崩玉の動乱劇


船上で動乱に巻き込まれ、ブチ切れて刀を振るっていた私は今、冷静さを取り戻していた。


——前方から二人突っ込んでくる。


片方の壁に寄り、床を蹴って、左側に鋭く踏み込んだのち急激な方向転換、背中を向けながら脇の下を通して刀を突き出す。


ギッ!


攻撃は成立しない、剣先で狙いを逸らされる、だが私は先程の方向転換の際に生じた勢いを殺さずに利用し、持ち手を入れ片手による突きを放った。


ふたたび攻撃がいなされる。


前方に踏み込む、壁を支えに使いながら相手の剣を上から抑え、喉元目掛け突き上げる。


敵は体勢を大きく仰け反らせてそれを回避、生まれた隙を狩り取ろうとしたが、もう一人の手厚いサポートによって仕留めきる事が出来なかった。


……頭が冷えた原因は正しくこれだ。


強い。


初めはただのチンピラ風情とタカをくくっていたが、その考えは直ぐに間違いであったことに気付かされた、連中はどうも異様に腕が立つ。


——素早く刀を引き戻して切り上げる。


当然のように躱されるが、私は袖の中から石を取り出し放った。


「がっ……」


それは男の目を切り裂いた。


私は怯んでいる方を無視して切り掛り、直前で足を止めてもう一度石を投げた。


カンッ!


男は反応を見せた、恐るべき反射神経だ、しかしあと一歩の所で対応が間に合わず、男は剣の持ち手を撃ち抜かれ指を失った。


「づ……ッ」


近付いて、囲い込むように首を取り、へし折る。


そして力の抜けた敵の体を投げ捨てると共に、視力を失いながらも維持と根性で復帰を果たしたもう一人の刺客の男を切り伏せる。


残心しつつ前方に向き直る。


「オラ物量で押し潰せ!奴はどうせ逃げ場がねぇんだ追い詰めろ!まさか死にたくねーなどと舐めたことを抜かすつもりじゃねぇだろうな!?」


「……ちっ」


何人殺してやっても、怯むどころか更に勢い着いていく始末、典型的なバトルジャンキー共だ。


このレベルの相手がまだまだ後ろに控えている。


これだけの騒ぎ、警備隊の連中が合流してくるのも時間の問題だろう、事態が更に悪化するのは目に見えている、そうなれば問題は……。


「あぁヤバい、アイツら完全にヤケクソだわ……!」


私の背後にはロイが居る、この調子でいけば彼女を守りきることは難しいかもしれない、連中は片手間に相手できる程弱くない。


「ロイ!お主は戦えるのか?」


振り下ろされた剣を真下に受け流しながら大声で尋ねる。


「舐めないで!それが出来るならアンタを巻き込んだりしてないわ!こんな屈強なゲス共の相手なんかたとえ死んだって不可能よ!」


「だろうな……ッ!」


ゴッ!


剣柄で鼻っ柱を叩き折り、相手の脚を持ち上げ押し倒し、踵で顔面を踏み抜いて間髪入れずに姿勢を下げる、頭上を振り抜かれた一撃が通り過ぎる。


「むんッ!」


しゃがんだまま膝元を切り裂く、すんでのところで足を引かれて空を切る。


そのまま奴は後ろに下がり距離を取るが、私は立てた膝を入れ替えて床を滑り、間合いを詰めて足首をひと突き。


——ガクン。


倒れ込んできたところを立ち上がりながら捕まえて、零距離から刀を押し当てて頸動脈を断ち切る、そしてそのまま男の体を前方にぶっ飛ばす。


奴らは大人数を巻き込みながらドミノ倒しになり、一定の時間を稼ぐことが出来た。


可能であればこの隙に船上から離脱と行きたいところだが——


その時、船が動き出した。


「……!まさか奴ら操縦桿を!?」


マズイ、いよいよ猶予が無くなってきた、もし万が一港から離れられでもしたなら本格的に逃げ道が無くなる、今のうちに行動を起こすべきか。


倒れた敵の服を使って刀の血を拭い取り、刀を鞘へ納める、そして振り返ってロイの元へ駆け寄り顔を見てこう言った。


「悪く思うなよ」


「え、ちょ、何……どわっ!?」


女の体を肩に担ぎ上げる、そして船の手すりに足をかけ身を乗り出す。


「ま、まさかアンタ」


「口を閉じてろ!舌を噛むぞ!」


「やっぱり人選間違えたかも——きゃああああー!」


グワッ!私は離れていく陸を目掛けて飛び出した。


大空、海原、我らを見上げる野次馬たち、一瞬に過ぎない跳躍は間もなく終わり、悲鳴を上げる観戦者らの立つ陸へ着地した。


ダァン!墜落にも等しい衝撃が両足を駆け巡る、私の思惑は見事に達成された。


「な……嘘だろ、この距離をか!?助走ナシで!?」


「何やってる船を戻せ!もし逃がしやがったらてめぇらぶっ殺すからな!オラさっさと船を動かせ!」


喚いている奴らの姿が見える、しかしあの巨大だ急には止まれない、連中はドンドン遠くへと離れていき今すぐ追っては来られない。


「はぁ、はぁ……よく、やったわね……凄いわ……」


「喜んでもいられぬようだぞ」


視線の先に見えたモノは、鬼の形相でこちらに向かってくるこの街の警備隊の姿だった。


「あぁ冗談でしょ……」


「ならば良かったがな」


ロイを担ぎ直す。


彼らにとっては私達も捕縛対象だ、乗客からの通報で私が人を斬り殺している姿は知られているだろう、犯罪者は例外なく捕えられる。


「構わぬな」


念の為、これから私がやろうとしていることについて断りを入れておく。


「アレを見せられたら従うしかないわ、好きにして」


ピーッ!警備隊の笛が鳴り響く、そしてそれに負けないだけの怒号が聞こえてくる。


「そこのお前!武器を置いて投降しろ!両手を頭の後ろに上げて腹這いになれ!これは警告だ!大人しく投降をしろ!」


当然聞く耳は……持たぬ!


——ドンッ!


形成された人の壁に対し、全身をもって体当たりを行い、生じた亀裂に腕をねじ込んでこじ開け、振り下ろされる警棒を掻い潜って飛び出す。


「止まれ!」


前方に立ち塞がる重装備の警備兵、私は刀に手を伸ばして抜く動作を見せる。


「……ッ!」


警戒して守りが固くなったのを確認して刀から手を離し、構えられた大きな盾を掴んで引き剥がす。


「しま——」


そのまま抱え込んで腰に乗せ、勢いを付けて地面に叩き付ける。


「ルツィアーノ!」


加減はした為死んでは無いが、しばらく痛みが残ることになるであろう、彼には悪いことをしたとは思うが休暇だとでも思ってくれ。


負傷した仲間に気を取られて隙が出来た、今のうちに私は加速しこの場を離脱、一連の事態を遠巻きに眺めていた野次馬の群れへと飛び込んだ。


「逃げたぞ追え!」


「おいお前ら船を止めろ!これ以上この街で好き勝手させてたまるか!今すぐに船を降りて投降しろ!」


「怪我人は何処だ!?動けない者は!」


「どいてください!危険です!下がって!どうか指示に従ってください!ここは危険です!下がって!」


……非常に混雑している、聞こえてくるのは怒鳴り声と叫び声とモノが倒れる音、人の足音に何かが割れる音、これを混沌と呼ばずしてなんと呼ぶ?


「やってくれたな」


走りながら、こうなった原因の女に視線をやる。


「ホントごめんなさい、でも助けてくれてありがとう、貴女ならあのまま私だけを置いて離脱することも出来たでしょう?」


「何を馬鹿なことを、それではただ損をしただけではないか、それにみすみす目の前で知り合いが殺されるのを見てはおれぬ」


私に命の価値を判断する権利は無い、どちらがより尊い魂かなどと議論を交わすつもりは無い、だが何も死なせることはあるまい。


それが単に計算から来る行動だったとしても、打算ありきの接触であったにしろ、一度手を伸ばしてしまったからには手放すことなど出来はしない。


ロイは私の目をじっと見つめたあと、バツが悪そうに視線を逸らしこう言った。


「……あたしが言うのもなんだけど、アンタそんなんじゃバカを見るわよ」


「覚えておこう」


曲がり角を曲がり、路地裏に入って駆け抜ける。


「アンタ行くあてはあるの!?」


「無い!とにかく追っ手を撒くべく走っておるだけよ!」


「だったらいい場所を知ってるわ!」


路地裏を抜けて大通りへ、人混みの向こう側に警備隊の姿が見えた。


こちらが向こうの姿を発見すると同時に彼らも私のことを補足した、流石に統率の取れた組織を相手に一人で逃げ切ることは難しいか。


かくなる上は街を出るしかないが、そうなると本来の目的である英雄殺しが遠のいてしまう、それに一度街を出たら暫く戻れないだろう。


「……何処じゃ、何処にある!」


ここは力を借りるしかあるまい。


「ずっと遠くよ、元々無事にこの街に辿り着けたらそこに逃げ込むつもりだったの!私しか知らないし人目も無いから安全よ、案内するわ!」


進行方向に警備隊!


「ちぃ!」


急停止、方向転換、店屋に飛び込みカウンターを飛び越え、裏口の扉を蹴り開け階段を上り、階段の途中にある窓を叩き壊して外に飛ぶ。


ポールに捕まって滑り降り、タイミングを見計らって跳躍、反対の通路に建てられた民家のベランダに着地し網戸を開けて中に侵入する。


「きゃああ!?な、なに……!?」


「すまぬ!ちょっと通らせてもらうぞ!」


気持ち程度のお金を懐から取り出して机の上に置き、なるべく部屋を荒らさないように気を使いつつ突き進み窓を解放する。


身を乗り出して、そこから更にまた隣の民家に飛び移る。


今度は屋根に捕まった、そして片腕だけで自重を引き上げる。


「あっちよ!」


「分かった!」


幸いここは民家が多い、こうして建物の上を飛び移りながら進めば追っ手を振り払いながら目的地まで進めるだろう。


此度の一件で私は公に存在を知られることになるだろう、当然標的にもその情報は行く、今後の道のりはより険しいものになろう。


だがひとまずは騒ぎの中から抜け出すのが先決だ、この女をどれほど信用して良いかはまだ分からぬが、今は彼女を頼るしかない。


「後で事情を聞かせてもらうからの!」


——ダンッ。


屋根の上から見える街の景色は、うんざりする程に美しかった。

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