第6話 事実は小説よりも奇なり。


 そして翌朝、時刻は午前七時。

 俺は目覚めると同時にいつものルーティンを始める。昨晩朱音あかねに教えて貰った通り、風呂桶に湯を張り、朝風呂に入る。

 俺の極端な奇麗好きが災いして、普段から朝風呂に入るようにしているんだよな。

 朱音曰く、好感が持てるとの話だけど。


「時々、泊まっていたとはな。知らない家の筈なのに、知っていた事に何度も驚かされたわ」

『そうだよ〜。ここは俺の生家でもあるしね』

「おぅ。おはよう、朱音」

『おはよう、がく〜』

「お前も朝風呂か?」

『そのつもりだよ。今は雪音ゆきねの下着を絶賛、手洗い中だけど・・・』

「それは大変な仕事だわ」


 髭を剃り、顔を洗って、朱音が洗濯機を回している間に風呂場でトランクスを身に着ける。

 脱衣所では、やたらと自由度を増した胸元を揺らした朱音が居た。す、スゴイ、デカい!?


「・・・」

「俺の何処を見ているの?」

「な、何でもない」

「ふふっ、気づいていないと思う?」

「・・・」


 こ、これが普段からどれだけ潰していたのか考えると、末恐ろしいな。いや、マジで。


「御子息の急成長を確認」

「俺の何処を見てる!?」

「パンイチだからよく見えるね〜」

「ぐぬぬ」

「見られた者同士、お互い様ってことで」

「・・・」


 な、何とか笑顔に変わった朱音を去なしたあと、前の家から持ってきたエプロンを身に着けて、奇麗に掃除した後のキッチン前に立つ。


「朱音の好みは把握しているからいいが、もう一人の好みはどうなんだろうな。何でも食べてくれたら幸いだが・・・」


 それは新居になろうとも変わることのない朝食の準備である。以前と異なるのは住居が学校よりも遠方になったから、帰宅時間を想定した作り置きを用意する事だけだろう。

 直後、調理中の俺の背後から声が響く。


「食物の好き嫌いは無いので問題ありません」

「うぉ!? 居たのか」


 そこに居たのはTシャツを羽織っただけの胸以外が朱音にそっくりな女の子だった。

 お下げをおろすと中学時分の朱音に似てるよな。今の朱音はベリーショートな髪型だけど。


「居ちゃ、悪いですか」


 しかも、機嫌が悪い時の朱音そのものだ。

 今は冷蔵庫を開けて中を物色しているが。

 雰囲気的に昨日からは落ち着いているか?


「姉妹、なんだな。そうしてるとそっくりだ」

「一卵性の双子ですので」

「な、なるほど」


 それは似ていて当然だわ。

 胸以外はという枕詞が付いてくるが。

 ああ、だから細胞なのか、納得だわ。

 その後ろ姿も、ダイニングテーブルの前に座って待つ姿も、朱音と同じ容姿だった。

 すると風呂上がりの朱音が顔を出す。


「下乳がさっぱりしたぁ〜!」

「髪くらい乾かしてこいよ」

「短いから直ぐに乾くよ〜」

「さいですか」


 ポロッと何か言っていたが無視した。

 ここで反応すると末妹が睨みそうだから。

 両親が再婚したとはいえ昨日まで他人だ。

 朱音という例外は置いておくとしても、


「胸、見ましたね」

「うぐぅ」

「まぁまぁ減る物じゃないし、気にしないよ」

「これから視姦される日々が始まると」

「岳は平面には興味無いから問題ないでしょ」

「!?」


 例外は置いておくとしても、この重苦しい空気は無いと思うぞ? 流石の俺でも辛いわ〜。


「胸を潰した俺に反応しないもん」

「「・・・」」


 そういう事じゃないよ!?

 いや、胸の大きさには驚かされたが俺が言いたいのは昨日まで男と思って接していたからそうなっていたわけで。言い訳がましいな、俺。

 ほらぁ、末妹が睨んでくるしぃ。


「結局、男の人にとっては胸が大事ですか」

「お、俺は内面重視だぞ?」

「そうそう。岳はガワには興味ないもんね」

「そ、そうだぞ」

「俺が女であろうが今まで通りの対応だし」

「そ、それはそれで酷いと思いますけど?」

「・・・」


 どないせぇっちゅうねん。

 一瞬だけ心の距離が近づいたと思ったら更に遠退いたぞ。これから義兄妹で過ごす事になるのに、このままでは暗雲立ちこめるだけだわ。


「まぁまぁ、焦って距離を縮める必要は無いと思うよ? 雪はほら、意固地になりやすい、とても頭が可哀想な妹だから」

「ね、姉さん!?」

「おいおい、頭が可哀想なのは朱音も一緒だろうに。あまり妹を悪く言うもんじゃないぞ?」

「が、岳さん・・・」


 お? 名前を呼んでくれるのか。

 流石に昨日の今日で義兄さん呼びは出来そうに無いみたいだが。朱音も昨日発したきりだしな。あとはいつも通りの呼び方だし。

 直後、朱音がとんでもない爆弾を投下した。


「そうでもないよ。この子、留年したし」

「はぁ?」「姉さん!?」


 余りの一言にターナーから目玉焼きを落としそうになったわ。危ない危ない。

 つか、留年したのか、この義妹。

 つまり頭の弱さは姉以上って事か。

 ひとまずは朝食が冷めるとあれなので、一通り並べ終えてから、会話を再開した。


「ということは何か? また、一年生を?」

「ま、まだ留年は決まっていません!?」

「「はぁ?」」


 これはどういう事だろうか?

 季節は春、四月の始めだ。俺と朱音の通う学校では入学式を終えた頃合いだしな。

 だというのに末妹の言い分は謎に思えた。


「ウ、ウチの高校の入学式は六月なんです」

「あ、ああ、そういうこと、か」

「公立とは違うって事なのね」


 そうなるとあの新しい教科書は一体?

 その疑問はあっさり末妹が答えてくれた。


「とはいえ、教科書類の搬入だけは四月となっているので、在校生は早い内に受け取る事になっているのです」

「なるほど」


 学校の行事予定に搬入業者は関係ないと。

 いつまでも置いておけないって事ね。

 だが、ここで朱音が追撃を投下した。


「でも、母さんからも聞いたけど・・・危険なのは変わらないんだよね?」

「うぐぅ」

「家庭教師を付けようにも、昨日までの惨状では招き入れる事すら出来ないって言われたし」

「ぐぅ」

「そもそも男性の家庭教師は男嫌いが災いして近づけさせないよね」

「はうっ」


 ああ、男嫌いなのか。

 だから極端に距離を縮める事を避けたのか。

 聞けば女子高に通っているとの話だしな。

 俺の周りには居ないが、朱音の周りにはチャラい男子が多いのも確かだから、そういう類いの野郎共に絡まれる事は、この子にとっての地獄でしかないわけだ。朱音自身はチャラ男共をすげなくあしらっているけれど・・・あれ?


「つか、それだと、朱音が女子だと気づいていないのは、俺だけだったって事になるのか?」

「更衣室に居ない時点で気づこうよ、岳?」

「俺の呟きを聞き取るなよぉ!?」




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