した。


「さっちゃん、愛してるよ!」


 そしてひとり片手のソフトクリームを平衡に保ちながら器用に腹を抱えて大笑いした。

 その奇体を唖然とした顔で見つめる三人。


 マジで。

 ウソでしょ。

 ガチ恥ずい。


 そんな言葉をまざまざと浮かせた顔を三人はひとしきり見合わせ、それからそれぞれにD君に不服を申し立てた。


「なんで勝手にそういうことすんの」那智。

「いや、お店の人に迷惑でしょ。忙しいのに」その通りだ、K君。

「おばちゃんが本気にしたらどうするつもりなのさ」おい、S君、論点が違うぞ。


 けれどここでもD君は怯まない。


「大丈夫みたいやで。ちょうど今、他のお客さんおらんみたいやし」


「けど、おばちゃん、やっぱ迷惑じゃないのかな」K君。

 うなずくS君と那智。


「喜んではったで。そんなん言われたら二十歳若返るいうて」

 D君、勝ち誇った顔。


 我々はそろって愕然とした表情を浮かべた。

 なんてことだ。その展開は普通ありえない。

 しかしそういえばさっきのサチさんはやけに嬉しそうだった。


 那智は恨めしげな目つきでもう一度D君を睨んだ。


 この人たらしの関西人め。

 いたいけなおばちゃんをエンターテインメントのダシにするとは鬼畜の所業。

 この那智が成敗してくれるわ。


「分かった。やろうじゃないか」


 知らず剣呑で低い声が出ていた。

 するとK君とS君もその覚悟を決めたようでゆっくりと頷いた。


「よっしゃ。サチさん、店の入り口のとこで立ってくれてるからな。湧水飲んだら聞こえるようにこう叫ぶんやで。


 湧水亭さん、サイコーです!

 さっちゃん、愛してるよ!


 ってな。OK ? Everyone ?」


 俺たちはほぼ同時に頷いた。


「ほないくで。Ready 〜〜〜GOッ!!!」


 こうして仁義なき戦いは幕を開けたのだった。


 つづく




 さあ、皆さま、待ちに待った勝負が始まりましたよ。


 えっ?なんですって?

 この回で決着が着くと思っていたと。

 ふむふむ……なるほど、そうですか。

 

 いいかげん、はよ恐山行けと。

 ふむふむ、なるほどね。


 はい、ではまた明日。

 皆様、おやすみなさい。


 

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