第32話 結局、拳で語るに限る

「痛い……」


 まだ痛む鼻をさすりながら校内を歩く。

 体育祭は終わった。ハプニングが発生したが、丸く収まったので良しとしよう。終わり良ければ全て良しだ。

 ただ少し気なることがある。


「待たせたな」


 中庭にやって来た俺は、ベンチに座る人物に声を掛ける。赤い木漏れ日に照らされた人物は振り向く。


「待ってないよ。それより、君の方は大丈夫なのかい?」

「鼻か? 強く打ったが大したことにはなってない。擦り傷程度だ」


 俺が気になっていた事。それは、長生 内斗の立ち回りがわざとらしく見えた事だ。だからどうしても気になった俺は、こうして本人を呼びつけて話を聞くことにした。


「そうか。それは良かったよ。それで、聞きたい事って言うのは?」

「お前……こうなるように仕向けたろ?」

「……敵わないなぁ、君には。どうやって気が付いたんだい?」

「まず俺たち相談委員は正式な委員会じゃない。この学校では知らない奴の方が多い。なのにあいつはカウンセリング室に入るなり、始めから俺たちに頼って来た」

「それは亀水が紹介したからだろう? 何も変じゃ無いさ」

「それは知っている。酒井 僚太が相談委員の存在を知っている事は変じゃない。だが俺が言いたいのはそこじゃない。何故、亀水が俺たちを紹介することになったのかだ。俺たちを紹介するという事はつまり、彼女は酒井 僚太が何か悩みを抱えている事を知っていたからだ。そしてお前は酒井 僚太から見れば一番仲のいい友人だな? だったら亀水に相談してお前に相談しないはずが無いだろ。それに加えて、お前は酒井 僚太の想い人である明井 奈々の好きな人物が自分だって事も分かってたんだろ? 分け隔てなく接したいお前なら、現状の仲を越える友人関係の構築に利用できると考える。どうだ?」


 長生 内斗は地面をぼんやりと見つめながら答える。


「もしかしたら君は、僕の唯一の理解者かもね」

「俺はお前と仲良くやるつもりは無い。友達探しなら他をあたれ」

「そうだったね……。君の推理はほぼ当たってるよ。でも、ほんの少し間違ってる。確かに僕は誰に対しても同じ目線で接したい。でもそれにこだわっている訳じゃ無い。僕が予定していたのは僚太がフラれるところまでだ。フラれて、僕が手助けしながら関係を立て直すまでが計画だった……」

「現状維持を選んだという事か……?」

「そりゃあ出来ることなら本音で話し合える友人は欲しい。でも今の僕たちの関係を壊してまで得ようとは思わなかった」

「維持か、破壊か……。どちらにせよ、お前のエゴでしかない」

「ああ。だから維持を選んだ」

「お前らしいな……」


 何度も言うがこいつは良い奴だ。ありとあらゆる対人関係を出来るだけ良い方向へと向けようとする。だがしかし人類が皆、こいつのように上手く立ち回る事が出来る訳じゃ無い。

 誰にだって、何事にも取捨選択は付き物だ。俺なら捨てる事を選ぶ。だが長生 内斗は違う。潔く何かを捨てたりしない。

 人間らしくて、非合理的。長生 内斗とはそういう人間なのだ。


「僕らしい、か……」

「お前を見ていると、つくづく実感する。俺は普通じゃないんだって」

「そんなことは無いよ。そもそも世の中に普通の人間は居ない。世の中の人間が考えている普通の人って言うのは、完璧な人を指しているんだと思うよ?」

「だったら尚更、お前は普通の人間だ」

「いいや、違う。そういう風に見せているだけだよ」

「どうだか」

「そうなんだよ」


 長生 内斗は立ち上がって言った。


「己を理解できるのは己だけだよ」


 赤い木漏れ日が揺れるその横顔は、長生 内斗という人間の裏の顔に見えた。


「兎に角、またあいつらと仲良くやれそうで良かったよ。礼を言わせてくれ。助かった」


 誠実に頭を下げる長生 内斗に対して、俺は敢えて無視をする。なぜなら奴の言葉には奴自身の行動に対しての謝罪も孕んでいるからだ。今ここでどういたしまして、と言葉を返しても、これは奴にとっては何ら意味の無い言葉になる。

 意味の無い言葉を掛ける程、俺はまともじゃない。


「長生」


 だから俺は立ち去るあいつに、こう返した。


「俺はお前を助けた覚えは無い」



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