前途多難な田舎剣士


反英騎士団の協力により、残り五人の標的の居場所が判明した。


彼らは組織を結成してまだ日が浅いものの、団員それぞれの人脈や経験を駆使して必死に掻き集めたのだという。


分析官から渡された調査資料を見る限り、信憑性はかなり高いと思われる。


私が過去に始末した英雄の私も知らない過去の経歴や、扱う獲物や性格おおよその出身地に至るまでの調べがついていた。


中には私が戦場で耳にした話も記載されており、あまりに具体的なその内容を嘘と断じる術は私には持ち合わせていなかった。


「だがこれほど血眼で探していたにも関わらず、お前の名前はおろか存在の片鱗すら掴めていなかった、単にオレ達が情報弱者だったというだけの話か?」


今後の計画について話し合っていた時、ストランドがそんなことを尋ねてきた。


「私はかつてこの世の変わり様に絶望し、見張りに着いていた政府の職員を皆殺しにして逃走を図った、そんなことが市民に知られてはせっかく作り上げた平和が脅かされかねない。


故に奴らは、私にまつわる全ての記録を破棄し隠蔽工作をしたのだろう。


元から隠すのが得意な連中だ、身内から火種が出るよりも初めから居なかったことにして扱った方が都合が良かったに違いない」


七人が六人に減ったところで大差は無い、英雄としての個人を知る者は大半が戦死してしまっている、仮に誰か声をあげるものが居ても排除すれば良い。


たかだか人間の数匹数十匹、奴らの手にかかればそれこそ虫でも潰すかの如き容易さだろう。


「なるほどな」


心底嫌そうな顔で同意するストランドには、恐らく実体験に基づくであろう明確な怒りが滲んでいた、大方友人でも消されていると見た。


そんなわけで、彼らの保有している情報は私がかつて奴らの根城で盗み見て得たモノよりも、遥かに正確で進んだ内容となっていた。


調べ自体はかなり前に終えていたのだという。


それを活かす為の実行力、英雄を実際に殺すに至る戦力が不足していたというだけで、居場所も行動範囲も何もかも作戦に必要な要素は出揃っている。


無論それが全てというワケでも無し、不確定要素がゼロであるとは彼らも考えていないようだが、直接本人を探れない以上ある程度の妥協は必要なのだ。


迂闊に身辺を彷徨こうものなら速やかに首が飛ぶ、奴らの五感を侮らない方がいい。


すなわち、残りは実地にて学習するしかない訳だ、可能な限り晴らした霧はしかし視界を塞いでいる、不明瞭な現実が完全に解読されることはきっと無い、なればこそ闇の中へ飛び込む必要があるのだ。


私が次に狙うのは。


通称『灰の指』英雄エルニスト=ガザール、四本の獲物を使い分けるという女性の剣士であった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


朝も昼も夜もなく、常に夜の状態にある不思議な街、私はこの環境に対する慣れと土地勘を手に入れるために拠点の外へ繰り出していた。


それというのも。


「英雄を殺すのに単独で動くにしろ団体様で動くにしろ、そこで一悶着おっぱじめる以上作戦決行地を知らねぇのでは支障がある


イザ戦うって時に迷ったり、上手く撒かれて待ち伏せにあったりしてたらお話にならねぇ、調査や準備はオレたちで手が足りてるし今更新入りは要らない


それなら現物を見て学びを得る方がよっぽど為になる、存在を悟られるリスクが無いでもないがお前にとって戦地に潜伏するのは初めてじゃないだろ。


トラブルを避けつつ風景に溶け込んで、今のうちに使えそうなモノでも見つけておけ。


不用意な緊張はパフォーマンスの低下にも繋がる、いい具合に気分転換しながら情報でも集めてきたらどうだ?」


と、ストランドから提案されたからだ。


異論は特に無かったし、彼女の言うとおり少数精鋭で敵地に潜り込む経験は一度や二度では足りない、故にしばらくの間は彼らと離れて過ごす。


騎士達の教育に関しても、おおかた教えておきたい内容は伝え終わっている、皆素人というわけでもないので付きっきりで指導する必要もないだろう。


「しかし、違和感が拭えぬな」


着物では目立つからと、この街で一般的な装いを騎士団に調達して貰い身に付けているのだが、どうも肌に触れる布の感じがあまりに違いすぎている。


もっとも、あの着物も度重なる戦闘によってかなり損耗していたのでそろそろ新調が必要だなと考えていたので寧ろおあつらえ向きではある。


元々着用していたモノと近い作りをしてはいるが、師匠のところであつらえた衣服とは大いに異なる、大衆向けに洗練されていると言っていい。


見栄えがよく、動きやすく、周りから浮かない、それでいてなるべく今までの装いと近しい物を彼らは選んでくれたらしい。


ちなみに刀は携行している、治安のいい街ではないと聞くし揉め事を避ける為にも武装は必要だ、周囲を見回してみても丸腰の者の方が珍しい。


彼らにとってそれが普通であり、危険を恐れるあまり『常識』から掛け離れた行動を取るのも問題だ、必要なのは何を差し置いても溶け込むことである。


「とは言ったもののどうするべきか……」


正直、浮世から長らく離れていた私にとって、こういう都会の環境は目が回りそうになる、潜伏以前に何処へ行ったら良いものかさっぱり分からぬのだ。


土産物店にでも行くか?武器屋でも見に行こうか?食べ物でも口に入れるか、新たな文化の探求にでも漕ぎ出してみようか、あるいは標的の調査にでも?


いいや手出しは無用だ、それだけはしてはならぬ、どれだけ内に秘めようとも害意を持って近付けば悟られる、作戦において先走りは何より忌むべき事。


どうせやるなら意味のあることがいい。


「……ん?」


今後の身の運び方を考えていたところ、妙な気配を察知して思考の連続性が絶たれた。


「……」


斜め後ろに居る何者か、足音と歩幅から推察するに恐らくは男、私に対して何か働こうとしているな。


いや、それだけでは無い。


少し離れて隣を歩いている老人、斜め迎えに見える子連れの親子、私の周りを固めるように布陣している計八名の人間に違和感を覚えざるを得ない。


こちらの意識の隙間に入り込んでくるような、気に入らない気配を漂わせている。


意図的に注意の外側に逸れたがるような、怪しく思われない為あえて存在感を消しているかのような、人為的に作り出された偽りの平静、それを感じる。


——スリか。


盗られるとすれば腰に括った刀、懐にしまい込んだ財布、他に金品はひとつも身に付けていない、正直狙うならもっとカモにしやすい奴がいると思うが。


この人数で行うスリであれば司令塔がいるはずだ、標的を見定め安全に仕事を行う、多少見る目があれば私に仕掛けるのが不適切であると分かるはずだ。


単に無能というだけか?


いいやそれにしては少々出来すぎている気がする、私はまだここに来て日が浅い、市街地へ足を運んだのは今日が初めてだと言うのにもう問題が起きた。


探られているな。


ここでの対応次第では、裏で糸を引いている者に目をつけられる可能性がある、そうなった場合作戦に影響が必ずしもないとは私には言い切れない。


余所者らしき相手全員に仕掛けているのか、あるいは初めから警戒されていて何らかの確証が欲しくて直接的な手段に訴えかけて来たのか。


どちらにせよ荒っぽい対処は出来ない、身分を知られるような物は何ひとつ持っていないので、いっそ盗られるのなら大人しく盗られてやってもいいが。


……いやダメだな。


刀に触れられたら抵抗せざるを得ない、そうなるとどうしても武人としての動きが表出する事になる、斯様な一か八かの賭けに打って出る訳にもいかぬ。


こちらから手を出さず、尚且つ向こうからも手を出させない、その両立こそがこの場における最適解だ。


街ゆく流れの人々は、移り変わりこそすれども特に不自然でなく、誰も彼もが今日という日を当たり前に過ごしているように思える。


忍び寄る盗人の指、近付いてくる思惑の吐息、非常に優れた技術によって私の間合いへと寄せてくる、接近はまさしく一呼吸のうちに行われた。


背中に手が伸びる、恐らく押し飛ばしすつもりだ、それによって生まれた隙に事を済ませる目論見か、ならば有難く利用させて頂こう。


——歩幅を半歩ズラす。


よって狂う距離感、突如近付く私の背中、真後ろの男が一瞬躊躇ったのが伝わった、呼吸が乱され仕事の遂行に綻びが生じる、結果現れた陣形の隙間。


私は思い出したかの様に進行方向を変え、その過程で対峙することになった盗人のひとりにこう言う。


「おっと、すまぬな」


偶然道を変え、偶然ぶつかりそうになった他人同士、お互いにそれ以上の要素は現状含まれておらず行く手を阻む意味も刀を抜く必要も無いとくれば。


「いえ、こちらこそ」


こうして穏便に事が済む。


歩いて彼らから離れて、そこら辺の適当な店の中に入って商品を手に取り眺める、追いかけて来る様子はないし新たな揉め事の気配も何処にもない。


——目的は達成された。


情報は与えなかった、直接私とやり合った彼らの方はひょっとしたら何か気が付いたかもしれないが、確証を得るまでには至らないだろう。


もし、たったあれだけの接触でこちらの正体を見抜くような手練が居たのなら、どの道どう対処しても不可避であることに疑いようはなくなる。


今回の一件を経て、私は特に何もしない。


ここで焦って騎士団に報告しに行けば、私の知らない監視の目が着いていた場合彼らを危険に晒すことになる、わざわざ味方の存在を知らせる事もない。


それに。


いくら私から騎士団に近寄ることが無いとはいえ、よもやストランドが何の監視も着けずに私を野放しにしているとも思えない。


外周りを提案してきたのは私が他の何処かと内通していないか泳がせる意味もあったのだろう、であるならば先程の出来事は彼女の耳にも伝わるはずだ。


私は何もしない、少なくとも作戦決行のその瞬間まではこの刀が抜かれることは無い。


潜伏はまだ始まったばかり、早くも前途多難が予想される中で可能な限り環境に慣れてみせよう。


「……して、これは一体何なのじゃ?」


その一環として、知らない文化に囲まれた田舎者の私は大いに困惑させられる事となるのだった……。


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