ろくでもない私達は。


振り下ろされる鉄塊、紙一重で躱して小手を狙う。


——ガァン!


防がれる刀、関節を柔らかく使って自分の獲物を相手の腕と腕の隙間に通して技を掛けに行く。


「……!」


反応が早い、恐るべき速度で安全圏に退避された、ならばこのまま真っ直ぐ刺突に繋げるまで。


ヒュッ。


他の者の横槍を警戒しつつ突き込む、しかしそれは距離で外され、すんでのところで届かなかった。


「……」


冷静!深追いはして来ないか!欲を出したその瞬間を捉える腹積もりでいたが、事はそう甘くないな。


——左右に影。


その場で軽く飛ぶように体の向きを入れ替えて、反動を利用して左に切り上げる。


敵に背中を見せる形、誘いに乗ってくる者が一人、軸足を元にグルッと回転して刀を足元に振る。


引き撃ちをしながら自分の姿勢を限界まで地面に倒し、万一の反撃に備えて回避行動を置いておく。


——ザンッ!


肉の感触はナシ、残心を取りながら敵兵に向き直る、追い足の早い者が三名この目に写った。


初めの一人と鍔競り合い、瞬間仕掛けて姿勢を崩す、そのまま首筋に刃を押し当てようと思ったが、その時既に男は自分から地面に身体を投げ出していた。


捨て身の体勢から繰り出されるのは、恐らく単なる回避行動ではなく何らかの組手術であると推察。


「はっ……!」


私は前方に大きく跳躍、人並み外れた筋力を持ってこの身を敵の元に運び、後ろに控えている兵士に向かって膝蹴りを叩き込んだ。


——ゴッ!


「グ……ッ!」


直撃したかのように思われた一撃は此度もギリギリの所で防がれた、続けて私は頭上にて刀を構え奴の脳天目掛けて刀を振り下ろした。


飛び散る火花、騎士剣の腹を刀身が滑る、奇襲からの連撃は意味を成さず、相手方の表情をほんの僅かに歪ませただけに終わった。


反撃を貰う前に敵の胴体を足場に後方へ飛び退く、離れ際に首を落とそうと刀を振るが弾かれる。


私の背後で不意打ちを狙っていた敵兵の真上を通り過ぎ着地、と同時に瞬発力を活かして前方に滑り込み、奴らの足首を根こそぎ切り飛ばしに掛かった。


急激に加速する視界、景色が物凄い速度で後方に流れる、地面との摩擦で熱を帯びる脚部、軽い火傷を負いながらも我が剣に滴る血の一滴は未だにナシ。


コイツら一体何者だ!?先程から繰り出す攻撃繰り出す攻撃全てが無為に終わっている。


どいつもこいつも通常の練度では無い、イカれている、死に対して全く恐れというものが存在しない、瞳の奥に揺らめく疑念やひと握りの躊躇いすらも。


反英雄を掲げるだけはある、私とて手加減をしている訳ではない、眼前敵を少しの余念すらなく排除しようと刀を奮っている、掛け値なしの本気なのだ!


体を跳ね上げる。


敵陣の只中で右左と意識を飛ばし、剣圧を飛ばし、綻びは生まれないか仕掛けてくる者は居ないか、忙しなく気を回し警戒を怠らないッ!


奴らは私の全周を取り囲んでおりどの方向からでも攻撃を加えてこられる、そこで生まれる一瞬の気の緩みを捉えて先の先を取ろうと踏んでいたが……。


「……」


皆氷のように冷めきっている、ここで手を出せばそれが致命的なきっかけとなって切り崩される事を理解しているのだ、戦場は完全に拮抗状態となった。


どれだけ隙を作って誘っても乗ってこない。


こちらから行動を起こさない限り状況は動かない、集団を相手にこういう事態に陥った事は無いでは無いが、彼らと同じように考えては痛い目を見よう。


「然らば……」


攻撃に踏み切ろうとしたその時——


「そこまでッ!」


生き物全てを縮こまらせる様な怒号が響き渡った、それによって私も兵士達も影を縛られた。


「貴様らも歴戦の戦士だ、この短い間に理解したな」


ストランドの声掛けに対する彼らの反応は鈍い、どうにもならない現実を前に歯噛みするしかないといった様子だ。


「コイツ無しで英雄討伐を成功させる自信はあるか」


部下たちを見回し尋ねる。


「ありません、我らではどうにもならないでしょう」


そのうちの誰かが答えた。


「誰も死ななかったのは上出来だな、下手に突出して狩られる様な事があったらオレがぶっ殺してた所だ」


戦いは終わったのだと判断し刀を納める、無論いつ誰が襲いかかってきても良いように備えてはおく。


「どうだ使えそうか」


そんな私に向き直り、質問を投げ掛けるストランド。


「我が剣を受けて無傷でいられた者は少ない、それこそ我らが共通敵『英雄』であろうとも例外ではない」


殺す気で切った、しかし彼らは死んでいない、結果が全ての戦場においては互いの身分や境遇などまったく関係がない、反英騎士団は間違いなく強力だ。


「お前から見て直せそうな所はあるか」


随分と踏み込んだ質問をするものだ、求められたからには正直に答える他ないが、それによって反感を買ったりなどはしないだろうか……。


「姿勢から剣の振り方から意識の仕方から、あらゆる面で成長の余地は残されている、この場に居る全員まだまだ才能を持て余しておるとだけは言っておく」


兵士達の私を見る目が変わった。


それは戦いの直後から感じていたことだが、今の発言を皮切りに明確さを増した。


そして、ストランドは言った。


「オレたちは英雄に通用するか」


彼らの技量、私が戦場で目にした英雄の戦いぶり、それら全てを加味したうえで正直な感想を述べる。


「勝算は、ゼロではない」


騎士達の何人かが反応を示した。


「可能性を高めるためには何が要る」


「英雄そのものを相手取って得られる経験に知識だ」


「戦闘技術はどうです、攻めは?守りは?どの程度まで高められるとお思いですか?」


「どれだけ鍛えようとも奴らを単騎で相手取るのは不可能だ、普通の人間では単純な身体能力が足りない」


「複数であれば違うってか」


「目を瞑って針穴に糸を結ぶような所業ではあるが」


「上等」


さっきまでの殺伐とした雰囲気とはうってかわり、ガヤガヤと希望と熱意に満ちた話し声が聞こえる。


「で、コイツの存在に文句のある奴はいるかい?」


「いません!騎士長!」


「なら話は決まりだな」


ストランドは再び台上に登り、私達を見下ろしながら高々とこう宣言した。


「引きずり下ろすぞッ!」


ここに、正式な意味での共同戦線が成立した。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「……私は受け入れられたのか?」


反英騎士団拠点内部、食堂にて、私はストランドとキリアと共に昼食を食べていた。


「少なくとも、実力を疑う奴は居なくなったはずだ」


先の大闘争以来、私は彼ら騎士達に、師匠から教わったことを活かした剣術の指導を行っていた、それにより溜まった疲労と空腹を癒そうという魂胆だ。


二人と居るのは単に拠点案内の延長線上、ストランドが発した『腹でも空かないか』という発言に端を発している。


キリアはストランドの補佐官みたいなものらしい、いわゆる右腕というやつだ。


「前も言ったが奴らは元々戦争屋、金貰って人を殺せりゃそれで良いっていうどうしようも無い連中だ。


そんな奴らにとって最も大切なのは強いか弱いか、世界が変わって志が変わった今でも連中の判断基準は同じまま、染み付いた生き方ってのは強固でね。


お前の話を信じるか、味方として受け入れるか、本来敵であるはずのお前をどう扱うか?

奴らはそれをお前の`剣`の中に見出したんだろうさ」


出会ったことの無い価値観に困惑を隠せない、いや割り切りの良さという点では似たような事例は幾つか目にしたことはあるがそれとこれとは話が違う。


「実力至上主義、か」


「使えるものは何でも使えって教育してるからな」


そういえば。


「お主も彼らと同じ出か?」


「ん?オレか?おれは——」


そこに突然キリアが割り込んできた。


「うちの騎士長様は元々カルト教団の頭ァ張ってたんですよ、れっきとした犯罪者ってヤツですよ犯罪者」


「お前も変わらねぇだろーが!」


「……あぁ」


ギャンギャン喚くストランドを他所に、私は何となく納得していた。


「カルト教団なんて言えばセコく聞こえますがねぇ、実態はほとんど軍隊みたいなモンです。


神だか教えだかの為に命を捨てることを厭わない、命令には絶対従う、そんな連中が徒党を組んで異様に高い練度と士気で統率の取れた動きをする。


相手からしちゃあ悪夢そのものでしょう、そういう組織を運営してた女なんですよこのストランドはね」


それが今はまぁ部下を大切にしちゃって、と呆れたように笑うキリア。


うるせー!と喚いているストランドを意識の外に追いやりつつ、ふと気になったことを尋ねてみる。


「キリアはどういう出身なのだ?」


「ひとことで言っちまえば`人狩り部隊`ってところですかね、偉い人の命令で誰でも殺す組織の犬ですよ」


森や岩場で見せた判断、立ち回りについて合点がいった。


「何の罪も犯してねぇ『ただ邪魔だから』ってだけの理由で殺害を命令され、逃げたり隠れたりしてる相手を、見つけたり追い掛けたりして始末するんです。


そんな事やってた理由は単に人殺すのが好きだから、人を追い掛けて怖がらせて命を奪うのが堪らなく好きだったからってどうしようも無い理由ですよ


この騎士長様とはまさに仕事で会いましてね、武力が無視できないくらい拡大してきたってんで上から命じられて叩き潰しに行ったんですわ」


「ま、返り討ちにしてやったけどな?」


はーっと深いため息をつくキリア。


先程のストランドの過去について、とりわけ組織の在り方についての説明を話していた時妙に感情が篭っていたのはそのためだったのか。


「えぇ、何処から情報を掴んだのか待ち伏せされて、手も足も出せないうちに眠らされてとっ捕まって、上手い具合に口車に乗せられて教団に取り込まれて


あっちゅう間に人生が変わっちまいましたよ、あれが無けりゃきっと今頃何処かの戦場でくたばっていられたものを、おかげでこっちはすっかりジジイだ」


片手でやりにくそうに物を食べつつ、心底やれやれというふうに笑うキリア。


「良いじゃねえか、おかげで何度も死にかけられる」


「痛えのは嫌いなんですがねぇ」


軽口を叩きつつ、ストランドが私の皿から揚げ物をひょいと掠め取りながらこう言った。


「ま、要は世の中の方がいつの間にかオレたちよりもイカれちまったモンだから、どうにもこうにも現状が気持ち悪くて堪らなくなったっつーだけの話しよ


ちなみにお前の治療をしたあの医者、アイツも昔は手当たり次第に人間を解体して遊ぶ精神異常患者だ」


本当にろくでもない。


騎士団などと名乗る資格もないほど愚かで下賎な連中だ、昔の私ならまず間違いなく血祭りにあげているところだろう。


しかし。


昔がどうであれ、生まれ持った気質がどうであれ、ストランドやキリア、それにここに来てから出会ったどの人間も少なからず良心というものは存在した。


ただ邪悪なだけの組織であれば、最初から反英雄等と掲げたりはしない、それこそ今の『争いから目をそらす』世の中は犯罪者にとって絶好の場のはず。


わざわざ生き方を変える必要は無いのだ、世界がどう変わろうとも本人たちが悪逆である事に生の実感を得ているのであればこんな行動を起こす必要は。


「私も」


「おお?お前も過去話か?いいぜ、聞かせてくれよ」


「私も昔は盗みで暮らしていた」


子供の頃に戦争で親を亡くし、ゴミを漁りながら盗みでその日その日をやり過ごしていた四歳の頃。


偶然スリに狙った相手が剣術の達人で、その相手に保護され山奥で育てられ剣術を仕込まれるようになるまでは、私とて犯罪が文字通り生業であった。


「教わった技術を惜しみなく振るえる場、私にとって戦場は試し斬りの練習会場のようなモノだったのだ


何人斬ろうとも罪では無い、誰をどのように斬殺しようと怒られることは無い、屍を積み重ねれば積み重ねただけ己の技が研ぎ澄まされていくのを感じた


世のため人のためと大義名分を掲げてはいたが、結局あの頃の私は人斬りが楽しいだけの異常者だった


そして気が付けば私は政府の甘い口車に乗せられ、民衆を守る為等という正義に唆され、真実も見抜けぬまま英雄となることを承諾してしまったのよ」


いつしか私は二人に向けて全てを話していた、そんなつもりは無かったが止められなかった、決壊したダムを指先で塞ぐことがいったい誰に出来ようか?


話を聞き終えたストランドとキリアは。


「今こうしてるだけマシって思おうぜ、自分には甘くいるのが人生を正しく楽しむコツだとオレは思うね」


「戦力になるなら何だって良いンですよ、第一そんなのを責める資格なんざ私らには最初からねぇんだ、味方なら許して敵ならボロクソにすりゃそれで良い」


それぞれろくでもないことを言って笑っていたが、私とて正義や道理を口にする権利は無い。


アマカセムツギは人を殺し、盗みを働き、育ての親の遺したモノを踏みにじって世界を壊し、挙句の果てには全く関係のない一般人までをも手に掛けた。


この先ももっと血を流すだろう、全てを成し遂げた先に待ち受けているのは見渡す限りの絶望と戦火、何よりろくでもない物は紛れもなく私の方なのだ。


「改めてよろしくな剣士」


差し出された手は黒く汚れている。


「うむ、こちらこそ頼む」


それを取る私の手は赤く染まっている。


今更これ以上汚れようがない、多少の綺麗さを求めたところで全ては些事でしかない、中途半端な清潔を求めるくらいならいっそとことん染まってやれ。


「一人残らず消してやろうぞ」


罪なき人々でも、女でも、子供でも、年寄りでも、命乞いをする子連れの母親でも、それが邪魔となるのならば微塵の躊躇いもなく切り捨ててみせよう。


我が行いに正義無し、全て欲に塗れた愚行なれば。


これはそういう戦いなのだから……。

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