恐山トリップ 6
D君の提案した勝負方法というのはつまりこういうことだった。
おからドーナツ三個。
みたらし団子一本。
豆腐田楽一本。
そして豆乳ソフトクリームひとつ。
これらをすべて食べ終えた者から席を立ち、店を出て湧水亭の一角にたたずむ東屋「吹越湧水神」から注ぎ出す湧き水を
「湧水亭さん、サイコーですッ!!!」
と空に向かって叫ぶ。
「どや、おもろいやろ」
そのD君の得意満面な笑顔に那智は白々としてひとしきり言葉を失った後、当然の権利として提案を却下した。
ふざけるんじゃない。
D君、それは那智とK君の窮状を知っての戯れか。
見たまえ、我々のこの粛々とした正座を。
キミとS君にように藺草ラグにゆったりと尻を着けることも叶わないのだぞ。
我々はたとえ早食いで勝とうともその後のダッシュですぐに追いつかれるに決まっている。
どう考えてもアンフェアだ。
最初から負けることが分かっている勝負などにむざむざ付き合えるものか。
なあ、K君。キミもそう思うだろう。
興奮してなにをどう云ったかはあまり憶えていないが、だいたいそのようなことを口角に泡を浮かせて口走ったのではないかと思う。
たしかK君も不安げに爪を齧りながらうなずいていたように記憶している。
けれどそんな那智の精一杯の剣幕もD君にはまるで馬耳東風だった。
「まあ、そんなんええやん。それより「湧水亭さん、サイコー」よりもうちょいなんかおもろいのないかな」
などとそれこそどうでも良いことを言い連ねて、こちらのいうことになど耳を貸さない。
おのれ、D君。
キミは我々奴隷たちになにか恨みでもあるのか。
たまらず和テーブルに拳を打ち付けようとしたその時、イケメンS君が柔らかな口調でこう持論を啓いた。
「じゃあさ、ハンデを付ければ良いじゃない」
ハンデ……?
その甘い響きに那智はごくりと喉を鳴らした。
ハンディキャップ。
なんてたおやかな語感なんだ。
那智は思わず無条件に首を縦に振りそうになったが、一抹の理性がなんとかそれを押し留める。
「ハンデ……ってどれくらいもらえるのだろう」
それが問題だ。
瑣末な程度のものなら、もらったとしてもさして意味はない。
ここはひとつ出来るだけ良い条件を勝ち取る必要がある。
「そうだねえ、ドーナツ一個をキミとK君から引いてそれを俺とD君に加えるっていうのはどうかな?」
那智は吟味した。
悪くはない。
けれどもう一押し。
「できれば豆腐田楽もそちらに加えてはもらえないだろうか」
それを聞いたS君はやおら腕組みをしてD君を見遣った。
するとおうかがいを立てられたD君もまた腕組みをしてしばし目線を宙に浮かせた後で、首を横に振った。
「それはちょっとハンデ付けすぎやな。そや、このみたらし団子はひと串に三個やろ。この一個とドーナツ一個、そっちから引き算、こっちに足し算。これでどうや!」
那智はまた再考した。
どうだろう、ちょっと厳しいのでは。
せめてみたらし団子二個まで引き上げられないだろうか。
と思案している隙に、あろうことかK君が呑気な声で「うん、それでいいヨォ」と答えてしまった。
おい、K君。キミはまたそんなお人好しな……。
けれど出してしまった言葉はもう取り消せない。
まあ、いいだろう。
意外と早食いは不得手ではない。
「よし、じゃあ始めようか」
覚悟を決めた那智がそういうとD君は不敵な笑みを浮かべ、
「ほな、ちょっと準備してくるから待っててや」
とS君を連れ立って再び売り場に戻って行った。
つづく
烏丸さん、僕、やっぱりドSでした。
これ完全にアレです。
焦らしプレイです。
後で謝罪会見を開きます。
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