恐山トリップ 9
そのとき那智が目にとらえていたもの。
それはまさに悟りを開いた菩薩観音の姿だった。
すでに勝負も半ばというところまできて、いまだS君は豆乳ソフトの上端部分にゆっくりと舌先を絡めながら、悪鬼羅刹の如く甘味にむしゃぶりつく我々をやわらかな微笑みとともに見守っていたのである。
その人ならぬ姿に動揺した那智は思わず、
「どうしたS君、具合でも悪いのか」
と声をかけてしまいそうになった。
しかしそれが我々奴隷たちに対する温情に他ならないとすぐに察した那智は、後部荷台で弱り果てていくイケメンの姿を予見して良心の呵責に苛まれながらも、せめてその慈悲に報いるためと割り切ってまだ球状を残すみたらし団子をまるで鉄の玉でも飲み込む勢いで胃袋へと送り込んだのだった。
S君、すまない。そしてありがとう。
この恩は必ずどこかで返すよ。
もしキミがどこかで危難に見舞われたなら、那智は命を賭してでも救済することを約束する。そして旅から無事帰還することができたなら、大勢の同級生たちにこの心優しきエピソードを広めることだろう。
さすればキミはこの先、伝説のイケメンプリーストとして代々語り継がれていくことになるはずだ。
アーメン。
那智は豆腐田楽の最後のピースを喉の奥へと運びながら、謝意を込めてS君に敬礼した。するとそれに気がついた彼はきちんとその意を汲み取り、豆乳ソフトのコーンを少し齧り、それから爽やかな笑みとともに敬礼を返してきた。
感動に打ち震えた那智はまずはこの恩に報いるためとその戦闘意欲を新たにして、けれどひとまずコップに手を伸ばしお冷やで口腔内をリセットした。そしてそのわずかな隙間時間に残存する敵勢力に目を配り状況の把握、分析を素早く行なった。
まずはD君。
彼は今、豆腐田楽を平らげ、三個目のドーナツに手をつけようとしていた。
残りはおからドーナツ二個とみたらし団子一本+一個。
黙々と食べ続けてはいるが、その表情には少し翳りが見えるようだ。
たぶん
そのせいかさっきより咀嚼スピードも幾分落ちてきているように見える。
そこにはハンデ分以上の差がついていると見極めた那智は内心ほくそ笑んだ。
次にK君の前に置かれた皿に目を移した那智はその光景に思わず目を瞬いた。
ない。
当然そこにあるはずのものがないのだ。
さっき見た時は残っていたはずの豆腐田楽とみたらし団子二個。
それがそっくり皿から消え失せていたのだ。
ありえない。
ハムスターのように頬を膨らませたK君を目にしてからまだ一分と立っていない。いくらK君が死に物狂いで咀嚼を繰り返したとしても、この短時間で残った甘味を平らげるなどそれこそ魔術の所業にあたる。
やはりそんなことが可能であるはずがない。
那智は水を飲み下しながら首を振った。
そして恐るおそる持ち上げた目線がそこにあるまじきK君の姿を捉え、那智はその光景に我が目を疑ったのである。
つづく
S 君は何をしていたでしょうクイズ。
正解の方、多かったですね。
おめでとうございます。(いつのまにかそういうコーナー)
それと、あの、えーと……
正直なところ、マジで今週中に終わればいいかなと……。
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