悪意の姿
早足で人波を突っ切る。
肩や足がぶつかり罵声が浴びせられる、片手間に謝りながらスイスイと蛇行するように前へ前へ、ある時曲がって建物の中へと入り廊下をつかつか歩く。
後ろを振り返る、追っ手が居た、隠した手の内に重みのある何かを握りしめる男がそこに居た。
角を曲がったところで壁に背をつけて待ち構え、視界に標的の姿が写った瞬間組み付いて背後を取り、一挙に締め上げてあっち側にぶっ飛ばす。
男の体にブルーシートを掛けて人目を避けさせ、周囲を気にしながら階段を登る。
向かい側から降りてきた人物に一瞬注意を向けて臨戦態勢を整えるが、しかしその者は私に奇異な目を向けるばかりで襲いかかる気配は見せなかった。
段差を上がる、距離が縮まる、間が殺されいざすれ違う、肩と肩が横並びとなり互いの間合いが形成されて、そのまますれ違い平行線を結んだ——
ジャリッ。
衣擦れでは無い何かの音。
「……っ!」
山勘で獲物の形状を断定、振り返りながら懐を深く作って腕を交差、突き出された銀色の輝きが肉体に食い込まれる前に止めすかさず回し受ける。
ザッ!
手早く関節を決めて獲物を弾き飛ばし、掴んだ腕を軸に壁に激突させる。
「かはっ……」
追撃の肘打ちを顎に入れる。
力が抜けた腕を離して壁と挟み込むように横っ面を殴り飛ばす、ゴンッ!という嫌な音と共に男の顔面が跳ねっ返り全身から力が抜ける。
支えきれなくなった自重に膝から崩れ落ちるのを横目に見つつ、素早く階段を登り切ってその先の売店へと駆け込んでいく。
「いらっしゃいませ〜」
呑気な店員の挨拶を耳に聞かせ、手当り次第適当に服を掴み取り、天井から垂れ下がった表記を頼りに通路を進んで御手洗の個室に入る。
そして今着ている服を脱ぎ、会計前の衣類を身に付け元の服をその場に投げ捨て外に出る。
万一にも咎められて捕まらないように店員と思わしき人物の視線を警戒、そして頃合を見計らって非常用出口の扉を開け中へと滑り込む。
カンカンカンカン!
階段を乱雑に駆け下りて、適宜背後を振り返り追っ手の有無を確認しながら、避難用出口から街中に舞い戻る。
きょろきょろと周囲を見渡しながら帽子を深被りにしてそそくさと先を急ぐ、途中明らかにカタギの人間では無い者とすれ違ったが戦闘は起きなかった。
「……!」
順調に思われた道程は突如行き詰まりを見せる、何故ならこの先の通路に約五名、一般人に化けながら通行人に目を光らせる男達を発見したからだ。
あれは検問だ、私を区画から逃がさない為の鳥籠、いくら変装していると言ってもあそこを無事に通り抜けられると思うほど私は楽観主義者ではない。
方向転換。
路地裏に入る、光の当たらぬカビ臭い通路を突き進み迂回路を探して回る。
「おい、誰に断って勝手に通ってんだよ」
道の端にたむろしていた四人の男達に絡まれた。
どうやら彼らのナワバリを犯してしまったらしい、見たところ刺客とは違うようだが穏便に事を済ませるような手間を掛けている時間は無い。
「そうだな、有り金と着てるモンを全部置いていけ、そうすりゃ歯の二本ぐらいは勘弁してやる」
そも、向こうはやる気だ。
「うぐっ……!?」
突然胸を抑えてその場に蹲る。
「は……?」
呆気に取られる男達、私はその一瞬の隙を突いて低姿勢のまま突撃し股間に頭突きを叩き込む。
「ぃぎ……っ!?」
男の腰に腕を回して持ち上げて、硬い地面の上に背中から叩き付ける。
耳を覆いたくなるような音が鳴り響く、そして悶絶の悲鳴をあげさせる間も与えず男の顔面を踵で踏み抜いて意識を断ち切る。
一人目。
「な……テメェこの野郎ッ!」
傍に積み上がっていた籠を掴み取り力の限り思いっきりぶん回す、何人かが巻き込まれて怯んだので籠を振りかぶってチンピラの顔面に投げ付ける。
ガギッ!
直撃、男は顔から血を吹き出しながらひっくり返りそこから起き上がってくることは無かった。
二人目。
「ウラァ!」
暴力的な輝きを宿した凶器が突き出される、この街の住人はすべからく武装しており、それは一般的な護身用とは明らかに逸脱した攻撃性を孕んでいた。
——しかし残念ながら。
半身外し、受け流しながら内側に入り込む。
「なっ……!?」
——使い手があまりにも陳腐だ。
グッ……!
顎を下から押し上げるようにして体勢を崩させ、そのまま加速と勢いを付けて頭から地面に向かって叩き落とす、男は後頭部を床に打ち付けて気を失った。
三人目。
残る最後の一人に視線を向ける。
「ま、待て待て!おち、落ち着けって……!」
自分から武装を解除し膝を着いて両手を上げている、瞳の奥に敵意は無く嘘の類いではないことが確認できた、これ以上の戦闘行為は全くの無意味だ。
「病院に運んでやるがよい」
そう言い残してその場を後にする。
遅れを取り戻すかのように歩みを早め、暗い所から明るい場所へと向かい、そして次なる一手を頭の中で講じ始めたその瞬間。
トスッ——
肩に羽の着いた針が突き刺さった。
「……ッ!」
がむしゃらになってそれを引き抜き、傷口に吸い付こうとしたのも束の間、途端に私の平衡感覚は完膚なきまでに破壊されつくし、酩酊状態に陥った。
「く、ぁ……」
ガシャガシャガシャン!自分の足で自分を支えきれなくなった私は近くにある物に縋り着いた。
思考が粉々に砕ける、視界が歪む、立っているのか座っているのかすらも分からない、今の私にできるのは降りてくる瞼を必死に持ち上げる努力のみ。
「お、の……れ……」
ガラガラと物を崩しながら刀に手を伸ばす、しかし腕に力が入らず鯉口を切る事が出来ない、やがて私は壁を支えにしてすら立ってはいられなくなった。
冷たい床を顔に感じさせながら、辛うじて保っているだけの薄い意識の狭間で最後に私に届いたのは。
「まったく、獣よりもタチが悪い」
そう言って私を見下ろす
「運べ」
悪意の姿だった……。
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