第4話 まさか、ここまでとはな。


 朱音あかねと共に駅前商店街を通り抜け、引っ越し業者のトラックに気がついた。

 トラックが止まっている場所はとても大きな高級マンションの目の前だ。


「あら? 何で二台?」

「一方は俺のだと思う」

「あ、ああ、そういう・・・え?」


 一方は朱音の荷物?

 ウチの荷物は軽トラでも運べる物量だ。

 対して朱音の荷物は想定よりも多く、何箱もの段ボールが荷台から出されてエレベーターホールに積まれていた。

 俺と朱音はエレベーターが空くのを待つ間、


「い、いつの間に?」


 エントランスで待機した。

 業務用を使っても終わらない運搬作業。

 一体どれだけの品物が運ばれているのやら。

 すると朱音が俺の言葉に呼応するように気恥ずかしげに口を開いた。


「いつの間にというか・・・あの、その、今日から義妹としてよろしくね、義兄さん」

「え?」


 朱音は今、何て言った?

 空耳か? だって朱音は俺の男友達で親友。

 それも四才の頃からの長い付き合いだ。

 遊ぶ時も勉強する時も、父親が家を空けている事が多かったため、共に近所の幼馴染の姉さん家に預けられて育った仲である。

 当然ながら共に風呂へと入ったり、同じ布団で朱音に極められながら、寝た事もある。

 それがどういうわけか義妹という。


「あ、朱音さんや? お前、男だったんじゃ? それか途中でTSしたのか?」

「何言ってるの? 最初から女の子だけど?」


 俺は余りの一言に思考停止した。

 朱音は目をパチクリさせて苦笑した。


「まぁ一人称を俺としたのは、身を守る術でもあったけどね。昔は私を使っていたけど・・・」

「・・・」

「この口調になったのはがくを真似ての事だけどね。そもそもウチの高校って女子でもスラックスが選べるところだから」


 ああ、そういえばそれで選んでいたような。

 俺にも制服着たら格好いいとか言って一緒に行こうって勧められたっけ。

 というか、朱音が義妹、かぁ。

 直ぐに直ぐ意識の切り替えは難しいかもな。


「そんな難しく考えないで。今まで通りでいいんだよ? まぁ、もっとも難しい子が一人居るから、俺の事はすんなり流せると思うけどね」

「難しい、子? あ、もしかして」

「そうだよ。俺の妹で、女子高に通う・・・」


 というところでエントランスの端に立つ一人の女性に目が向かった。そこに居たのは茶髪をお下げにした地味っぽい女子高生だった。

 苦笑気味の朱音とは対称的に根暗に思えた。

 あくまで第一印象が、だけど。


「お帰り、雪」

「姉さん・・・」


 ああ、本当に女の子なんだな、朱音って。

 一方の雪と呼ばれる、俺の義妹となった女の子は、剣呑な気配を滲ませながら俺を睨んだ。


「やっぱり、まだ反対なんだ」

「当たり前でしょ!? 一方的に突きつけられて今日から一緒に住めとか」

「部屋は無駄に余っているからいいじゃない」

「余ってないよ!」


 そうして唐突に始まる姉妹喧嘩。

 剣呑なのは俺を睨む末妹だけだ。

 ケラケラと笑顔なのは姉だけだ。

 実に対称的な姉妹だよな。

 俺を一人放置して勝手に会話が進んでるし。


「余ってないって汚部屋なだけでしょ」

「うぐぅ」


 おぅ、姉妹揃って片付けが苦手と。


「あとは着けもしない余剰ブラが大量に転がっているとか」

「・・・」


 そういう単語をエントランスで発しないでいただきたい。末妹の顔は真っ赤だし。

 そしてそのまま逃げていったし。

 口論では姉には勝てないとみた。


「改めて、姉だったんだな」

「そうだよ〜。同じ事を岳が発したらセクハラだって騒がれるけどね〜」

「言わねぇよ!? 俺を何だと思ってやがる」

「大切な親友だよ。親友だからこそ護りたいじゃない」

「さいですか」


 ともあれ、第一次姉妹喧嘩は鳴りを潜め、俺と朱音はエレベーターに乗り込み、目的の階で降りた。まぁあれだ、汚部屋というだけあって荷物が一切入れられないのな。


「玄関は開いているけど、案の定なんだね。雪も自室に籠もったきりかぁ」

「朱音よりひでぇ」

「そうだよ。俺よりも酷いの・・・」

「自覚あったのかよ」

「・・・」


 朱音と共に玄関から覗き込めば腐海が拡がっていた。どちらかと言えば、魔界が正しいか。

 足の踏み場もない惨状、この中で生活していて病気にならない事が不思議でならない。


「とりあえず、掃除を先に行うか。荷物は全てホールに置いてもらうだけでいいな?」

「それが手っ取り早いかもね。業者さん達もこの惨状を見て困惑していたし」

「見える範囲に下着が転がるって。おぅGまでいらっしゃる」

「女捨てている妹でごめんね」

「そうだな、まぁ朱音もある意味で・・・」

「捨ててないからね!?」


 そうだったか? 俺に下着を洗われて喜んでいたような気もするが。

 こうして俺と朱音は家主の許可を得る事も無いまま室内の掃除を始めた。

 下着類だけは朱音に回収してもらい、その他のゴミと汚れを手当たり次第掃除していく。

 Gは殺虫剤を段ボール箱から取り出したのち凍らせて処分していった。

 最後は資源ゴミになりそうな物とそうでない物との分別を終わらせ、ダストシュートへと放り投げた。危険物があれば直接持って行くしかないが、生憎そういった代物は存在していなかったので、助かったともとれる。


「洗えば使えそうな代物が大半か」

「捨てるのは惜しいよね。このブラとか可愛いし」

「お前、それを着けるのか?」

「俺は着けられるよ? 普段から潰しているだけだし」

「・・・」


 これは、どう反応して良いか、分からない。

 俺の困惑を余所に朱音はご満悦な表情で、


「今晩から解禁だね。俺のおっぱい」


 平面に見える胸の前で両腕を絡ませた。

 まさか両腕に乗せられる大きさって事か?

 というか何故か義妹となった親友をそういう目で見られないんだが!?


「いや、そのまましまっていてくれ」

「えーっ!? 蒸れてるから外したい!」

「なら自室で寛ぐ時だけにしてくれ」


 その後も朱音に揶揄われながら、部屋掃除と荷運びは続き、全て終わらせる頃には日付が変わっていたのだった。勉強すら出来てねぇ。


「明日。いや、今日が祝日で良かったね」

「そうだな。引っ越し蕎麦でも茹でるか」

「さんせーい! 夜食はしない主義だけど」

「夕食が遅いから仕方ないだろ。茹でるのは三人前でいいか?」

「いいと思うよ」




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