狂気の騎士団。


「五百二十八、五百二十九……」


地面に片手を着いて、体を浮かせては降ろしてを繰り返す。


姿勢を真っ直ぐに保ち、一回一回をゆっくり丁寧に確実に行い、また下げた状態のまま少なくとも三秒間固定して筋肉にしっかりと効かせる。


雑誌を読むか物思いに耽けるかしかやる事のない私にとっては、自己鍛錬は絶好の暇つぶしであった。


ここに投獄されてから三日、一方怪我の方はその間に全て完治していた。


久方ぶりにちゃんとした休養を取れたのが効いたらしい、それに加えて出される飯も栄養満点で食べ応えがあるときた。


見ての通り扱いは悪くなく、捕虜という言葉から連想されるような環境の劣悪さは今の所ない、あくまで人として敬意を払った付き合い方をしてくれる。


「六百十六、六百十七……」


サラシを巻いた上半身がほんのり熱を帯びてきている、息も多少は上がってきたか。


腕に少しづつ蓄積してきた疲労感、しかしまだまだ限界からは程遠い、この調子ならあと二千は余裕だろう。


コレは体の調子を確かめる為でもあった。


自分が今どれだけ動くことが出来るのか、日々の鍛錬と一緒に知ってしまおうという魂胆だ。


結果は上々。


ほぼ完全復活したと言って良いだろう、あとは何処かで思い切り体を動かせる機会を得たいところだが……。


——ゴンゴンゴン!


「入るぞ」


重厚な扉を押し開けて、コツコツと足音が近付いてくる。


やがて見覚えのある骨格の両足が、それは私の少し先の地面を見る視界に入り込み、空高く伸びる支柱が如くそびえ立った。


「いったい何してやがる」


呆れ果てたような声がした。


「土下座の練習だ」


「は、怪我人が何してやがる」


「生憎とそれは過去の話でな」


「……冗談だろ?」


手を止め、スクッと立ち上がり、長らく顔を見なかったの姿をこの目に収める。


「なんなら確かめさせてやってもよいぞ?丁度体を動かせる場が欲しかった、この前の決着を付けようか」


「遠慮しとくよ、病み上がりのクソッタレをうっかりぶっ殺しちまったら目覚めが悪いからな」


元気に軽口を叩きあってはいるが、彼女の全身に巻かれた包帯やら体から香る薬品の匂いやら、どう控えめに見ても無事とは言えない状態だった。


「それで、そのクソッタレに一体なんの用事だね?」


彼女の手に握られている私の刀に目を落としつつ、何となく答えが予想できる質問をする。


するとストランドは刀を私に押し付けこう言った。


「裏が取れた、てめぇに掛けられていた嫌疑は晴れた、よってストランド=リーリアの名において、アマカセムツギを釈放する」


刀を受け取り、その表面を撫でる。


「存外、早かったの」


足首に繋がれていた枷が外された。


「ホントは二日で済ませる予定だったんだ、だが思いの外情報の入手に手間取っちまった、連中いつにも増して機密保持に躍起になってやがる」


「英雄が殺された等と民衆に知られては困るからのう、余程厳重に取り扱われているだろうことは想像に難くない」


ようやく手元に戻ってきた我が愛刀の様子を確かめる、どうやら大切に保管してくれという私の頼みはちゃんと果たされていたようだ。


「む、研いでくれたのか?」


「あ?あー、時間があったからな、それにうちの職人共はちょいと病気でね、刃物を見たら可愛がらずにゃいられねーのさ、文句がありゃ後で言いに行け」


「そうさせてもらおう」


これは是非直接礼を言いに行きたい、こんなに丁寧に手入れをしてくれた人物には相応の感謝を示さねば、さもなくば私は人ではなくなる。


「……それで、さっき体を動かしたいと言ってたな」


鏡面のごとく光を反射する刀身から目を離し、ストランドの顔を両目で捉える。


「確かにそう言ったが……」


彼女はニヤリと笑ってこう続けた。


「リハビリを手伝ってやるよ」


ストランドが浮べる不敵な笑みに、私は何だか嫌な予感がして堪らないのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ 


——大広間。


軽く五百人は入れるだろう広さの部屋に私は立っている。


そこには既に鎧を着込み剣を帯びた騎士達が整列しており、彼らが一点見つめる視線の先、台座の上に乗ってそれを見下ろすストランドの姿があった。


列の中にキリアの姿を見かけた。


彼はストランド同様包帯まみれのボロボロの姿で、棒付きの飴を面倒臭そうに口の中で転がしていた。


ある時広場に全員が集まったことを確認したストランドが、負っている怪我の重さを感じさせない堂々とした態度で語り始めた。


「コイツの説明は後として、まずは報告だ。


政府機関に潜り込ませていた諜報員を無事に回収することは出来なかった、合流地点手前で待ち伏せされてやがったんだ」


ピリッとした緊張が部屋の中を駆け巡るのが分かった。


「連れて行った部下達はキリアを残して全滅、諜報員の生死も行方も不明、今回の作戦は失敗した」


それを聞いた仲間達の反応は様々であった。


ただ黙って拳を握り込む者、目を閉じて友の死を悼む者、唇を噛み千切り血の涙を流す者、しかし彼らは決して抗議の声をあげることは無かった。


何を思い、何を感じ、どう発露しようとも、誰ひとりとして顔を下げる者はおらず、ただ堂々と前を向いて折れぬ心の強い信念を以てそこに立っていた。


「任務は完膚無きまで失敗した


……だが」


一歩、ストランドが前に出る。


「だが無意味ではなかったッ!」


彼女の腹に巻かれた包帯に血が滲む。


「オレたちは掴んだ!理想を実現する為の足掛かりを!腐り切った政府の奴らを引きずり下ろし、煤けた聖光を撒き散らす愚像を打ち砕く術を!希望を!


英雄は死んでいた……!既に三人、ここに居る女がたった一人で挑みそして討ち果たしていた……ッ!」


「——!」


ざわめき。


怒りや悲しみを塗りつぶし、彼らの間に衝撃がひた走る。


「この女の名前はアマカセムツギ、かつて政府によって祭り上げられた『英雄』のひとり、オレたちと同じ志を胸に戦う孤独な剣士だ!」


大広間に、爆発的な声が轟いた。


もはや騎士達は平静ではいられない、皆が私に目を向けている、感じるのは興味関心疑念疑惑、およそ表現しきれない程の多数の感情が一身に集まった。


「ワケあってコイツとオレは協力関係にある、故にこれまでオレらが計画した英雄打倒の為の作戦がいよいよ日の目を見ることになるかもしれねぇって事だ


……無論!


てめぇらとしてもそう簡単には信じられまい、いくらオレの言葉だとしても憎悪や疑念を消し切れるとは思っちゃいねぇ、故にオレはひとつの提案をする」


そしてストランドは言った。


「喧嘩だ、お前ら全員コイツと喧嘩しろ」


……嫌な予感が、的中した。


「斬り殺すつもりで剣を振るえ!その胸に燻る憎悪を叩き付けるつもりで挑み掛かれ!目の前に居るのが世界をめちゃくちゃにしたカスだと思って戦えッ!


オレが許可する!


今は大人にならなくてもいい、どんな卑怯な手を使ってでもコイツを殺せ、試合なんてなまっちょろい事は言わねぇ、今すぐ武器を取って襲い掛かれッ!」


指導者による強力な扇動を受けて、ここに居た彼らは一人残らずいきり立ち剣を抜いた、その目に宿る青白い炎はとてもじゃないが試合のそれじゃない。


シャキン、シャキンッ!煌めく銀光!


……大広間。


こんな過剰に`空き`のある場所に彼らと私を集めた意味が分かった、私のことを仲間にどう説明するのか?その答えが今出た。


「おのれ、謀ったな!」


「遠慮は要らねぇアマカセムツギ、奴らを斬れ」


とても正気とは思えないが、しかしこうなった以上はやるしかあるまい!平和解決はもはや有り得ぬ!


よもや『やり合えば分かる』などという強引かつ不確実な手段を取るとは思わなんだ!


「死人が出ても文句は言うなよ……ッ!」


「好きにやれ」


——抜刀。


精神統一、今後のことなど考えてはいられない、彼らはとても手加減を出来る相手では無い、峰打ち等と甘えていては切り伏せられる、本気でやらねば。


息を吸って、吐く。


然らば覚悟決殺、ただ其れのみ。


「……いざ参る!」


剣鬼、推参——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る