第5話 何故か噛み合わない会話。


 引っ越し蕎麦を茹でたのち、片付けと同時に取り出していたザルと器をテーブルに並べた俺は遅い夕食をいただいた後に、ご挨拶と称して末妹の部屋の前に朱音あかねと二人で立った。

 そこは奇麗にした廊下の一番奥、俺達が一切手をつけていない部屋でもあった。


「時間的に寝てそうな気もするんだが?」

「まだ寝ていないと思うよ。あの子、翌日が休日だと当たり前に夜更かしするからね」


 一人前の蕎麦を乗せた盆を持ったままコソコソと二人で話し合う。この一人前だけ後から茹でた物だ。伸びると美味しくないからな。

 ひとまずは朱音が俺の代わりにドアをノックする。


「雪、雪音ゆきねちゃん、起きてる?」


 家主の警戒感が滲み出る一室、奇麗になった廊下に居ても感じられる異様な空気感に俺は一人息を呑む。

 というか、名前は雪音だったのか。


『私の事は放っておいて!』

「放っておけないよ。何も食べてないでしょ」

『今はダイエット中なの!』

「どこを痩せる気よ。胸なの? お尻なの?」

「これは聞いていてよいものなのか?」


 赤裸々というか何というか、朱音が女の子と知らないままなら、イケメンが語ると許される的な話に収まるが、本当は中に居る家主と姉妹なんだよな。

 世の中、想定外は当たり前にあると。

 親父とおじさんの再婚話が発端ではあったが、それが無かったら俺は一生知らないままだっただろうな。朱音を男と見做したまま仲の良い親友で一生を終えていたと。

 まぁ、それすらも朱音が花嫁衣装を着た段階で発覚しそうな話ではあるが、招待されなければ同性婚か何かと片付けそうな気もする。

 何はともあれ、俺の目の前で行われる第二次姉妹喧嘩は、朱音の強制突入により無事に扉が開かれたわけで・・・汚ぇな、おい!?


「この中で飯食うの、止めた方が良くね?」


 室内は廊下やリビングを超える程に、とんでもない状態だった。薄暗い室内、廊下からの明かりでも惨状がはっきり分かる程の危険地帯。

 それは空になったカップ麺、カビが生えたパン、Gが隠れていそうなゴミ箱、そのうえ黒やら白やら、俺が見てはならない代物が当たり前に床へと転がっていた。


「まぁた、こんなに散らかして・・・」

「入って来ないで!?」


 この部屋の主は自分のベッド上で丸くなっていた。シーツを被り、ギラギラした目だけをこちらに向けて。

 近くには脱ぎ散らかした制服と触れてよいのか分からない、赤い何かがベッド下にあった。


「これ、洗濯した? 妙に湿ってるけど」

「さ、触らないで!?」

「異臭!? 何年物よ、これ?」

「姉さん!!」


 つまりはそういう代物、という事だろう。

 ひとまずの俺は適当な場所に目を付け、そこに近づく。そこは勉強机、らしき場所だった。

 そこだけは何故か奇麗だったんだよ。

 真新しい教科書が並べられ、新品かと思うほどのノートが重なって置かれていた。いや、進級したてなら、新品なのは当たり前なんだが。


「伸びると不味いからさっさと食べてくれな」

「よ、よ、よ、余計な事はしないで!?」

「人様の厚意には甘えるものだよ。雪」


 それは視線だけで人が殺せるんじゃないかって程の警戒感だった。その視線を受けていて、一切たじろぎもしない朱音も相当なものだが。


「届ける物も届けたし、俺は少し寝るわ」

「俺は話すことがあるから、ここに残るね」

「おう、おやすみ〜」


 降って湧いた親の再婚話と連れ子同士での共同生活。一人は元々親友だった事もあって割と受け入れる事が出来たが、残りは前途多難な気がする。まぁ朱音が女だった事に関しては受け入れるには時間が掛かると、思うけども。


「ああ、昼間にでもホウ酸団子を買ってこないと、今日掃除した事が無意味になりそうだな」


 それほどまでに末妹部屋は汚部屋だった。

 それこそ家主の居ない間に徹底的に掃除したくなるほどに。



 §



 SIDE:朱音


「全く、困った子だよ。雪音ちゃんは」

「・・・」


 ども! 俺の名は東山とうやま朱音あかね・十六才。今は旧姓になっているから芦来あしらい朱音あかねだったわ、てへへ。


「いつ頃に再婚話を聞かされたのか知らないけど、ストレスが溜まると部屋を散らかす癖は治っていなかったんだね」

「・・・」


 俺の容姿は至って普通。

 普段からボーイッシュな格好を好んで嗜んでいる普通の女子である。

 では何でこの格好を好んで採っているかと言えば、それはがくが俺の事を本物の男と思い込んでいたからなの。


「まぁ、それは、俺も似たようなものだけど」

「・・・」


 勿論、騙しているつもりは毛頭無いよ。

 何度となく抱きついて異性だって思わせる態度を採っていた事もあるし。

 それでもあの朴念仁は気づかないまま幼少期からの延長で男子と見做してくるの。


「しかしまぁ、女、捨ててるねぇ。簡単な掃除なら俺でも出来るし、最低限だけは行うね」

「・・・」


 それならそれで何処まで隠し通せるのか気になったので、胸が大きくなり始めた頃合いから潰し続けて今に至る。

 お陰で潰した反動なのか知らないけど、妹の雪音よりも育ってしまって羨望の眼差しを受けるくらいにまで成長してしまったよ、とほほ。


「流石に同性から見てもこれは引くよ?」

「・・・」

「この、汗臭い・・・下着はまとめて洗濯だね」

「ご、ごめんなさい」


 それはともかく、俺の家はこのマンションのある地方都市が地盤の財閥家系である。といっても田舎の豪商だった無名の財閥だけどね。

 今から十三年前に両親が離婚して俺が父さんに引き取られ、妹が母さんに引き取られた。

 そして俺と雪音は双子姉妹。

 一卵性双生児として産まれ、三才の頃に引き離された。当然ながら互いの好みは同じ・・・だったはずなんだけど十三年の月日が災いしたのか、とんでもないズレが生じてしまっていた。


「で、普段から尊いと宣って、俺に薦めてくる小説を、ゴミ溜めの中に放置ってどうなの?」

「うっ」


 この妹は何処で捻じ曲がったのか、やたらと同性を愛する存在になってしまっていたのだ。

 同じ血を分けた姉に向けてくる熱視線が、何とも寒気のする類いのものでしかなくて、ね。

 俺もその反動からか男装を常に行って、別の腐女子共のネタにされる事、屡々である。

 俺が受けで岳が攻めって、言っている事は全然間違ってはいないけど、お尻からって何!?

 あの次元に居る同性だけは理解不能だよね。

 何はともあれ、自己紹介と妹の他己紹介はここまでにして、ここからが本題だ。


「まぁいいや、岳が茹でてくれた引っ越し蕎麦、食べてよね。お腹空いてるでしょ?」

「な、何で・・・あんな人が、ウチに」

「はいはい、伸びたら美味しくないよ?」

「・・・」


 これは相当なまでに闇が深いかも。

 再婚反対の気持ちが有り有りと伝わるから。

 雪音はベッドからゴソゴソと立ち上がり、パンツ一枚の半裸を晒した。相変わらず、ブラが不要の胸元は寂しい限りだよね。

 俺の駄肉を半分、分け与えたいくらいだよ。

 そのまま勉強机の前に座ってズルズルと蕎麦を食べていた。ホント素直じゃないんだから。

 これも食欲には勝てないって事だろうけど。


「家事が不得意、勉強も不得意、運動音痴、俺が唯一回避した留年を、見事に引き当てた」

「ぶっ! ゴホゴホゴホゴホ・・・」

「慌てて食べたらダメだよ」

「は、鼻から麺が・・・」


 その姿を見て呆れた俺は雪音の居なくなったベッドへと腰をかける。盆と一緒に持ってきていた洗濯籠には大量の下着が収まったままだ。

 これを一人で手洗いする羽目になろうとは。

 噴き出していた雪音は涙目になりながら蕎麦を食べ終えた。

 俺は雪音の苛立ちが消えた頃合いを見計らい、この場に残った理由、本題を語る事にした。


「雪も消化しきれていないだろうけど、それは俺も岳も同じだからね」

「夕食を食べ終えたばかりなら当然じゃない」

「そっちの話じゃないよ!?」




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